第223話 突然の宣告
足元をネズミが駆け抜ける、鼻がおかしくなりそうな程の悪臭に耐えながらマリス先導の元、下水道を進んで15分、まだ辿り着きそうな雰囲気は無かった。
「なぁマリス、いつ着くんだ?」
「分からない」
「結構歩いてるけどまだ掛かりそうなのか?」
正直この場にずっと居たら変な未知の病気に掛かりそうだった。
下水道へ入る前に見た川でも分かっていたが機械技術に特化した国だけあって工業廃水のせいで水質が酷かった。
横で流れている汚水に落下した時の事を考え一人でゾッとする、早く抜け出したかった。
「ちょっと厄介」
地面に映る足跡を見ながらマリスが呟く。
「何か問題でも?」
「多分気付かれてる」
地面に映る足跡は四つ、サイズと靴は同じ……一度来た場所を回っていた。
ただ何故気付かれたのか分からない、足跡を追って居た故に距離は充分離れて居た筈、気が付かれる要素が無かった。
戦闘をしに来た訳では無いがこんな所に拠点を構えている時点で怪しい事をしている筈だった。
隼人の方を見るが悪臭で顔をしかめているだけだった。
その時ふと、ランスロットの姿が隼人に重なった。
過去の記憶がフラッシュバックするかの様に、ただいつの記憶か分からない……ランスロットも隼人と同じ様に顔を顰めて居た、ただそれだけが蘇って来た。
何故今ランスロットの記憶が蘇ったのか分からない、まだ引きずって居るのかも知れなかった。
足跡はやがてとある扉の前で途切れる、ようやくアジトに辿り着いた様だった。
「こんな所に扉とか怪しさ満点だな」
「うん、でもトラップは無いと思う」
扉付近を赤外線などで安全確認する、この先に待望の超高級オイルがあると思うとテンションが上がった。
扉を開けようとノブを回すが鍵が掛かっている様だった。
「どうする?壊すか?」
脳筋な行動をしようとする隼人を制止すると鍵穴を覗く、単純な構造だった。
「任せて」
そう言い指からピッキング道具を出すと地道にピッキングを始めた。
かちゃかちゃと音を立てながらピッキングをするマリスを横に何とも言えない表情で隼人は見守る、足跡が見えるハイテク機能があると思えば鍵を開けるのはローテクなピッキング……マリスの作成者の技術力の使い所がいまいち謎だった。
「どうだ?」
「あと少し……」
いつに無く真剣な声色でそう告げる、5分ほど格闘してるが壊した方が早い気がした。
「あ……」
バキッと何かが折れる音と共にマリスの声が聞こえて来る、何が起きたかは何となく察しがついた。
「扉壊すか」
正直何の時間だったのか分からないがマリスが意外にポンコツだと言うことだけは分かった。
念の為扉の強度を触って確かめてみる、一般的な鉄の扉……厚さまでは分からなかった。
強化魔法を掛けて扉を破壊しようとする、だがドアのノブが回るのを見て隼人は寸前で拳を止めた。
「何やってんだあんたら?」
扉を開け、無精髭を生やし白衣を着た30代後半程度の見た目をした男が出て来る。
指からピッキング道具を出し落ち込んでいる少女と拳を構える青年を見て不思議そうに首を傾げた。
何をやって居るのか、そう問われても何と言って良いのか困る質問だった。
馬鹿正直にオイルを求めて来たと言っても怪しまれる、とは言え適当な嘘を繕っても綻びが出るしそもそも此処にいる時点で不審者だった。
上手い言い訳が思い付かなかった。
「見たところ俺を捕らえに来た訳じゃ無さそうだな」
隼人達の服装を見て判断したのか、男は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「私達はオイルを貰いに来たの」
「オイル?まて……状況が理解できない」
マリスの一言に男は困惑する、いきなりこんな場所に来客と言うだけでも不自然なのに訪れた理由がオイルと来たものだ、困惑するのも無理は無かった。
「取り敢えず中に入れ、ここだと臭い」
鼻をつまみながらそう言うと隼人達を中へと誘導する、誘導された部屋は様々な薬品や工具などが至る所に散乱して居た。
「それで、まずあんたら何者なんだ?」
何処から取り出して来たのか、物が崩れる音を立てながら椅子を二つ引っ張り出してくると適当な場所に置く、そして男はソファーに腰掛け尋ねた。
「俺達は……旅人ってところだな、とある目的の為に各地を旅してるんだ」
「旅人ねぇ、この下水道にはどうやって?」
その言葉に隼人はマリスの方を見る、その視線を察したのか、マリスは口を開いた。
「女の子の足跡を追って来た」
「足跡?」
マリスの言葉に首を傾げる、その説明では分かる訳が無かった。
「こいつこう見えて機械人形なんだ、その機能の一部を使って偶然出会った女の子を追ったらここに辿り着いたと言う訳」
「機械人形?」
男の表情は一瞬だけ曇りを見せるが直ぐに好奇の眼差しへと変わった。
「信じられないな……彼女は命令で喋っていたのか?」
「命令なんて受けなくても喋れる」
マリスの言葉に、より一層驚きを見せて居た。
