第257話 最初で最後の共闘
「また来てくださったんですね!」
泉に着いた隼人とシャルティンを見てセレスティア、女神が言った言葉はそれだった。
だがどちらに向けての言葉なのか両者は同じタイミングで顔を見合わせた。
「今日はどんなお紅茶を頂けるんですか?」
その言葉に隼人は自分ではない事を確信した。
「今日はって過去に訪れてるのか?」
「……時間だけはあったからね」
そう言い何処からとも無く机と椅子を用意する、そしてカップを3つ机に置いた。
「少しだけ……許してくれないか」
シャルティンの言葉にセレスティアはあまり理解してない表情を浮かべる、彼女はシャルティンが自分を殺しに来たなど思って居ないのだから当然だった。
その言葉に隼人は頷くと椅子に腰掛けた。
「前回の召喚以来だねセレスティア」
隼人の言葉に首を傾げる、その反応を見て前回会った時はアルセリスの格好をして居た事を思い出した。
少ない魔力で空間魔法を発動すると兜を取り出した。
「これで分かる?」
いつ以来出すのか、アルセリスの兜を見せるとセレスティアはハッとした表情を見せた。
「アルセリスさんですか!お陰様で再び信仰心が集まって力も付きましたよ!」
そう言い腕を捲り全くない二の腕の筋肉を自慢する、女神とは思えない程に無邪気な人だった。
「セレスティア、随分と長い間お茶会したね」
「改まってどうしたんですか、確かにそうですね……あ、今更お茶代請求しても無理ですよ!」
「そんな事しないさ、セレスティア……女神になる前の事を覚えているか?」
「何を言ってるんですか?私は最初から女神ですよ?」
シャルティンの言葉に彼女は不思議そうに首を傾げる、過去に幾度となくした質問だった。
彼女を解放する……そう思いこの場に来た、だがセレスティアの顔を見るとどうしても気持ちが揺らいでしまった。
やれる事は全てした筈……なのにまだ希望を捨てきれずに居た。
果たして本当にセレスティアを解放するのが正しいのか、彼女の幸せそうな表情を見ると間違っているのでは無いかと思う……ずっと二人で、そう思ってしまった。
「セレスティア、昔話しをしても良いかな」
「昔話しですか?」
「そう、言ったことあったかな……俺には昔、愛する人が居たんだ」
「そういう話し大好きです」
シャルティンの言葉に興味津々で彼女は食い付いた。
何も娯楽の無いこの泉で退屈をして居たセレスティアに取っては何よりも楽しい瞬間なのかも知れなかった。
「二人にも一度話したが、俺は異界の出身……この世界には戦争の駒として召喚された、日々が戦争、何人殺したかすら分からない……そんな時に彼女と出会ったんだ」
まだ序盤だと言うのにもうセレスティアは涙目だった。
「荒んだ日々に光を、癒しを彼女は与えてくれた……彼女が居たからこそ、好きでもない国を守る理由が出来た」
本人を目の前にして言うのは少し照れがあった……だがセレスティアは自分自身を言われているとは当然思って居ない。
「元々、この世界に来る前は普通の高校生をやってたんだ……長い時を生きすぎて記憶はもう曖昧なんだけどね……だがどうしても人を好きになる、その感覚が分からなかった……だが彼女を見た時、一目で恋に落ちたんだ」
朧げな記憶だが、周りが人を好きになり付き合う……その行為に羨ましさを感じて居た事だけは覚えて居た。
好意を持ってくれる女性は居た、だがその人と一緒に時間を過ごす……それの楽しさが分からなかった。
一人の時間が楽、そんな人間だった。
だがセレスティア、彼女がそれを変えてくれた。
「初めて人と居て楽しいと感じた……ずっと一緒に居たい、そう思える人だったんだ」
二人はただ黙ってシャルティンの話を聞いて居た。
「だが周りはそれを許してはくれなかった……俺の愛した人は実験台にされた、人間を神へと昇華出来るのかと言うね」
「人を神に……何とも罪深き行為ですね」
