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第243話 太陽

思考が晴れている、身体の至る所が痛むが動ける……いつもとは違う視点からの視界に少し困惑するが身体はしっかりと操れていた。



「……アモデウスだったすか?」



先程まで止まっていたユーリが突然話し出した事に驚き、アモデウスは少し反応が遅れていた。



「攻撃しなくて正解だった見たいですね……あの暴走はブラフでしたか」



暴走時の記憶は無い、アモデウスの言葉の意味がよく分からないユーリはその言葉をスルーした。



「フェンディルさんの腕の代償は高くつくっすよ」



「腕一つで勘弁してもらいたいですね、私は何度もミンチにされてるのですが」



ユーリの言葉に冗談を交えながら笑う、暴走してない状態で改めて対峙して感じる威圧感、獣化して居なければ一瞬で殺される……そう感じる程だった。



アモデウスの言動からして何度も致命的なダメージを与えては居るが再生されている……対して此方は下半身のダメージが大きく、相手の魔法も分からない……理性を取り戻したは良いがあまり状況は良くなかった。



「そろそろ仕切り直しましょうか」



そう言いアモデウスは剣を構えると臨戦態勢に入る、先程とは違う……一瞬でも気を抜けばやられる、そんな雰囲気だった。



「隼人さん達の為にも……速攻で終わらせるっす」



アモデウスが動くよりも先に地面を蹴る、だが獣化を操るのは初めて、思わぬパワーにアモデウスの横を通り過ぎユーリは壁に激突した。



かっこよく啖呵を切って置いて壁に消えて行ったユーリにアモデウスは困惑して居た。



幸いにも壁をぶち破った先に通路がありユーリは体勢を整える、アモデウスは今此方を見失っている……正直予想外で格好悪い展開だが奇襲を仕掛けるには好都合だった。



身近にあった石を拾い上げ投げようとするがふと、ある考えが頭をよぎった。



「そう言えば……この状態、魔法って使えるっすかね」



今までは暴走して居た故に試せなかった……だが使えるとするのなら、勝機はグッと上がる筈だった。



牽制の為に石を何個か壁の向こう側に強く投げつけると目を閉じ、意識を集中させ手に武器をイメージする、獣化した身体に見合う大きな剣、大剣が良かった。



大きく、刀身は2メートルは超えるほどの……強くイメージして居ると手に重量感を感じた。



目を開くとイメージ通りの大剣が右手に出現して居た。



オーフェンが持って居た大剣よりも更に大きい……だが獣化した今、普通の剣を振って居るよりも軽く感じた。



手にも直ぐ馴染む……此処は流石、様々な武器を操る自分を褒めるべきだった。



「これは……行けるかもっすね」



崩れ落ちた瓦礫の向こうからはアモデウスの分かりやすい強大な気配を感じる、位置も分かりやすかった。



ゆっくりと此方へ近づいて来ている……そして瓦礫の向こうにアモデウスの頭が見えた。



今しかない、ユーリは再び力を調節して地面を蹴ると瓦礫を吹き飛ばしながらアモデウス目掛け剣を振り下ろした。



「奇襲……ですか、考えましたね!」



瓦礫を吹き飛ばし現れるユーリと振り下ろされる先程までは無かった大剣に反応が遅れ、身を捩って交わそうとするがアモデウスの右腕が宙に舞った。



「今更腕の一本、ダメージには入りませんよ」



そう言いアモデウスは距離を取る、瞬きをする間に右腕は再生して居た。



「尋常じゃないっすね再生速……度」



アモデウスの再生速度に驚いて居たその時、視界の端っこに切り落とされた腕が入る、太陽の元に晒され、皮膚が焼け爛れて居た。



アモデウスは落ちた腕の事など気にもせずに気付いて居ない様子、不自然だった。



先程から壊れた天井から差す日差しを受けても何の変化もない様子だった……だが落ちた腕はしっかりと焼け爛れ、数秒もすれば原型も止めず崩れ落ちている……違和感しか無かった。



「どうしましたか?万策尽きた……と言う表情ですよ?」



そう言いながら日差しの元を歩いて来る、日が皮膚を焼く様子も無い……カラクリがよく分からなかった。



「別に策はまだあるっすよ」



確かめてみるしか無かった。



闘技場の砂を目眩し代わりに巻き上げるとアモデウスに斬りかかる、フェンディルもやった捻りのない技にため息を吐きながらも目一杯の力で大剣を受け止めると上に弾く、ガラ空きになった腹部目掛け剣を突き刺す、確かな感触にアモデウスは笑みを浮かべた。



