第41話 侵入
破壊した壁から城内にアルセリスは侵入するが外と空気が若干違う気がした。
「何これ、薄暗いわね」
照明は全て壊され城内は薄暗い、ふと壊した壁の方を見ると外からの光が遮断されて居た。
「何だこれは……シャリエル、なんて魔法か分かるか?」
外は昼にも関わらず光が城内に差し込まない……不自然な魔法だった。
「うーん、私の知識では恐らく……『闇夜の霧』って魔法ね」
「聞いた事が無いな」
またゲーム時代には無い魔法……そろそろ本格的に魔法の勉強をしないと今後の戦闘で不利になるかも知れなかった。
「こんな事も知らないの?『闇夜の霧』は広範囲に渡り闇の霧を発生させる魔法、効果は光魔法の弱体化及び外からの光を遮断する事ね」
綺麗に区切られた外と中の境界線を眺めながらシャリエルの説明に相槌を打つ、何故光魔法の弱体化をするのか……霧を張る意味が分からなかった。
この国に光魔法のスペシャリスト的存在はいない筈……となれば目的は光を遮断する事に絞れる、だが何故そんな事を……分からなかった。
「まあ何はともあれ、早いとこサーチして国民を助けましょ」
そう言いシャリエルは魔紙を取り出し破り捨てる、だが次の瞬間表情が険しくなった。
「どうした、何か感じたか?」
アルセリスの問いにシャリエルは首を振った。
「成る程……どの程度かは分からないが魔法無効の結界か、面倒だな」
そう言いアルセリスもサーチを試みる、だが魔法陣は出現するものの頭の中に城の内部情報は流れ込んで来なかった。
魔法無効結界は術者のレベルによって無効できる魔法のレベルが変わる、サーチは第四位階……と言うことは少なくともこの城の中では第三位階以上の魔法しか使えないと言う事だった。
だがアルセリスにとっては何の問題でも無かった。
『深淵の追跡者』
両の手を地面に着き呟く様に唱える、すると地面に真っ黒な闇が出現した。
「何この魔法……」
見た事の無い魔法にシャリエルは驚きを隠せず思わず声が漏れる、尋常では無い魔力……額には汗が伝い、気が付けば身体が震えていた。
やがて闇から黒い靄に包まれた膝丈ほどの何かが出現した。
「な、なにを召喚したの?」
黒い靄を指差し震えた声で尋ねるシャリエル、だがアルセリスはその問い掛けに答えずしゃがみこんだ。
(おかしい……何だこいつは)
アルセリスは黒い靄を払いのける、すると靄が晴れ中から出て来たのは犬の様な四足歩行の丸い目をしたゆるキャラの様な生き物だった。
予想外の姿にシャリエルは困惑した表情をする、だが一番困惑しているのはアルセリス自身だった。
何階層だったか……ストークドックと言う探索用の犬を飼って居る、深淵の追跡者と言う魔法はストークドックを呼び出す専用の言わば簡易的な転移魔法……だが出て来たのはゆるキャラ、意味が分からなかった。
「これは……予想外だな」
頭をアルセリスの足に擦り付けるストークドックを眺めながら腕を組む、ストークドックは使い捨ての探索生物、使用者の脳とリンクし、ストークドックが見た物をあたかも自身が見たかの様にインプットする便利な生物……使用後は使用者とリンクしている事もあり消滅するのだが……この愛嬌だと使うに使えなかった。
「何こいつ……可愛いじゃないのよ」
そう言いストークドックを持ち上げ愛でるシャリエル、探索が行えないとは言え第三位階の魔法が使える事は分かった……それだけでも十分だった。
「シャリエル、そいつ持っててくれ」
「いいわよ」
恐ろしい程の清々しい笑顔で快諾するシャリエル、よほどストークドックが気に入った様子だった。
「にしても……静かだな」
足音は聞こえるものの話し声などは全く聞こえてこない城内、一度サーチをした時はおびただしいほどの生体反応があった……数にして200以上、話し声の一つは聞こえて来ても良いものなのだが……少し不気味だった。
薄暗い所為で長く続く廊下の先が見えない……城に掛けられている魔法の無効化は容易いがそれをするとシャリエルに怪しまれる、飽く迄も今の立ち位置はダイヤモンドには及ばないプラチナの実力と言ったところ、圧倒的な力を見せれば怪しまれかねない……慎重に動くのも疲れるものだった。
「それにしても貴方って何者なの?」
「ただの冒険者だ」
「ただのって、魔法の知識は所々欠如してるけど魔力量とかは貴族にも劣らない、力も一国の戦士長クラス……正直貴方に興味が尽きないわ」
