第236話 目指すはシャルティナ
「これで良いんだよなマリス」
湖が見える丘の上、過去にオリゲル家が統治して居たと言う国の跡地にあるランスロットの墓横にマリスを埋めた。
綺麗な景色……此処で彼女達は色々と思い出を作って居たのだろう。
久し振りに訪れたアダマスト大陸、だが感傷に浸っている場合では無かった。
とうとうシャルティンの居場所を掴んだ……此処まで来るのに払った代償はデカ過ぎる、だがもう直ぐ全てが終わる。
もう犠牲者は一人も出さない、その為にも作戦を練らなければならなかった。
隼人は転移の杖を取り出しアルラ達が居るであろうアスタの酒場前へと転移する、そして杖を異空間へ放り投げた。
「俺も随分魔力量が増えたな」
まだ疲れは残るが異空間魔法は問題なく開ける様になった、とは言えまだ戦闘に使えるレベルでは無かった。
酒場に入ると異様に空気が重たい……だがオーフェンとマリスが死んだばかり、無理も無かった。
「今は作戦とかそう言う場合じゃ無いみたいだな」
壁際に座って居たアルラの隣に腰掛けると酒場全体を見回す、よく見ると王女様も連れて来ている様だった。
「隼人さん、リリィがもう戦えない様です」
「リリィが?」
「はい、酒場の奥を貸して頂き休ませてるのですがアヌシアとの戦いで殆どの魔力を使い切り回復は見込めない……もう戦える状態では無いらしいです」
リリィが戦えない……それはかなり不味かった。
傷を回復出来るのはリリィとサレシュしか居ない、そしてサレシュは仮にも普通の人間、回復させれる量にも限りがある、リリィの様な化け物じみた回復力は持っていない……前の様な無茶な戦い方はもう出来なかった。
「取り敢えずリリィに会って来るよ」
「分かりました、私はシャルティナへ行くルートを姫様に聞いて考えておきます」
そう言いアルラはシャルティンが残して行った紙を片手にルナリアの方へと歩いて行く、リリィの戦闘不能は予想外だった。
女神の血を手に入れよりパワーアップした彼女を正直かなり頼りにして居たのだが……死ななかっただけ良かったのかも知れない。
酒場の奥へ行くと部屋が一室だけあった。
「リリィ入るぞ?」
ノックをして扉を開ける、中にはベットに座り外を眺めるリリィの姿があった。
「やぁ隼人じゃ無いか」
リリィはいつも通りの笑みを浮かべて居た。
「体調はどうだ?アヌシアの戦いでかなり消耗したと聞いたからな」
「体調は大丈夫さ、ただ……私はもう戦えなくなってしまったがね」
何処となく悲しそうな表情だった。
彼女は戦闘が好きと言う訳では無さそうだがそれでも力を失うと言うのは誰でもショックを受ける物だった……俺なら尚更その気持ちがわかる。
「そうか……リリィはどうするんだ?」
彼女の今後は俺が決める事では無かった。
「そうだね、戦いにも疲れたし……私はそろそろ身を引こうかな」
「となればシャナの居るオワスの村に?」
彼女は静かに頷いた、よく見れば右手にシャナの写真を持って居た。
「そうか、しかし意外だったな、拷問好きのリリィが子供の世話をするなんてさ」
「確かに私も意外だったよ、人の気持ちなんて考えた事すら無かったけどシャナがそのきっかけをくれた……今じゃ彼女が私の命より大切だよ」
そう言い優しい笑みを浮かべる、拷問をして悦に浸り邪悪な笑みを浮かべて居た人物と同じとは思えない程の変わり様だった。
「そうか……だが少し心配だな」
「何が心配なんだい?」
「オワスの村だよ、リリィが彼処に行くとなれば万が一にも狙われる可能性がある……それが少し心配でな」
彼処の村に一応オーゲストとレフリードと言う傭兵的存在が居るのだが……正直シャルティンがその気になり刺客を差し向けた時、太刀打ち出来る気がしなかった。
とは言え警護に人員を割く余裕は無い……寧ろ仲間がまだ欲しいくらいだった。
「それなら心配ないさ、確かオーリエスの国にはかなりの恩を売って居たよね」
「確かそうだったな」
恩……と言うよりかなりの破壊をしてしまって居たがあれの正体はバレて居ない、黙っておこう。
「向こうへ行ったら彼らに警護を頼むよ、居ないよりかはマシだと思うしね」
「うーん……まぁそうだな」