「どうしました?強度が落ちては居ませんか?」



剣を突き刺したまま脇腹の方へと滑らせるとアモデウスは追撃せずに距離を取る、単純なパワーでは勝てない、ならば少しずつ削ろうと言う作戦の様だった。



だが……攻撃を受けただけの価値はある。



「ん……何ですか?」



上から落ちてくる瓦礫に首を傾げアモデウスは空を見上げる、フェンディルが中途半端に崩して居た天井に数本の剣が突き刺さり、アモデウスが上を見ると同じタイミングで天井が完全に崩れ落ちて来た。



落ちてくる瓦礫を避けながらアモデウスため息を吐いた。



「浅はかですね考えが」



太陽に苦しむ様子は無い、だが空を見上げアモデウスは少し顔を顰めた。



それが太陽の光が眩しいからなのか、日差しの影響なのかは分からない……だが他にできる事は無かった。



「どうしましたか?まさかこれが最後の作戦ですか?」



「残念ながら……後は何度もミンチにするしか思いつかないっすよ」



そう言い大剣を構える、いくら再生能力が高いとは言え……何は死ぬ筈だった。



「持久戦と言うわけですか……」



吸血鬼と持久戦、聞いただけで笑いそうだった。



正直太陽が効かない時点でもう勝敗は決して居る、獣化できる時間はそれ程長く無さそうだった。



暴走状態の時にダメージを受けすぎたのか身体の至る所が激しい痛みに襲われている、正直一歩歩くだけでも激痛……気を抜けば獣化を保つどころか、気を失いそうだった。



「此方から行かせて頂きますよ」



アモデウスはそう言うとユーリの懐まで一気に距離を詰めて来る、先程までの受け身な姿勢から一変、いきなり攻めの姿勢に変わって居た。



持久戦なら吸血鬼に分がある筈、不自然だった。



だが……様子を探る余力がもう残って居なかった。



「どうしました?動きが赤子以下ですよ」



そう言いアモデウスの剣が右脚を斬り落とす、大剣を振り回し反撃を試みるが簡単に受け止められ、大剣は弾き飛ばされた。



ガラ空きの身体、彼の攻撃を受ける術は無かった。



「待て、辞めてくれ!!」



刀に手を掛け客席から飛び降りようとする隼人さんの姿が見える、だが間に合わないだろう。



迫る剣がスローに見える、首を刎ねようとする剣の軌道を見て獣化を解き、交わそうとするが剣は一度は空を切るものの、無駄だった。



アモデウスは修正して剣を胸の心臓目掛け突き刺す、肉が貫かれ、肋の間を綺麗に通り抜け心臓を貫く……獣人の生命力の高さが仇となり、即死出来なかった。



「間違い無く、貴女は過去に戦った人物の中でもトップクラスの強さでしたよ」



そう言いアモデウスは剣を抜く、身体を支えられなくなったユーリは地面に倒れ込んだ。



「ユーリ!!」



隼人さんの声がする。



「私も外道ではありません、別れの時間はあげましょう」



アモデウスの声がし、うつ伏せで倒れたユーリの身体を隼人は起こした。



「駄目だ……ダメだダメだ……死ぬな、死ぬなユーリ!!」



傷口を氷魔法で凍らせて必死に回復魔法を掛ける、だが無駄な力を使わせる訳には行かなかった。



「私は……隼人さん達と一緒に居れて、とても幸せでしたっす」



「ユーリ?」



隼人に言葉を掛け、ゆっくりと立ち上がる、即死しなかっただけでも驚きだった上に立ち上がってくる事にアモデウスは驚きを隠せずに居た。



アモデウスは油断している……せめて死ぬ前に一矢報いる。



「獣人族最後の生き残り……ユーリアストロフ、舐めんじゃねぇっすよ!」