シャリエルの言葉にドキッとする、まさかそれ程までにバレているとは思わなかった。
力をセーブして戦って来たつもりなのだがもう少し抑える必要がある様子だった。
だがその時、ふとある疑問が脳裏をよぎった。
「なぁシャリエル、アルカド王国って知っているか?」
「アルカド……噂だけど聞いた事あるかも」
その言葉にアルセリスは次の言葉を発しようとした口を閉じた、まさか噂になっているとは思って居なかった……オワスの村で聞いた時は知らないと言っていた故に完全に知られて居ない物だとばかり思っていた。
「どんな噂なんだ?」
「確か……アダマスト大陸の最北端にある山に囲まれた森の中にひっそりと佇む神殿があるって噂を聞いたの、その地下には大型ダンジョンが存在して、そこの財宝は国単位の人が遊んで暮らせるほどの富が眠っているって言う噂よ」
その言葉にアルセリスは頭を抱える、誰が流した噂なのか……ピンポイントに当たっていた。
いや、そもそもアルカド王国は元々ダンジョンだった物を制覇して改築したもの……その時の噂の可能性もあるが探索に来られるのは避けたかった。
いくら守護者が居るとは言え一度見つかればその後はずっと冒険者が富を目的に押し寄せてくる、そしてゴブリンなどの雑魚キャラがどんどん数を減らしアルセリスのステータスが下がって行く……それは避けたかった。
今後どんな強敵が現れるか分からない……それにゴブリンのステータスボーナスも侮れない、何か対策を打つ必要がありそうだった。
だがそれにしても国単位の人が遊んで暮らせる程の富……所詮は噂と言った所だった。
ゲーム時代クリアした時はワールドウェポンと申し訳程度のお金しか貰えなかった……あのクエストをクリアするのにどれだけのキャラを犠牲にした事か、思い出しただけでも怒りがこみ上げて来た。
「どうしたのセリス?」
ガチャガチャと鎧が震える音に反応するシャリエル、その言葉にアルセリスは何でもない、そう答えると歩く足を少し早める、そして二階へと続く階段を登ろうとしたその時、赤く何か光る物が見えた。
「止まれ、何か居る……」
呑気にストークドックを撫でて居るシャリエルに小声で制止を掛けるとアルセリスは咄嗟に大理石の支柱にシャリエルを引っ張り身を隠す、そしてそっと頭を覗かせるとそこにはアラサルの部下では無く、腐臭を漂わせたグールが二階へ続く階段の上った先にある扉の前で仁王立ちして居た。
「なにあれ……グール?」
「みたいだな……」
グールの姿を見てさっきまでの和やかな雰囲気から一気に張り詰めた空気に変わる、目が赤く光ったグール……恐らく監視用のグールだった。
視界に捉えられると鼓膜が張り裂けるような叫びを上げ仲間を呼ぶと同時に使用者に侵入者の存在を伝える……グール自体は雑魚だが何故か視野が広い……厄介な使役の魔法だった。
扉へ行くにはグールを倒さなければ行けない、だが一瞬でも視界に捉えられると終わり……これは少し考えて動かないと行けなさそうだった。
「どうするシャリエル?」
「大丈夫、任せて」
そう言い懐からナイフを取り出すと魔紙とはまた違った魔法陣が記された紙も一緒に取り出す、そして紙を投げナイフを飛ばすとナイフは紙と共に木製の扉に突き刺さった。
辺りにはカンッと言う音が響き渡る、だがグールは無反応だった。
そしてシャリエルは一枚の魔紙を取り出し破るとグールの後ろに出現した。
そしてポケットから小さな小瓶を取り出すとナイフに水滴を垂らす、そして素早くグールの頭に突き刺した。
そしてすかさずシャリエルはナイフと紙をアルセリスに向けて投げる、そしてグールが此方を向く前に魔紙を破ると元いた場所に転移した。
「ふぅ……どう?これでいいでしょ?」
そう言いアルセリスがキャッチしたナイフを懐にしまうシャリエル、恐ろしい程に手際が良い……流石ダイヤモンド級の冒険者、監視用グールの対処には慣れている様だった。
グールは呻き声を上げその場に倒れると灰になって消える、やっと闇夜の霧と言う魔法の意味をアルセリスは理解した。
グールは聖水と太陽光に極端に弱い……その代わり物理的な攻撃は殆ど無効化してしまう、建物を壊し光を浴びさせない為の魔法……当たり前だが早々できない事だった。
だが向こうもシャリエルが聖水を持っていた事は予想外の筈だった。
「早く行くわよ」
そう言い二階の階段を上って行くシャリエル、その後ろをアルセリスは無言でついて行くが何故か……漠然とした不安が残っていた。