第42話 衝撃の知らせ
二階の扉を開けるとそこはだだっ広い演習場の様な場所だった。
その光景にシャリエルは困惑する、城に初めて入ったアルセリスでも違和感に気がついた。
「空間が捻じ曲げてあるな……」
呟く様に言うと部屋の四隅を見回す、そこには小さな魔法陣が光っていた。
魔法陣から感じる複数の異なる魔力……術者は一人ではない様子だった。
「何も無いわね……逆に不気味だわ」
人の気配も無く物一つ置いていない演習場のど真ん中を歩いて行くシャリエル、彼女の後ろを付いて歩いていたその時、ふと後ろを振り返ると入ってきた扉が消えていた。
前を向くがシャリエルは気が付いて居ない様子、まだ出口の扉が残っているのが不自然だった。
扉が消えたという事は術者が侵入を確認して消したという事は……つまり出口も消す事が出来る、それをしないという事は罠の可能性が高かった。
「シャリエル、止まれ!」
「え、な、なに?」
アルセリスの大声にシャリエルは身を震わせる、だが咄嗟にその言葉の意味を理解すると扉を開けようと伸ばして居た手を止めた。
「あーあ、入らなかったか……ちくしょう、賭けは俺の負けか」
扉の向こうから聞こえてくる男の野太い声……そして次の瞬間アルセリスは微弱な殺気を感じ取るとその場で後ろに飛んだ。
シャリエルも同様に殺気を感じ取りアルセリスと同時に飛ぶ、すると次の瞬間扉が木っ端微塵に吹き飛び扉の向こう側からスキンヘッドにヒゲを蓄えた筋骨隆々の男が現れた。
「ちくしょう!外したか!」
「あれ程喋るなと言ったのに……全く仕方がありませんね」
男の後ろからもう一人、黒いローブに身を包み鍵の様な形状をした武器を持った男が姿を現わす、魔力の感じからして空間魔法はあの二人で間違い無さそうだった。
「どっちから片付けるよマリアス」
「そうですね……強さから言えば白いローブ姿の子ですかね」
そう言いマリアスと呼ばれた男はシャリエルを指差す、するとスキンヘッドの男は不服そうにアルセリスを見た。
「となると俺はこいつか……鎧で姿を隠してる奴は大抵臆病者が多いからな……魔力も大して感じねーし、ハズレだな」
「随分な言い様だな」
男の言葉に少し笑い混じりに言う、魔力が感じ無いのは今着ている鎧の効果だった。
一見この世界に来た時から着ている真っ黒な鎧に見えるが実際の所肩に棘が無かったり膝の凶器の様な部分が無かったりと微妙に違う点がある……この鎧は『愚者の鎧』と言い着用者の魔力を9割見えなくすると言う効果を持っている、要は自身を弱く見せる為のブラフ、いつも着用している『無魔の鎧』と言う魔法無効の鎧とはまた違う鎧だった。
「まぁいい……精々10秒は持ってくれよ」
そう言い男は両手に光を纏わせる、そしてその光に鋭利な棘を生やすと男は首の骨を鳴らした。
ゴリゴリの肉体派に見えて意外と繊細な技術も持ち合わせている……ゴールドよりのプラチナと言った実力だろうか。
「んじゃあ……行くぞ!!」
そう言い男はバチっと言う音を立てて目にも留まらぬ速さでアルセリスの目の前に移動する、ふと足元を見ると雷が纏われて居た。
手の光魔法に注目を集めて足の雷魔法から意識を外す……意外と小細工もする様子だった。
だが男の行動全てがスローに見えた。
拳が顔面めがけて迫り来る、本来なら物凄いスピードなのだろうがアルセリスの目にはハエが手に止まる程にゆっくりに見えた。
「自信満々の割には……遅いな」
アルセリスはそう言い放つと右手で男の拳を掴む、そしてグッと拳を握るとベキッと言う鈍い音が聞こえた。
「ぐっ……なんて馬鹿力だよ!?」
男は必死にアルセリスの手を振り解こうとする、だが離れた無いと分かった瞬間腰に携えて居たサーベルを空いている手で握り掴まれている左手首を切り落とした。
「くっ……そがぁ!!」
「ガリュート!大丈夫か!?」
シャリエルと交戦中のマリアスがガリュートと呼んだスキンヘッドの叫び声に反応し此方へ駆け寄ろうとする、だがシャリエルは魔紙を駆使して妨害するとアルセリスの方を向いた。
