第39話 桁外れの強さ
烈火に包まれる街、逃げ惑う人々……それを王はただ城の上から眺める事しか出来なかった。
「行かせてくれ、儂も元騎士……国民を守らねば!」
自室の壁に掛けられた黄金に輝く剣を手に取り部屋を出ようとする国王を止める兵士達、一国の主が前線に立つ……現在のセルナルド王国でそれはあり得ない事だった。
今この国にセルナルド国王の親族は居ない、王女も王子も皆んな……それ故に彼が死ねば国が終わる、後継ぎを決めるまで国王には生きると言う命があったのだった。
「国王様!私ども兵士が騎士がこの国をお守り致します、どうかここで身をお隠し下さい!!」
兵士の叫びに国王はもう一度城下町を振り返る、すると遥か遠く……豆粒ほどにしか見えないが黒い物体が天に何かを掲げるのが国王の視界に入って来た。
国王は昔から桁外れに視力が高かった……それ故にその黒い物体はライノルドの連れてきたセリスという冒険者である事が分かった。
そして次の瞬間、衝撃の光景を目にした。
先程まで雲一つない晴天だった空に無数の暗雲が立ち込める、そして数秒とせずに天から大粒の雨が降り注いだ。
雨は燃え盛る街の炎を鎮火していく、ただの雨では無かった。
数千キロにも及ぶ街を埋め尽くすほどの雨雲、それを一瞬にして作り出したセリスという冒険者……信じられなかった。
「彼なら……この国を救ってくれるかも知れん」
そう言い残し王はベランダの窓を閉めると自室へと戻って行った。
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「おかしいわね」
砂漠地帯にポツンとそびえ立つ上に上にと積み重ねられた様な石材建築の要塞の中で唸る様に悩むシャリエル、アラサルがこの場に居ないと考えてもあまりにザルな警備だった。
「人があまり居ませんね」
「不自然……アラサル居なくても此処は本拠点の筈」
辺りを見回しながらサレシュとアイリスが言葉を交わす、人が二人通れる程の狭い通路を進むが迷路みたいに入り組み先が見えなかった。
「うーん、奇襲を掛けて来るわけでも無く、ただトラップがあるだけ……まるで足止めをしてるみたいに」
「足止め……」
アーネストの言葉に何かが引っかかる、確かにこの要塞、トラップが異常な程にあった。
踏めば落とし穴が出て来たり矢が飛んで来たり……だがその全てが低予算なもの、侵入者を排除する為に作られたものとは思えなかった。
何か別の意味が……
「シャリエル、扉あるよ」
アイリスの言葉にサレシュは顔を上げるとそこには鉄製の閂が掛けられた扉があった。
「やっと扉の様ですね、歩き過ぎて疲れましたよ」
「だね、サッサッと片付けて帰ろ」
アーネストは閂に手を掛けると閂を抜き扉を開けようとする、だが扉に手を掛けようとした瞬間シャリエルがアーネストの首元を掴み力強く引っ張った。
「ど、どうしたの!?」
驚くアーネスト、次の瞬間扉は爆風と共に吹き飛んだ。
吹き飛んだ扉は爆風と共にシャリエル達に迫る、だが通路が狭い事が幸いし扉は天井に突き刺さった。
爆風を土魔法で遮るとシャリエルはアーネストの首元から手を離す、突然の攻撃……やはり敵は居る様子だった。
「シャリエル助かった、皆んな!警戒を怠らず行くよ!」
アーネストは埃を払って立ち上がると禍々しい闇でも纏って居るかの様な黒い剣を抜く、そして構えると勢い良く駆け出し一気に中へと走り込んで行った。
それに続きシャリエルも扉の向こう側へ行くと其処には一人の和服を着た黒く長い髪を後ろで束ねて居る男が立って居た。
「むっ?お前達だけが侵入者は?」
男は瞑って居た目を開くと数を確認し尋ねる、見た目は大した事無さそうだが彼は強い……直感でシャリエルは分かった。
「まだ居るけど……まぁ今の所は私達だけ、あと1時間位は来ないと思うよ」
「ふむ、そうか……ならさっさと片付けて一眠りするとしよう」
そう言い男は刀に手を掛ける、アーネストは視線でシャリエル達に支援する様伝えると剣の刃に指を当てた。
ゆっくりと指を引くと血が刃に付着し滴り落ちて行った。
「アイリーン……力を貸して」
アーネストの声に反応するかの様に剣から禍々しい闇が溢れ出る、闇はアーネストの身体を包むと鎧の様に変形した。
「魔剣とはこれまた面妖な……」