確か名はアダムスとか言った青年、今はどれ程成長しているかは分からないがそれなりには頼りになりそうだった。
「じゃあ此処で一旦お別れだな」
そう言い魔紙を3枚手渡した。
「全部終わったら報告待ってるよ、隼人達ならきっとやり遂げると信じてる」
そう言いリリィは隼人の手を握った。
「あぁ……必ず報告しに行く、勿論誰一人欠ける事なく全員でな」
そう言い隼人は両の手で握り返す、そして部屋を後にした。
隼人が扉を閉めると同時に光が漏れて来る、そして光は消えた。
行った様だった。
「ふぅ……切り替えて作戦会議だな」
いつまでも悲しんで居られない、足早に酒場へ戻ると人が二人増えて居た。
「ルナリア様!ご無事でしたか……」
「まさか……王女様が生きていらっしゃるとは」
護衛団長のクロードと騎士団長のシグルドが何故か酒場に訪れて居た。
「あんたらどうして此処にいるんだ?」
つい数時間前まで敵対して居た敵将同士がこうして酒場に居るのが違和感でしか無かった。
「君は隼人か、王女様を取り返してくれた……この感謝は伝えても伝えきれないよ」
そう言いクロードは土下座の様な態勢になる、この世界にはそんな文化は無いと思うのだが……なんとも不思議な気分だった。
「俺じゃないさ、取り返したのはマリスだよ」
「そうですか、ならマリスさんにお礼を……」
そうクロードは言うが隼人は首を振った。
「もう居ないよ、ちょうど寿命を迎えてね」
あれを寿命と表現して良いのかは分からないが強ち間違いでは無いはずだった。
隼人の言葉にクロードは複雑な表情を浮かべる、なんと言って良いのか分からない、そんな表情だった。
「大丈夫、マリスも人助けが出来て良かったと言って居たし……それより俺はクロードさん達が心配だ、あの戦争でかなりの人が死んだんだろ?」
「そうですね……かなりの人が死にました、それも両軍……ですが最前線で戦ってない私が言って良いのかは分かりませんが、無駄な死ではありませんでした」
「無駄な死ではない?」
今思えばクロードとシグルドが同じ場所に居るのは不自然だった。
「ドラゴンの出現で一時戦闘が中断された時、私はルナリア様を追って戦場を走って居ました、その時にシグルドさんに出会ったんですよ、ねぇ」
そう言いシグルドに声を掛けた。
「そうですね、出会った時は殺し合いそうになりましたが彼から事の顛末を全て聞き、ようやく真実が分かりました、全ての悪は現国王……スフレスとね」
そう言い二人は互いに顔を合わせる、どうやら知らぬ間に色々と解決している様だった。
「となれば今からスフレスを捕らえに行くのか?」
その言葉にクロードは頷く、あの国王は恐らく処刑される、だが自業自得だろう。
「隼人さん達にはこの国のいざこざに巻き込んでしまっただけで無く、姫様まで救って頂いた、その礼をしたく訪れたのです」
「礼なんて……」
パッと思い付く物が無かった、別にこの旅にもうお金は要らない……とは言え食料も足りている、仲間が欲しいと言ったが彼らもギリギリ、何も頼めそうに無かった。
「そうですか……」
クロードが悲しげな表情をする、その時ふと一つ思い付いた。
「そうだ、シャルティナと言う国へのルートを考えて居てな、最短で安全なルートとかを知っていれば聞きたいのだが」
「シャルティナ……すみません、地図を見せて頂いても?」
少し悩む表情を見せるクロード、部屋の端で一人考えるアルラの方を隼人は指差した。
「実を言うとシャルティナなんて国を聞いたのは初めてです、戦争で忙しくなって居たとは言え外の情報は入って来るはず……最近の国なのですかね」
そう言いながらもシャルティナと記された場所へのルートを何通りか記す、新しく出来た国……シャルティン自体はかなり昔から存在して居た様だが何故最近になって国を作ったのか、理解出来なかった。
「取り敢えず2ルートは示しました、1番安全なのは30日掛かりますが最短で行くとなれば10日、ですが安全は保証出来ません」
そう言い山を越えるルートと森を抜けるルートの二つを地図に書き込む、30日は流石に掛かりすぎだった。
とは言え安全の保証が出来ない10日のルートを選ぶのもリスキー……迷うところだった。