「し、正直夢でも見て居る様な気分だ、此処まで高性能な機械人形は見た事がない……まさに神の領域だよ」
感動からなのか、言葉が所々詰まって居た。
「俺はアルブスだ」
そう言い手を差し出す、アルブス……その言葉に隼人は一瞬だけ表情が固くなりかける、だが平然を装うと握手を交わした。
「俺は隼人、こっちはマリスだ」
隼人の言葉にマリスも会釈をする、彼女の一挙一動に興味を示して居た。
「失礼な申し出なのだが、少し彼女を調べさせてもらっても良いか?」
「あー、どうだマリス?」
元々はメンテナンスも含めてこの国を訪れた、見たところ彼は技術者の様子、軽いメンテナンスくらいなら出来るかも知れなかった。
「別に良いよ」
意外にあっさりとマリスは承諾した。
アルブスはその言葉にガッツポーズをする、そして二人は部屋の奥へと消えて行った。
いかがわしくは無いのだが……複雑な気分だった。
だがそんな感情がどうでも良くなるほどに彼のアルブスと言う名に驚いて居た。
港町で出会った男から聞いたアスタを狙う盗賊団に機械技術を売ったと言う男……それがアルブス、その話しが本当だとすれば彼がこんな所にいるのも納得だった。
国から狙われて居る、そうだとすれば此処は絶好の隠れ家……ただ一つだけ気になることがあった。
盗賊団に技術を売ったのだとすれば何故匿って貰えないのか……それが疑問だった。
何か色々とありそうだが……あまり深入りはしない方が良さそうだった。
「あんた、さっき道で会った奴よね」
突然声が聞こえる、部屋を見回すがあまりに散らかりすぎて分からなかった。
「こっちよ」
声のする方向へ目線を向ける、だが視線の先にあるのは積み重ねられた本と書類の山だった。
「ん?誰も居ないぞ?」
「此処よ」
そう言い本の山が爆発する、中からは路地で会った女の子が座って居た。
「な、何でそんなところに居るんだ?」
「仮眠してたら博士が本を積み重ねてったのよ、よくある事よ」
そう言い立ち上がるとキッチンでお茶を入れ隼人の前に出す、一応客人として扱ってくれて居る様だった。
「で、博士は何処?」
「あぁ、博士なら奥でマリスのこと調べてるよ」
「マリスって誰?」
「路地で会った時に居た女の子だよ、君と良く似た髪色の」
「あっそ」
そう言い少女は再び定位置に戻る、何というか不思議な少女だった。
「名前はなんて言うんだ?」
「クロア」
自身の名だけを告げ口を閉ざす、あまり社交的な性格では無い様だった。
マリスがアルブスに連れて行かれて10分、クロアと二人きりは気まずかった。
俺に出来ることと言えばこの汚い部屋を見回すことくらい、はっきり言って暇だった。
「隼人、彼女は人智を超えた存在の様だ!」
20分程経った時、興奮したアルブスが部屋から飛び出して来る、後ろを歩くマリスはご満悦な表情でオイルを飲んでいた。
人智を超えた存在と言い飛び出て来たがこちとら冥王と出会って居る、その程度では驚かなかった。
「それで、何か発見でも?」
「何から言ったら良いのか……まずマリスは機械人形と言ったよな」
「まぁそうだな」
「隼人は機械人形が何なのか分かるか?」
「機械で造られた人形だろ?」
その言葉にアルブスは難しい表情を見せた。
「その通り、機械だけで造られた人形が機械人形と呼ばれる……だがマリスは違う」
その言葉に隼人は首を傾げた。
「マリスはそうだな……何と呼べば良いのか、人間の身体を素材に造られた存在なんだ」
「人間の身体を素材に?」
「そう、脳の記憶を司る部分に若干の損傷はあるが脳と心臓が人間の物と全く一緒なんだ、他の臓器は中心に埋め込まれたコアでカバーして居る見たいだが正直どうやって活動してるのか不思議な構造になってる……人間の理解し得る範疇を超えてるよ彼女は」
頭を抱え座り込む、先程までの興奮とは打って変わり、酷く困惑した様子だった。
「そう言えばマリスから聞いたのだがメンテナンスの件、俺には……いや、誰にも出来ないと思う」
「メンテナンスが出来ない?」
予想外の言葉に隼人は驚きを隠せなかった。
「さっきにも言った通りマリスは人間の心臓と脳を持っている、そしてそれを支えるのは胸に埋め込まれたコア、大気中の魔力を吸収して生命エネルギーへと変えて居るみたいなんだ」
「何が問題なんだ?」
「コアの劣化、それが問題なんだ、最近オイルを良く飲むんだろ?」
アルブスの言葉に頷く。
「恐らくコアの魔力吸収量が減ってあらゆる身体の機能が低下、それを補う為にオイルを飲んでいるんだと思う」
「てことはオイルを大量に持ち運ば無いと行けないのか?」
「いや……」
アルブスの表情は曇って居た。
視界の端には同じ髪色のクロアを物珍しそうに観察するマリスが映る。
「彼女は恐らく長く無い」
隼人にだけ聞こえるように小さく呟かれたその声に何の反応もできなかった。
マリスが長く無い……メンテナンスの為に訪れた国で告げられたその一言に隼人はただ呆然とするしか無かった。




