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第242話 暴走と理性の狭間

目を閉じ、ただ死を待つフェンディル……だが何秒経とうと訪れない死に目を開けると剣が眼前で止まっていた。



「フェンディルさん、守護者として死ぬのはまだ早いっすよ」



「ユーリ……なのか?」



視界に映るのはユーリ、だが片腕がまるで獣の様に大きく変形していた。



「死を覚悟した所悪いっすけど……逃げてくれると助かるっす」



ユーリは酷く苦しそうだった。



理由は分からない、だが此処に居ても邪魔になるのは確かだった……今は、ユーリに任せるしか無かった。



「守護者として不甲斐ない……頼んだ」



フェンディルは溢れんばかりの悔しさを唇を噛み我慢すると片腕を拾い上げ隼人の元へと下がった。



「腕は痛むか?」



「いえ……ご心配無く、時間があれば治癒出来ます」



腕を切断面にくっ付け治癒魔法を掛ける、サイクロプス故に時間を掛ければ癒せる……だが心に受けた傷はそう簡単には癒えそうに無かった。



「君は獣人……しかも君の様なタイプは確か絶滅させられた筈では無かったですか?」



「悪いっすけど……お話できるほど余裕無いっすよ、今にも理性が吹っ飛びそうなんで」



ユーリの体が徐々に大きな獣へと変化して行く。



「そうですか、話をするのは好きですが……仕方ないですね」



そう言いアモデウスは剣を構える、獣の様な雄叫びと涎を撒き散らしながらユーリは距離を詰める、何の捻りもない一撃を受け止めようと剣でガードするがアモデウスの身体は壁まで吹っ飛んで行った。



「驚きました、獣人の中でも破格のパワーですね」



今の一撃で骨が砕け内臓を損傷した……普通の人間なら即死だろう。



「ロズサリア、大仕事ですよ」



剣に語り掛けると再び薔薇の棘が腕を刺す、剣が血を吸い力が与えられる……調子は良さそうだった。



「とは言え、少し血を取られ過ぎましたね」



懐から容器を取り出すと口に加える、中身は勿論血液、だが飲むのを獣が待ってくれる筈なかった。



「おっほ、あふない」



口に咥えた容器のせいで上手く喋れない、ユーリの攻撃を受け止めると腕を弾く、重々しい一撃、受け止める度に骨が砕ける、再生能力があるとは言えここ数百年、戦闘で傷なんて受けていない……それ程頑丈な体をこうも簡単に壊せるパワーは侮れなかった。



