第162話 許す力
「シャリエル、俺が憎いか?」
14.5歳頃のシャリエルにライノルドは問い掛ける。
木剣を片手に擦り傷だらけのシャリエル、稽古で1度も攻撃を当てられない現状に苛立っていた彼女はその言葉に頷いた。
「ははっ!そうか、だが人は恨むなよ、恨んだ所で何も生まない……残るのは罪悪感と虚無感だけだから」
そう言いライノルドはシャリエルの頭を撫でた。
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何故、あの頃の記憶が今蘇るのか……握り締めた拳は行き場を失った。
「憎しみは……何も生まない!」
叫ぶ様にシャリエルは言うとやり場のなくなった拳を地面に叩きつけた、ライノルドは恐らく彼らを殺す事を望んで居ない……それに、サレシュの事を助けてくれたルナリアも殺したくは無かった。
血だらけになった拳を地面から引き抜くと睨む様にレヴィウスを見る、ライノルドの死を此処は有効に使うしか無かった。
ライノルドもそれを望んでいるはず。
「私達が敵でないことはライノルドの死をもって分かったはずよ……もう止めましょう」
涙混じりの声にレヴィウスは頷いた。
「あぁ……そうだな」
レヴィウスは剣を捨てる、こうして無意味な戦いは終結した。
セルナルド国は26人の優秀な兵士と1人の偉大な騎士団長を失うと言うあまりにも大き過ぎる痛手を受けた。
そして、戦いが終結してから一夜を跨ぎ、再び訪れた夜に食事会が開かれた。
食事会……と言ってもそこに賑やかさは無い。
失った者への追悼の意を込めて会場には重苦しい空気が流れていた。
一応ドレスコードに着替えたシャリエルもあまりの空気に会場を抜け出し、バルコニーから屋根に飛び上がると星空を眺めた。
「ライノルド……あんたって平和を望んでたわよね」
強気心と他者をも圧倒する力を併せ持った優しき騎士団長……皆に愛され、彼と言う人間を超える騎士団長は恐らくもう出てこないだろう。
彼はセルナルド王国最高の騎士だ。
私の慣れない黒のドレスコードに恐らく彼は似合わないと良いながら大爆笑するだろう……この姿、彼に見せたかった。
また……守れなかった。
だが、アーネストの時程悲しんでいる訳でも無かった。
ライノルドに教えて貰った、失った物を悲しむ事は大切だが重要なのは今ある物を守る事、守れるだけの力を付けることだと。
「シャリエル居るか?」
ふとバルコニーで私を呼ぶ声がする、下を見るとレヴィウスが私の事を探している様子だった。
「私は此処よ」
そう言いレヴィウスの前に下りる、彼は申し訳なさそうな表情をしていた。
「私に何か用?」
少し冷たい返事を彼に浴びせる、行動に移さないだけで彼の事は恨んでいる……それが態度に出るのも無理は無かった。
「あぁ……まず、あの事は本当に申し訳ない」
そう言い深々と頭を下げる、だがもう起きた事を掘り返しても仕方は無い。
「別に良いわよ、それでなんの用?」
今は1人になりたかった。
「あぁ、悪い手短にすませる」
シャリエルの気持を察したようにレヴィウスは言った。
「お前達はこの大陸に調査を名目で来たと言っていたな」
その言葉に頷く、正直彼らを失って無成果では帰れなかった。
「それなら一つ忠告する、俺達の国を半壊させた魔術師の仲間である黒い騎士には気を付けろ」
その言葉を残しレヴィウスはその場を去る、仲間の黒い騎士……何故だろうか、黒い騎士と言う言葉が妙に引っかかっていた。
とは言え、黒い騎士は大量に居る……そりゃ聞いた事もあるかも知れない……だが、私にとって黒い騎士は大切な、重要な何かの様な気がした。
ふらりとアイリスが良いタイミングで現れる、綺麗なドレスコードで普段の彼女からは想像もできない服装、だが顔は相変わらずボケっとしていた。
「ねぇアイリス、黒い騎士に覚えない?」
「黒い騎士……私は無い」
少し考えた様な表情を浮かべるもそう答える、やはり私の思い過ごしなのだろうか。
モヤモヤが心の中に残ったままバルコニーの手すりに肘を乗せる、するとアイリスに続きサレシュまで中から出て来た。
だがその表情は暗かった。
「この国の事……聞きましたか?」
「この国?別に興味無いから聞いてないけど」
その言葉は本心だった。
「私は無信仰の事も兼ねて少しお尋ねしたんですが……酷いものですよ、この国、神によって壊された様です」
「神によって壊された……ねぇ」
恐らく魔術師が来る前の話なのだろうが正直神と言っても種類は色々居る、暗黒神も一応神の部類なのだから。
「まぁ……人を救う神も居れば見捨てる神も居るって訳でしょ……『サレシュ』がそれで神に失望して信仰を止める必要は無いわよ」
「そう……ですよね」
少し彼女の表情が明るくなった様な気がした。
やがて夜は更け、シャリエル達は港とは逆方向の草原へ続く門に居た。
「これからどうする?」
「私はシャリエルに着いてくだけ」
「アイリスさんに同意見です」
シャリエルの言葉に他人任せな答えを返す2人、1番困る答えなのだが……まぁ良いか。
「それじゃあ……宛もなく、異大陸をふらつきましょうか」
そう言い門を潜ろうとする、だがシャリエル達を引き止める声が聞こえて来た。
「少し待って!」
声に後ろを振り向く、そこにはルナリアが居た。
「ルナリアさん……どうされましたか?」
「最後に伝えたい事があって……ライノルド達の事はちゃんと送り届ける、後……黒い騎士には気を付けろよ」
また黒い騎士……少しシャリエルは興味が湧いていた。
「はい、ご忠告ありがとうございます、それと……ライノルドさん達は任せました」
「別れはもういいかしら?」
シャリエルの言葉に頷く、そしてルナリアに背を向けると広い草原を歩み始めた。