男心くすぐられる様な鎧姿に変形したアーネストの姿に興味を示す男、何処か楽しげな表情をして居た。
「全力で行く……サレシュ、支援お願い、他の二人はもしものカバーよろしく」
そう言い走り出すアーネスト、サレシュは言葉に頷くと両手を合わせ祈りを捧げる、すると魔法陣がアーネストの頭上に出現した。
『神のお力を彼女にお与えください……』
サレシュが祈りを捧げるとアーネストの身体が一瞬だけ光る、すると動きが一段と速くなった。
「相変わらずシスターね」
必要の無い寧ろ詠唱時間を増やして居る祈りに苦笑いをしながらシャリエルは言うと念の為強化魔法を自身に掛ける、そして腕を組むと二人の戦いを見届けた。
「成る程、ただの冒険者では無さそうだ」
「そりゃね!私達はグレーウルフ、大陸最強の冒険者グループだから!!」
その言葉に一瞬だけ男は反応した。
アーネストと男の距離は徐々に縮まる、そして男と5メートル程の距離になったその時、突然シャリエル達の後ろの壁に何か激突する音が聞こえた。
先程まで前に居たアーネストがいつの間にか消え、後ろを振り向くと壁に彼女は埋まって居た。
「な、何をしたの?」
「何をしたのと言われてもな、こう刀を抜き首を切り落とす様に首元を狙った……ただそれだけだ」
刀を抜きデモンストレーションをして見せる男、あまりの早業に誰も視認できて居なかった。
「いたた……強化魔法掛かって無かったヤバかったかもね……」
壁に埋まっていたアーネストがボロボロと壁を崩しながら這い出て来る、首元の鎧は剥がれ少し赤くなって居た。
「一太刀で斬れ無かったのは初めてだ、ここは褒めておこう……良い鎧だ」
「それは……どう、も」
剣を構え一歩踏み出そうとするアーネスト、だが頭への衝撃が大きかったのかその場に倒れてしまった。
「アーネストさん!!」
咄嗟にサレシュが駆け寄り治癒魔法を施す、首元は打撲程度……気絶している様だった。
「アーネストが一撃で……強いねシャリエル」
「その様ね、全く厄介な奴が居たものよ」
若干の焦りを見せるアイリスとは違いシャリエルには余裕があった、いくら強いとは言え所詮はアラサルの部下……ダイヤモンド級の私に敵うはずがなかった。
「私が行く」
「え、ええ……」
あまり感情的にならないアイリスが珍しく怒っている事に少し驚くシャリエル、身体能力の高さだけで言えば彼女はグレーウルフで1番強い……この戦いは少し実物だった。
「あなたは許さない」
アイリスは自身の背丈よりも高い3メートルはありそうなハルバードを軽々と持ち上げると目にも止まらぬ速さで男に近づいた。
男はその様子に驚く事も無くただ刀に手を掛け射程に入るのを待っていた。
だがアイリスは射程に入る前にハルバードを投げ飛ばす、そしてグッと足を踏み込み、ハルバードの陰に隠れて男に弾丸の如く突撃するが男は最低限の動きでハルバードを躱すと刀を逆刃に持ち替えアイリスの腹に当てた。
「ぐっ……何故殺さないの」
逆刃に持ち替えた男によろけながらもアイリスは舐められた事に怒りを露わにする、その言葉に男は刀を鞘に納めながら言った。
「女は殺さない主義だ、例えアラサル様の命でもな」
その言葉と共にアイリスは倒れこむ、そしてハルバードが壁に突き刺さる音が部屋の中に鳴り響いた。
「全く……二人とももっと考えて戦いなさいよね」
シャリエルはため息を吐きながらもポケットから黒いグローブを取り出すと手にはめる、速さに加えてあの頑丈な身体を持つアイリスを一撃で気絶させるだけの力を備えているとは侮れない相手だった。
「お前は……他の奴より数段強いみたいだな」
「まあね、シャリエル・ブラッシエル、聞いた事ない?」
「生憎俗世には疎くてな……」
シャリエルの言葉に笑いながら答える男、女性を殺さないポリシーを持っている辺りは他の盗賊とは違う様子だった。
「何で貴方はアラサルに従うの?他の人と違って殺しや盗みを楽しんでる様子も無いのに」
「恩義の為だ、私は幼い頃に両親が死に、途方にくれて居る所をアラサルに拾って貰った……正直私は盗賊団などどうでも良い、アラサルの為に此処に居るのだ」
「とことん盗賊らしく無いわね」
男の言葉にシャリエルは笑みを浮かべる、だが彼を倒さない限り先には進めない、グローブをはめた拳を握るとグッと足を踏み込む、そして走り出そうとしたその時、急にアルラが目の前に現れた。