絶対に一矢報いる、その気力だけで右手を獣化させる、そして油断し切っているアモデウスの頭を吹き飛ばした。



「ざまぁみやがれっす……」



その言葉を残しユーリは地面に倒れた。



隼人が駆け寄る頃には既にアモデウスの頭は再生されている、だが少し様子がおかしかった。



「頭ばかり破壊されておかしくなりましたかね……」



今まで戦闘を通して一度も見せてこなかった苦悶の表情を浮かべて居た。



初めての表情……勝機は今しか無かった。



「ユーリ……後でしっかりと弔ってやる」



隼人は瞬時に雷装を纏うと刀を抜く、そしてアモデウスの背後に氷壁を出現させると退路を絶った。



頭を破壊された後遺症なのか動きが鈍い、だがそれでもアモデウスは瞬時に反応し隼人を蹴り飛ばした。



刀は後一歩届かない、ユーリとの戦闘を見て何となく理解はした……恐らくアモデウスは太陽に弱い。



ただ他の吸血鬼より長く当たって居られると言うだけでダメージは受けている、だが受けたその場から瞬時に再生している故に分からないだけだった。



頭部を切られても瞬きする間に治る程の再生スピード、そりゃわかる訳無かった。



だがユーリやフェンディルとの戦闘を見て定期的に影で身を休めて居た、恐らく再生能力に限度がある……そしてユーリとの戦闘で酷使した今がチャンスだった。



なのに後一歩、刀が及ばなかった。



「くそっ!!!」



アモデウスの蹴りで吹き飛ばされる中隼人は悔しさを露わにする、ユーリ達が繋いでくれた物を此処で絶ってしまうのか……アモデウスは観客席の日陰へと逃げようとして居た。



恐らく数十秒も休めば振り出しに戻るのに等しい……だが今の俺には何も出来なかった。



「色々と勘づかれている様でしたが残念でしたね、生憎私には戦士の誇りもありませんから、死にそうになったら逃げるだけですよ」



そう言い観客席の方へと向かおうとする、冥王の力を使っても流石に間に合わない……終わった、そう思ったその時、アモデウスの怒鳴り声が聞こえた。



「次から次へと……本当に腹立たしいですね!!」



俯いた視線を戻す、何故かアモデウスは再び闘技場の真ん中で膝をついて居た。



「戦士の誇りが無い……それならば我々も一対一を守る必要ももうありませんね」



拳に灼熱の炎を纏わせたアウデラスが観客席に立って居た。



「隼人様……遅れて申し訳ありません、転移先にいた敵が予想以上に強敵でした」



そう言い深々と頭を下げる、予想外の助っ人に隼人は驚く事しか出来なかった。



「どいつもこいつも使えない部下ばかり……」



舌打ちをしあからさまに苛立ちを露わにする、先程までの紳士で余裕のあるアモデウスの姿は其処には無い……余程余裕がない様子だった。



「そこを退け人間!!」



アウデラス達に囲まれたアモデウスは一番突破出来そうな隼人に狙いを定め剣を抜きスピードをあげる、この焦り様で確信した……このまま太陽の光に晒せばアモデウスを倒せる。



「それは無理な相談だ」



ユーリの為にも、通す訳には行かなかった。



振り下ろされる剣を隼人は弾くと刀の力を使いアモデウスの足を地面に氷で固定した。



彼の力は隼人の剣を弾くことすら出来ないほどに弱って居た。



ユーリとフェンディルと言う強者との連戦で使い続けた再生能力も万能では無い、使い続ければ必然とスピードは落ちる、アモデウスは今まで圧倒的な強さ故に敵を短時間で屠り続けて居た……故に長期戦の戦い方を知らなかった。