「さっさと倒しなさいよ!戦闘において敵を弄ぶと足元すくわれるわよ!」
そう言い放ち戦闘に戻るシャリエル、弄ぶ……その言葉にガリュートは茹で蛸の様に赤くなって居た。
「俺を、俺を弄んで居るだと……ふざけんじゃねぇぞ……」
そう言い残っている右の拳をギュッと強く握り締めるガリュート、そして次の瞬間彼の体を雷が纏い始めた。
「あれは……」
雷属性の第二位階魔法、雷装だった。
雷の刺激により身体能力が一時的だが爆発的に上がる魔法、下手すれば第一位階の身体能力向上魔法よりも身体能力が向上するが……その反面肉体へのダメージも大きいはずだった。
「もうゆるさねぇ……」
そう言い男はバチバチと雷を纏いながら足を一歩踏み出す、そして次の瞬間目の前から男の姿が消えた。
(速いな……)
先程のスローモーションに見えた時とは全く違う速さ、だがまだ肉眼で捉えられる程度だった。
男は背後に回り込むと音速並みの打撃を繰り出す、それをアルセリスは片手で受け止めると地面がめくれ上がり辺り一帯に凄まじい衝撃波が巻き起こった。
「な?!この攻撃を受け止めただと!?」
男は掴まれた拳に驚きを隠せて居なかった、雷属性が彼自身に付与されている所為で体が地味に痺れる……中々の高威力、ゴールドよりのプラチナと言う発言は撤回した方が良さそうだった。
彼の強さはれっきとしたプラチナレベル……だがまだまだアルセリスからしてみれば弱かった。
「アラサルは何処に居る」
ガリュートの腕をへし折り首を掴むと宙に浮かせる、だが彼はアルセリスの鎧に唾を吐くと不敵な笑みを浮かべた。
「へっ……いくらお前が強くてもな、アラサル様には勝てない……あの方の前ではお前の得体が知れない魔法も無力化される……何もかも無意味だ!」
そう言い男の身体が光りだす、そして次の瞬間男の身体が膨れ上がり大爆発を起こした。
「……ガリュートが死にましたか」
「貴方も直ぐ後を追う事に……」
マリアスと対峙し次の一手を考えていたその時、シャリエルの前にはアルセリスが立っていた。
「ちょっと!あ……」
彼は私が倒す……そう言おうとシャリエルは口を開こうとしたがアルセリスの尋常では無い殺気に思わず口を閉じ後退りをした。
爆発を喰らってもなお無傷の鎧、だが何故かアルセリスは怒っていた。
「シャリエル……すまないが急用が出来た……さっさと片付けさせてもらう」
そう言い放ちアルセリスはマリアスの目の前に動く動作すら見せていないのに一瞬で移動する、そして頭を掴むとマリアスは悲痛な叫びをあげた。
「な、なにをする!?頭が……頭が割れる!!」
『記憶を侵食する魔手』
アルセリスがそう唱えると男の悲鳴はより一層大きくなる、そして黒く禍々しい手が現れると男の頭の中に入って行った。
『記憶を侵食する魔手』と言う魔法……この魔法は第一位階の情報取得魔法、相手の意思があろうが無かろうが関係なしに脳さえあれば強制的にその人物の脳に記憶されて居る物を見る事が出来る魔法だった。
何故今これを使い出したのか……それはガリュートが爆発する数秒前に入ったマリスからの連絡だった。
『ランスロットが殺された』
感情を表に出さないマリスが泣きながら言ったその一言……部下が、守護者補佐が殺された……その事実にアルセリスは動転し、一刻も早くこの事態を片付けようと『記憶を侵食する魔手』を使ったのだった。
マリアスはあまりの痛みに耐えきれず失神する、彼の記憶から粗方情報を抜き取るとそのまま心臓に圧を掛け静かに息の根を止めた。
「せ、セリス?」
「話してる暇は無い……アラサルは王座の間……囚われた国民は地下牢だ、先に行ってるぞ」
そう言い残し消えるアルセリス、演習場に取り残されたシャリエルはあまりの展開に理解が追いついて居なかった。
だが情報が分かった以上自分のやるべき事は一つ……地下牢へ救出に向かう事だった。
シャリエルは爆風でついた埃を払うとガリュートが木っ端微塵にした扉の先へと走って行った。