「な!?」
突然の出現にブレーキをかけるもかなりの力で走り出したシャリエルの身体は止まらない、するとアルラは声に反応したのか背後を振り向き驚く事も無く片手で止めた。
「何するんですか」
「わ、悪かったわね」
表情一つ変えず止められた……男が抜刀するよりも速く拳を当てようとかなりのスピードを出していた筈なのだが……やはりアルラと言う冒険者、セリスの付き添いと思って舐めていたが彼女もかなりの実力者だった。
「それよりもセルナルド王国が襲われてますよ」
「え?セルナルド王国が襲撃?!」
アルラの言葉に驚きを隠せないシャリエル、だが少し冷静になって考えてみるとそれ程驚く事では無いのかも知れなかった。
迷路の様な造りに殺傷性の無いトラップ……そしてグレーウルフと太刀打ち出来る幹部、全部が時間稼ぎとして見れる……ちょっと考えればターゲットは主力メンバーがごっそり抜けた王国である事など簡単に分かった。
「内通者が居たって訳ね……やられた」
「バレてしまっては仕方あるまい、早く私を倒さないと国民がどんどん死んで行くぞ?」
「そんな事しなくても……」
シャリエルは魔紙を懐から取り出すと破り捨てる、だが魔法は発動しなかった。
「言い忘れて居たがこの部屋には一方転移結界が張られている、外部からのアクセスは可能だが内部から出る事は不可のな」
「くっ……めんどくさい」
後ろの扉もいつの間にか閉じて居る……彼を倒さない限りこの部屋からは出られない様子だった。
「貴女がやるの?」
「ええ、私以外に誰が居るのよ」
「私、彼中々面白そうな強さしてるから私がやります」
そう言い刀を抜くアルラにシャリエルは驚いて居た。
特別戦闘が好きな性格では無い故彼と戦闘しないに越した事は無いがまさかアルラが戦うと言うとは思っても居なかった。
どちらかと言うと彼女は面倒くさがりな性格をして居ると思っていた……だがこんな所で実力を見れるのは予想外、好都合だった。
「むっ……お主中々強いな、名はなんと言う」
「アルラ、一応貴方の名前も聞いておきましょうか」
「レイスだ」
「レイス……そうですか、覚えておきます」
アルラはそう呟くとゆっくりレイスに近付いて行った。
(もう少し……来い)
レイスは心の中でアルラが近づいて来るのを今か今かと待つ、そして射程に入る数十センチ手前になったその時、アルラは突然立ち止まった。
「な?!」
「表情に出てますよ、あと一歩、あと一歩近づけって……凡そこの抉れている場所が射程と言った所ですか」
そう言いアルラはアイリスが付けた印の手前に立つ、一瞬にして射程まで見透かされた男の顔にもう余裕は無かった。
「だ、だが射程が分かった所で私の抜刀には勝てん!」
そう言い男は姿勢を低くして刀に手を掛ける、完全なる抜刀の構えだった。
だがそれにも関わらずアルラは刀に手すら掛けずに射程の中へと入って行く、シャリエルから見ればその行為は自殺志願者と言わんばかりの愚かな行為だった。
「はっ!私を舐めすぎだ!!」
男は笑顔を浮かべながら刀を抜く、だが不思議と勝利を確信出来なかった。
何とも言えない漠然とした不安が、不気味な感覚が残る……そしてアルラの首元目掛け振りかざされた刀はバキッと言う音と共に折れた。
宙を舞う刀の破片、何百、何千と死地を共にした刀が折れるその姿を男は呆然と見つめて居た。
「真の強者との戦いは一瞬と聞いた事がある……まさか本当に一瞬とはな」
刀の破片が地面に落ちる音と共に男は地面に崩れ落ちる、その胸元からは大量の血液が流れ出て居た。
「俺は……強かったか?」
「そうですね……人間にしては強い方でしたよ」
「人間にしては……か」
その言葉にレイスは笑う、戦いで死ねるのなら本望だった。
「アラサル……後は頼んだ、俺たちの悲願を……叶えてくれ」
男は天井に向けて手を伸ばすとスッと瞳を閉じた。
「……私はライノルドにこの事を伝えに行きます、貴女達も早く向かった方が良いですよ」
「え、ええ……」
その言葉を残し消えるアルラ、戦いをただ見つめて居る事しか出来なかった。
桁外れの強さ……果たして自分が勝てるのか、分からないレベルだった。
何が起こったのかすら分からない……そんなアルラを従えるセリス……ますます彼の謎が深まって居た。