シャルティンは無事辿り着けたらと言っていた、つまり刺客を送ってくる……その数がどれだけ居るかは不明、そんな中で30日の方を選べば消耗戦になる、それだけは避けたかった。
ギャンブルになるが10日の方を最短で駆け抜ける……その方がいい気がした。
「アルラはどう思う?」
「私は最短ルートが良いかと思います、シャルティンの事ですから何かしら策を講じて来る筈です、30日ルートで行くと何をされるか分からない……なら最短で叩きに行った方が良いかと思います」
シャルティンとは会って居ない筈、それにも関わらず意見が一致した。
「やっぱりそうだよな……クロードさん、有難うございます」
「いえ、この程度で良ければ……私達はそろそろスフレスの元は行きます、皆さんのお陰でこの国は良くなる、本当に有難うございます」
そう言いクロードとシグルドは深々と頭を下げルナリアと共に酒場を去っていった。
良い事をしたとは思って居ない、大勢の人が死んだ……賞賛されるべき事では無い。
「隼人、顔色が優れないわよ」
「んあ、シャリエルか」
戦場の事を思い返しているとシャリエルが隣に現れる、彼女と久し振りに話した様な気がした。
「そろそろ旅も大詰めね」
「そうだな……シャリエルとも長い付き合いになるな」
「そうね」
特に言葉を交わすこともなく沈黙の時間が続く、思い返せば出会いはセルナルド王国……あの時はただこの世界を知る為だけに行動して居た。
目的もなく世界なんか征服してみようかなど考え……今思えば笑える話しだった。
「アイリス、アーネスト、ライノルド……私も失った人は多い、でもこうして今も前を向いて居られる、それは……」
シャリエルの頬が赤くなって居た。
元気付けようとしてくれて居るのだろうか。
「仲間のお陰……だろ?俺も同じだ、お前らが居るからシャルティンに立ち向かえる、感謝してるよ……勿論アルラもな」
隼人の言葉にアルラは照れ臭そうに鼻を触る、その言葉に少しシャリエルはがっかりした表情を見せた。
「そう言うことじゃ無いわよバカ」
隼人には聞こえない程の小声で呟く、そして席を立った。
「それで、こっからどうするの?皆んな準備は出来てるけど」
「準備出来てるのは良いんだが……問題は移動方法、徒歩じゃ厳しいよな」
此処からだとかなり距離がある、流石に何か乗り物が欲しかった。
「その事ならば手配済みです隼人様、クロードさん達から馬車を数台頂きましたので移動手段の心配は要りません」
隼人の言葉に間髪入れずアウデラスが反応する、いつの間に交渉して居たのか……流石執事、仕事が早かった。
「本当か!助かるアウデラス……ならそうと決まれば出発……?」
馬車に荷物を運ぼうとしたその時、じゃんけんをする声が聞こえて来た。
メンバーはシャリエルにアルラ、そしてマールだった。
「こればっかりは譲れません」
「あんたは十分一緒に居たじゃない、此処は私に譲りなさいよ」
「この3人だと私が一番短いです、その理論だと私に譲って下さい!」
何やら喧嘩して居る様だった、何となく理由は分かる。
誰が隼人と一緒に乗るか、そんな所だろう。
どうせどう転んでも誰かが不満を持つ、それなら解決策は一つだけだった。
「アウデラス、フェンディル、乗ろうぜ」
男だけで乗れば文句ない筈だった。
「隼人さん、女性陣の目線が痛いのですが……」
アウデラスが苦笑いを浮かべる、フェンディルは相変わらず大人しかった。
「大丈夫さ、殺される訳じゃあるまいし」
「そうは言われましても……」
そう言いアウデラスは女性陣の方へと目線を向ける、彼女達から発せられるのは殺気……の様な気がするのだが。
「そんな事は気にせずささっ、出発するっすよ!」
そう言いユーリは3人を押し込むとアルラ達の方を向いた。
「時には強引も手の一つっすよ」
「してやられましたね……」
笑みを浮かべる隼人達が乗る馬車へ入って行くユーリにアルラ達は顔を見合わせた。
「仕方ないわね、私達は別のに乗りましょ」
「そう……ですね」
不服そうに女性陣は散り散りに別の馬車へと向かって行った。
「こりゃ先が思いやられるな」