「くそっ……くそっ!!この私が死ぬ?!あり得ない……私はまだ生きて、シャルティン様に仕えなければならないんだ!!」



焼かれていく身体、凍らされた足を斬り落とし日陰へと這って進む、其処に吸血鬼の始祖と呼ばれた威厳のある彼の姿は無かった。



「私は……死ぬ訳には」



影へと手を伸ばす、頭を破壊され過ぎたのか……ふと忘れていた頃の記憶が蘇って来た。



何百……いや、何千年前の記憶なのか、私がまだ吸血鬼では無かった頃の記憶だ。



あの頃の私は16歳と若く、自身の強さに自信を持っていた。



あの頃は今よりも戦争が多く、傭兵業も盛んだった……だが私は戦いを嫌い、冒険家として各地を回っていた。



そんな時、とある遺跡で一つの宝を見つけた。



小瓶に入れられた真っ赤な液体だった。



今でもあの正体は分からない、ただあれを飲んだ事により私は今の身体となった。



人の血を飲み、夜に生きる……そんな生活を続けることになった。



そして血を吸う化け物になって数十年、既に人への関心は薄れ、食糧としか見なくなった時、とある女性と出会った。



肌が異様に弱く、夜にしか外に出歩けないと言う少女……マディカと私は出会った。



白く透き通った肌、難病を抱えてるにも関わらず明るく、純真無垢な笑顔を見せる彼女はまるで太陽の様な人で、私は一目惚れした。



彼女と会っている時は私が化け物になったという事を忘れた。



そして彼女と共に何十年と時を過ごした……彼女は私の老いることの無い姿に何も言わなかった。



そして天寿を全うする直前、言った。



『貴方が何者でも……人を愛し続けて下さい』



彼女は私が人間では無いという事に薄々気づいていた様だった。



そのまま彼女は息を引き取り、私は亡骸を埋めた。



彼女を失った喪失感は100年は続いた……その寂しを埋める様に様々な女性と出会ったが最後まで愛せたのはマディカただ一人だった。



だが500年以上の時が過ぎ、私は彼女の事すら忘れてしまった。



吸血鬼と言えど元は人間、覚えられる記憶にも限りがある……古い記憶は忘れ去られて行く。



そして私はシャルティン様と出会い、この世の中を正したいと言う彼の意見に賛同し、行動を共にした。



そして勘違いをした、私には大切な人が居たと言う記憶が、シャルティン様になっていた。



だが頭を何度も破壊された影響か、死ぬ直前、その大切な人がシャルティンでは無くマディカだったと言う事を思い出せた。



私は何故死を怖がって居たのかやっと分かった、大切なマディカの事を思い出せないまま死ぬのを無意識に怖がって居ただけだった。



その証拠に叫びたくなる様な太陽の痛みと迫る死を前にしても何も恐怖を感じなかった。



むしろマディカを思い出せて幸せまで感じていた。



「最後の最後に……思い出させてくれて感謝します」



その言葉を残しアモデウスは散りとなり消えた。



最後に奇妙な言葉を残し消えるアモデウスに違和感を感じながらも隼人はユーリの元へと歩み寄った。



傷だらけの身体、160にも満た無い少女とは思え無いほどの傷の量……何も出来なかった自分を殺してやりたかった。



「ユーリ……」



彼女の身体を抱き抱えながら涙を流す、あの元気で生意気な声はもう聞けなかった。



「この戦いが終わったら……ちゃんと弔うからな」



そう言い闘技場の観客席にそっと寝かせる、頬を伝う涙がユーリの顔に落ちた。



「隼人さん……冷たいっすよ」



服を掛け立ち去ろうとしたその時、ユーリの声が聞こえた。



「ユーリ?!生きてるのか!?」



隼人の声に薄らと目を開け微笑んだ。



「獣人族の生命力を舐め無いで欲しいっす」



そう言いながらも吐血する、生きてはいるものの、危うい状態には変わりなさそうだった。



「隼人様、少しお下がりください」



ユーリの声が聞こえたのか、アウデラスとフェンディルが急いで彼女に2人がかりで回復魔法を施す、両者とも真剣な表情だった。



「ユーリは……助かるのか?」



「分かりません、彼女の生命力に賭けるしかありません」



そう言いながらアウデラスは治療を続ける、回復魔法を使え無い隼人はただ祈るしか無かった。



苦しそうな表情のユーリを心配しながらもふと、アモデウスが言っていた鍵の存在を思い出した。



闘技場へと降り、彼の着ていた服を漁って居ると彼の言った通り、鍵があった。



妙に豪華な装飾が施された鍵……だが何処で使う物なのかは検討も付かなかった。



恐らくシャルティナの何処かで使えるのだろうが今はユーリが生死を彷徨い、フェンディルも満身創痍、そして仲間とも逸れている……こんな状態で戦闘なんて出来るはず無かった。



鍵をポケットへと仕舞い、ユーリの元へ戻ろうとする、その時観客席からフェンディルが身を乗り出し手を上に掲げた。



「隼人様!ユーリの治癒……成功しました!!」



その言葉を聞いた瞬間、隼人は足の力が抜け、その場に座り込んだ。



「良かった……本当に……良かった」



本当に良かった……覚悟はしたつもりだったがいざ失いそうになるとやはり心が持たなかった。



だがユーリは助かった、一先ずは良かった。



あとはアルラ達と何も無く合流出来る事を願うばかりだった。

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