自分の事とはつゆ知らず、セレスティアの表情は少し怒りが混じって居た。
「どうにかして戻そうと最初は色々な事を試した……だが何をしても、その実験を指導した奴に問い正してもどうしようも無かった……そしていつからか、目的は解放……殺す事に変わったんだ」
「そんな過去が……ですがその話しだと恋人さんは生きてるのですか?」
「君だよセレスティア、俺の愛した人は」
ずっと怖かった……勇気が出なかった、セレスティアに真実を言うのが。
真実を知った時、彼女はどんな反応をするのか……もう悲しむ顔だけは見たくなかった。
恐る恐るシャルティンはセレスティアに視線を向ける、すると彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして居た。
「私が元々人間……ですが神として生まれた時の記憶はありますよ?」
記憶がある……そんな筈は無かった。
確かに大規模な記憶処理をした際、セレスティアは対象に入れなかった、その時もう既に記憶は失って居たのだから。
以前話した時は気が付いたらこの泉に居たと語って居た……生まれた時の記憶があるなんて有り得なかった。
「生まれた時の記憶……どんなのか聴かせて貰えないか?」
「えーっと……あれ?何かおかしい……」
セレスティアは記憶を説明しようとするが突然頭を押さえ、膝から崩れ落ちた。
「セレスティア?!」
咄嗟にシャルティンは駆け寄る、何か様子がおかしかった。
「これは……私の記憶?こんな事した覚えは……」
酷く怯えて居た。
「違う……私は女神、人なんて殺めて居ない……私は護る存在の筈」
酷い頭痛、知らない記憶、セレスティアは完全に混乱して居た。
そしてその反応を見たシャルティンはとある最悪のシナリオが脳裏を過った。
セレスティアを神にする際に使用したグレリードの力……血が何らかの反応を起こしている、だがグレリードは確かに死んだ、血だけで身体を乗っ取るなんて有り得なかった。
だが神は人間の尺度で考えられる程甘く無い……思考している間にもセレスティアの状態は悪くなるばかりだった。
「お、おいシャルティン!どうなってんだ!?」
セレスティアから立ち上る赤黒い煙……もう別れを惜しんでいる場合では無かった。
「隼人!剣を貸してくれ!」
シャルティンの言葉に一瞬隼人は躊躇してしまった、また何か企んでいるのでは無いか……その一瞬が仇となった。
シャルティンは隼人から剣を奪い取ると深くセレスティアの胸に突き刺す、だがセレスティアの身体は煙となり、消えた。
『数千?数百?私が死んでからどれくらいの月日が流れたか知らんが……ようやく復活する事が出来たようだな』
セレスティアの身体を確かめるように何度も手を開いては閉じる、禍々しい力……頭にはツノが生え、瞳が赤く染まって居た。
「グレリード……どう言う原理で生き返りやがった」
『神に原理など普通聞くか?』
そう言い話しをはぐらかす、確かに生き返った以上……理由を聞くよりも先にやる事は一つ、もう一度殺す事だった。
だが昔とは違う……隼人達と戦い負傷している今、そう簡単には勝てそうに無かった。
グレリードに加護が通用するかも分からない、そもそもこの加護は元々セレスティアの物、攻撃が通るかも分からなかった。
「隼人、少しの間剣を貸してくれないか?」
「満身創痍だろ、俺も手伝ってやるよ」
その言葉にシャルティンは耳を疑った。
「有り難いが、どう言う心境の変化なんだ?」
「良く分からんがセレスティアには俺も世話になった……グレリードとやらに身体を乗っ取られたまま何て後味悪いし、何よりこのままだと世界を滅ぼしかねないからな」
「もっと昔……俺がおかしくなる前に隼人、君と出逢いたかったよ」
「なんか言ったか?」
隼人に聞こえない程度の声量で言ったシャルティンの言葉に首を傾げた。
「何も無い……それじゃあ最初で最後の共闘と行こうか」




