第165話 蘇りつつある記憶
「人質は一人で良いわよね」
「複数、邪魔」
声が聞こえる、まだ完全に眠りきっては居なかった。
「それじゃあ……この2人は殺しときましょ」
その声が聞こえた瞬間、シャリエルは立ち上がっていた。
「理解不能」
男がシャリエルに気付き刀を抜こうと手を掛ける、だがそれよりも早く刀の柄に足を乗せると男に刀を抜かせず顔面を蹴り飛ばした。
「蹴りが……浅い」
男を気絶させられなかった。
男は刀を抜くとシャリエルを睨む、だが直ぐに背を向けるともう1人の仲間が外に連れ出していたサレシュの喉元に刀を当てた。
「それ以上近づくな、殺すぞ!」
普通の喋り方になっている……だが今はそんな事どうでも言い。
「サレシュから離れろ」
「黙れ!近づけば殺すと言っている!」
シャリエルは男の言葉に従わず、ゆっくりと距離を詰める、殺す……その言葉に嫌な思い出がフラッシュバックする。
アーネストの死に顔……ライノルド、これ以上大切な人を目の前で失うのは耐え難かった。
「くそっ……俺は本気だ!!」
そう言い刀に込める力を強める、するとサレシュの首元から血が少し流れた。
「や、やめ……」
また仲間が死ぬ。
「やめて……」
私の大切な人が目の前からいなくなる……皆んな。
「やめてっ!!!」
サレシュ目掛けて手を伸ばす、だがシャリエルの手の平は当然届く筈もなく、空を掴んだ。
「俺を怒らせた罪だ!死ね!!」
男にサレシュを殺すメリットはゼロに等しかった。
殺せば人質を1人失いシャリエルの攻撃できないと言う枷が解かれる、もう1人の奴を盾にするのは恐らく間に合わない、だがそれを男は理解していた。
ならば何故そんな馬鹿げた事を実行に移したのか、それは単純に恨みをシャリエルの悲痛な表情で晴らそうと考えたからだった。
男は刀をズラし頸動脈を切り裂こうとする、だが腕の感覚が何故か無くなっていた。
次の瞬間、聞こえて来るカランッと何かが落ちる音、ふと視線を落とすと刀が落ちていた。
「俺の……刀?」
理解不能、この言葉に尽きる。
「なぁ……俺の仲間に何してんだよお前?」
背筋の凍る様な殺意が明確に分かるほどに込められた言葉が聞こえて来る、背後に誰かが居た。
確認しようにも向けばシャリエルに殺られる……八方塞がりの状況に男が打開策を考えようとしたその時、強制的に視界が後ろへと向いた。
「誰……」
見た事も無い黒髪の青年、言葉を発し切れずに男の意識は消えた。
「アルラ、女の方は片付けたか?」
「はい、恐らく異教集団の一味かと思われます」
頭だけになった男を捨てると家の中から同様に頭部のみなった女性を片手にアルラが出て来る、あまりにも一瞬の出来事にシャリエルはフリーズしていたが直ぐに我へと返った。
「貴方達……黒騎士退治に行ったんじゃ?」
「それはオーフェンに任せてな、少し気になったんで戻って来たんだよ」
そう言い照れ臭そうな笑いを浮かべながら刀を回収する隼人、何なのだろうか……モヤモヤとした物が増幅したような感覚をシャリエルは感じていた。
何なのだろうか……隼人とは初めて会った感じではない……そんな気がした。
「ねぇ、やっぱり私達って何処かで会ってない?」
再度質問を投げ掛ける、だが隼人は以前同様に首を振った。
何かを隠しているのか……だが隠しているとしたら何を……私の記憶に彼との思い出は無い、それ故に隠す物も無いはず……やはり私の思い過ごしなのだろうか。
「取り敢えず……助けてくれてありがとう」
「いいや、礼には及ばないさ」
そう言い隼人はアルラと共に再びその場を離れて行った。
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「隼人さん、彼女……思い出して来てますよ」
小屋から少し離れた盛りの中で難しい表情をする隼人にアルラは声を潜めて話し掛ける、その言葉に隼人は唸り声をあげるだけだった。
何度もうーんと唸りその場を歩き回る、何故記憶が蘇って来ているのか……不思議で仕方なかった。
「確かにアイツは記憶を改ざんすると言った筈なのだが……」
冥王と交わした契約……あの時、アルセリスの共有能力と引き換えにシャリエルの寿命を返してもらった……その時に大陸でアルセリスと関わった全ての人の記憶を消すと冥王は言った……その通りに皆記憶は消え、暗黒神を倒した英雄はシャリエルと言う事になった……冥王は思い出す事は無いと言った筈なのだがシャリエルは何度も自分との関係性を聞いてくる……どう考えても思い出しているとしか考えられなかった。
「かなり不味いな」
シャリエルの記憶を消した理由は1つ、恐らく彼女は俺と一緒にウルスを倒す旅に来ると言う、だがアルセリスの共有能力を失った自分では彼女を守る事は出来ない……ユーリやアルラ達は自身の身は自分で守れる位には強い、だがシャリエルの強さは筋力では無く頭脳にある……この大陸に居るウルスの前では彼女の頭脳も通用しない、恐らく連れて行けば確実に死ぬ……だから記憶を消し関係性を断ったと言うのに……
「なんでアイツは俺の前に現れんだよ……」
仲間を失う姿はもう見たくないと言うのに……
「とにかく、どうにかして帰す事を考えよう……リカの様にはしたくない」
「そう……ですね」
隼人の言葉にアルラは暗い表情で頷いた。