第226話 マールの過去
戦争を翌日に控えた夜、隼人はアスタの街をのんびりと散歩していた。
街に人の姿は無い、明日に備えて英気を養っていると言った所だった。
『戦争が不安ですか?』
「正直に言うとめちゃくちゃ不安だな」
普段なら宿屋で仲間と過ごしているのだろうがこうして一人で散歩してるのが何よりの証拠だった。
『戦争は私も経験した事ないですね』
「俺もだよ、一生経験しない方が良かったんだが……この世界じゃ無理だろうな」
『私達が幸運だったって事ですね、まぁ私の場合マリが全て壊しましたが』
リカは笑いながら言うが隼人は何とも複雑な感情だった。
マリはまだ死んでいない、リカの中にはまだ復讐心が溢れるほどに残っている筈だった。
『そう考えると隼人さんが居た日本って所は凄く平和なんですね』
「まぁそうだな、この世界と比べれば驚く程に平和だよ」
『この世界にも平和って訪れるんですかね』
「どうだろうな」
素直に訪れるとは言えなかった。
俺の目的は飽く迄もシャルティンを倒す事、それが終わればどうなるかは分からない。
この世界に留まるのか、それとも帰るのか……シャルティンを倒さない限り分からなかった。
「隼人様」
不意に背後から声を掛けられる、振り向くとそこにはマールが立っていた。
いつもの可愛らしい雰囲気の服装とは違い真っ黒に統一された服、何か違和感を感じた。
「どうしたマール?」
何も言わずに少しずつ近づいて来る、いつもと違う雰囲気故に少し不気味だった。
「隼人様のお散歩に同行しようかと思いまして」
そう言い笑顔を見せる、いつものマールの様だった。
「そうか、それにしても今日は雰囲気が違うんだな」
「はい!隼人様的にはどちらが好みですか?」
グッと顔を近づけて来る、いつも以上に積極的な気がした。
「いつものやつも可愛いけど今の服装も雰囲気が違って良いと思うな」
曖昧な答えにマールは少しだけ残念そうな表情を見せた。
女性の扱い方など知らない隼人にとっては最善の答え、と言ってもマールは性別的には男だが。
「隼人様、そんなのじゃ女の子から嫌われちゃいますよ」
少しむくれながら言う、嫌われると言われてもモテない人生を送っていた俺には女性の扱いはハードだった。
「そう言えばマールはどうしてそんな格好をしてるんだ?」
「単純ですよ、可愛い物が好きなだけです」
「そっか、マールは可愛いからな」
特に何も考えずに隼人は言った。
「隼人様はアルラ様の事をどう思ってますか?」
「アルラの事?」
唐突過ぎる質問に少し困る、アルラの事をただの仲間と思っている……そう答えると嘘になる。
アルラとは最近よく一緒にいる事も多い、とは言え正直こう言う感情は自分でも分からなかった。
彼女の事は可愛いと思う、だがその感情はシャリエルやマール達にも抱く……アルラが特別と言うわけでも無かった。
「大事な仲間だよ」
色々と思考した結果の答えだった。
「そうですか……そう言えば明日は戦争ですね」
一瞬だけ見せたマールの表情は深くなる夜のせいで見えなかった。
明日は戦争、マールの言葉で一気に現実へと引き戻された感覚だった。
「そうだな、出来ればマール達を巻き込みたくは無かったんだが……すまないな」
「大丈夫ですよ、私は隼人様の為なら戦争でも何でも平気ですから」
街頭に照らされるマールの表情には不安は一切無かった。
「マールは不安じゃないのか?」
「戦争ですか?初めてじゃ無いですからね」
「初めてじゃ無い?マールって何歳なんだ?」
思い返してみれば設定で彼女の年齢を見た事が無かった。
「女性に年齢を聞くのはデリカシー無いですよ隼人様」
「そうは言われてもな、見た目的に10代後半って所だし、それにしては戦争を経験してるなんて不思議だったからさ」
「年齢ですか……100を超えた辺りから数えるのは辞めましたね」
そう言い、いつもとは違う笑みを見せる、100を超える年齢に驚きを隠せない……今思えばマールの過去は良く知らなかった。
「言いたく無ければ良いんだが、マールが経験した戦争の事を聞かせて貰えないか?」
年齢の事も少し気になるが、今は少しでもマールの事を、戦争の事を知っておきたかった。
「そうですね……私はエルフィリアと言う国で生まれました」
エルフィリア、聞いた事もない……恐らくかなりの小国だった。
「エルフィリアの国は小国ながら三つの貴族が国を支配する事を目論んで年中戦争を続けてたんです」
マールの表情を見ながら聞くが何も変わっていなかった、怒りも悲しみもない。
「私はその中でシュトラルフ家に生まれました、シュトラルフ家は三家の中でも一番軍事力が低い貴族でした……まぁ色々とあったんですけどそれは端折りますね」
色々を聞きたい気もしたが彼女はあまり話したくないのだろう。
「簡単に言えば私兵も少なければ傭兵を雇うお金もあまり無い、そんな家で私は訓練されながら育ちました」
「生まれてからずっとか?」
「はい、初陣は14歳の頃、敵と味方合わせても1000人程度の戦いでしたがそれでも戦争、私はそこで初めて人を殺しました」
初めてマールの表情が歪んだ。
「その日殺した人数は54人、初陣にしては上出来という事でその日から私はずっと戦場に駆り出されました……解放されたのは70を超えた時、つまりはエルフィリアが崩壊した年ですね」
「帰る国は無いってことか」
「デリカシーの無い言い方ですねー、そうです……私の国は長年戦争をするだけして最後は滅びました、ほんとくだらない戦いでしたよ、国を求めて戦い、最後は何も残らない……それが私の知る戦争ですね」
「酷い物だな……」
「はい、私は戦場に慣れてしまってますが隼人様は初めて……強い覚悟を持って居た方が良いですよ」
「覚悟か……」
やはり人を殺すと言う事への覚悟だろう。
「はっきりとした正義の無い人殺しは辛いですからね……」
そう言いゆっくりと隼人の前に出て此方へと振り返った。
「巻き込んで悪いな」
「隼人様の為なら……ですよ」
そう言い笑みを見せる、マールの過去を少しだけ知れたのは良かった……だがまだ決定的な事を知らずに居た。
「なぁ、年齢の件はあまり聞かれたく無いか?」
その言葉に一瞬渋る表情を見せた。
「隼人様なら良いですよ……私、実は人間とエルフの間に生まれたハーフエルフなんですだから老いもしなければ寿命も他より長いんですよ」
「ハーフエルフか、なるほどなぁ」
正直そこまで驚きは無い、ハーフエルフならモンスターテイマーなのも頷けるしアルラもハーフ、それにここは異世界なのだから何でもありって訳だった。
「隼人様、手を握っても良いですか?」
「手?突然だな」
いきなりの言葉に少し戸惑う、だが頷くとマールは隼人の左側から右側へと移動した。
そしてマールは左手で隼人と手を繋ぐ、その行為にある事に気が付いた。
「右腕は繋がらなかったのか」
「リリィ様なら治せるって言ってたんですけど戒めの為ですよ」
「戒めか、マールも意外と頑固な所があるんだな」
「頑固……そうですね」
そう言いマールは無くなった右腕を触る、その表情は何故か少し嬉しそうだった。