「さてはて、どうしましょうか」



フェンディルに使った様な古典的な騙し技は効かない、相手は獣、視界を防ごうとも聴覚が、それを防いでも嗅覚がある……ならば全てを塞ごう。



「闇の世界へご招待します」



手を軽くパンっと叩くと闘技場がアモデウスを中心に発生させられた闇で覆われる、何も聞こえない、感じない空間にユーリは吠えるがそれすら音にならなかった。



「久し振りにこの空間を使いますね」



アモデウスはゆっくり、のんびりと周囲を手当たり次第に攻撃しまくるユーリの元へと近づく、この空間では五感の全てが失われる……アモデウスを除いて。



自分だけが全てを感じられる、この中でアモデウスは最強だった。



だが一つデメリットがある……それは。



「典型的ですが、強すぎる力には代償が……この空間を維持できるのは一分が限界なんですよね」



制限時間付き、その間に獣を倒す。



とは言え全ての感覚を失って居るとは言え相変わらず攻撃は続いている……あまり状況は変わっていない気がした。



「まずは腕を落としましょうか」



ユーリの側へ接近すると攻撃を掻い潜り剣を振り上げる、そして暴れ回る腕に狙いを定めると一気に振り下ろすが凄まじい筋密度に剣の勢が殺され、骨を断つ事が出来なかった。



「これは驚きました」



まさか腕すら落とせない……予想外の出来事だが痛覚も遮断されている、ユーリには気が付かれなかった。



「無駄に魔法を発動してしまいましたね……出来るだけ弱体化だけでもさせましょうか」



予定変更、彼女を空間発動中に倒すのは厳しそうだった。



再び剣を構えると下半身を重点的に攻撃を始める、少しでも動きを鈍らせる、それが目的だった。



何度も何度も斬りつけ攻撃をする、徐々に闇は小さくなり、やがて消えた。



闇が消えた事により戻る全ての感覚にユーリは悶え、のたうち回る、吹き出す血飛沫に闘技場は赤く染まっていた。



「まだ元気の様ですね……恐ろしい、確かにこれは脅威ですね」



人間が彼女達獣人族を倒せたのが信じられない、これ程強い種族がまだ残って居ようとは思っても居なかった。



今も昔も吸血鬼が最強の種族……それも少し考えさせられる程の強さだった。



「とは言え……やはり最強は私ですね」



そう言い放つと同時にユーリの拳がアモデウスの頭部を潰す、そして何度も何度も原型が無くなるほどに攻撃をし続けると彼の体を掴み壁へ投げ付けた。



「めちゃくちゃですね、シャルティン様から警戒する様に言われてましたがこれ程の強さとは」



原型すら留めていなかった肉体が壁にぶつかる寸前で全ての再生を終える、どれ程攻撃されようとも死ぬ事はない、それが始祖の吸血鬼、アモデウスの力だ。



再びユーリの拳が頭部を捉える、だが拳が頭を破壊して逆側へ行く頃には既に再生は終わっていた。



「いくらやっても無駄ですよ、私を倒す術何も無い」



何度攻撃されても再生する、一方のユーリは闇の中で攻撃されたダメージもあり動きが鈍っていた。



攻撃の威力も落ちている、終わりも近い……なのに漠然とした不安が拭いきれなかった。



何を不安に思うのか、最強の吸血鬼……負けるなんて事は万が一にも無い。



「……?」



突然ユーリの動きが止まった。



理性はない筈、ただ目の前の動く物を壊す……ただそれだけの筈なのにユーリは止まった。



アモデウスはユーリの視界に入る様動いてみるが反応はない、これをチャンスと捉えて良いのか分からなかった。



何か秘策があるのか、アモデウスには迂闊に近づけないある理由があった。



それは太陽、先程から闘技場の屋根が壊れ太陽に晒されているがバレない様に先程から少しの時間だけ影に隠れていた。



始祖の吸血鬼とだけあってある程度の耐性はある、だがそれでも長時間は耐えられない……万が一擬似太陽を生み出せる者が居ればなす術なく負ける、どう足掻いても太陽だけは対策出来なかった。



今までの暴走が全て演技で油断を誘い出すためだとしたら……ユーリが太陽を生み出せるとしたら……長く生き、長く戦って来たからこそ、アモデウスの思考は余計な事ばかりを考えていた。



勿論ユーリは太陽を生み出す事などできない、だが初戦闘のアモデウスには分からなかった。



長年死から遠い場所に居たからこそ、死への恐怖から生まれた慎重な判断だった。



一方のユーリは暴走と理性の狭間に居た。



『相変わらず暗い空間っすね』



暴走状態の時、ユーリに理性は無い、勿論記憶も全く無い。



ただこの真っ暗な空間で目を覚ますのを待つだけだった。



『今回の敵……強そうっすね』



守護者であるフェンディルが彼処まで為す術なくやられているのは初めて見た、強さで言ったらアルラレベル……獣化しても勝てるかわからなかった。



膝を折り畳み手を前で握りちょこんと暗闇の中ただ座る、次に目を覚ます時、視界に映るのが仲間か敵か……もしくはこのままずっと暗闇の中かは分からない。



この一人で静かな空間が大嫌いだった、過去にも3度ほど獣化したが誰も居ないこの静寂が耐え難い苦痛だった。



いつも隣には誰か居た、村が滅ぶ前は家族が、そして滅んだ後もシュリルが……一人の時なんて無かった。



1人の時間がなかったと言うよりも私自身がずっと誰かの側を離れなかった、1人の時間が怖い故に。



村を滅ぼされた時の光景が今も蘇る、私を守ろうと死んで行く家族や仲間達……そして残された私、1人になると嫌でもあの光景が脳裏を過ぎる。



あの時獣人化を自在に操れれば仲間達を、家族を守れたのでは無いのか……ずっと罪悪感が消えずに残っていた。



だが一番はシュリルをこの手で殺めた事、あの時胸を貫いた感触が今も忘れられ無かった。



もっと他の道があったのでは無いかと今も考える、考えても無駄なのに。



『お姉……ユーリは色々と背負い込み過ぎなんですよ』



何も無い、誰も立ち入れない無の空間、そこに響き渡る声にユーリは立ち上がった。



『この声……シュリルっすか?』



『ユーリは家族を守れず、私を殺したことをずっと後悔してるんでしょ?』



『当たり前っす、私に力があれば、獣化を操れれば……もっと幸せな未来があったかも知れない』



『幸せな未来……か、私にとってユーリと、隼人様達と過ごした時間はとても幸せでしたよ?』



シュリルの言葉にユーリは俯いた。



『何もかも背負い過ぎなんですよ、殺した者、死んだ者は戻らない……なら出来る事は一つ、でしょ?』



『前へ進む……』



そんな事は分かっている、だが言うの簡単だがそれを実行するのがどれ程難しいか……彼女は知らない。



ゆっくりとシュリルはユーリへと近づいて来る、そしてそっと胸に手を当てた。



『ユーリ、もう背負わなくて良いんです、私達はここに来ればいつでも会える……心の中に居ますから』



『シュリル……』



『今ある物を守って、お姉ちゃん』



彼女の言葉にユーリは顔を上げた、気が付けば真っ暗闇の先に一筋の光が見える……ようやく、前に進む決心が付いた。



シュリル達は常に心の中に居る……ありふれた言葉だが今の自分には何よりの支えだった。



『それじゃあ……行ってくるっす』



シュリルに別れを告げ光の方へとユーリは歩いて行った。



『やっぱお姉ちゃんは馬鹿みたいな笑顔が似合ってる』



光の方へと消えて行くユーリを見つめながらシュリルは光になって行く、もう会う事は無い……次に会うとすれば彼女が天寿を全うした時、この空間はもう消える。



元々獣化で意識が無いユーリが生み出した特別な空間、だが理性を取り戻した今、この空間も必要無くなった。



『ほんと、天才はどっちなんだか』



その言葉を最後にシュリルは光となり消えた。

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