第157話 思わぬ収穫
「大体頭に叩き込んだか?」
リビングの机に置かれた地図をジッと眺めルナリアの声を聞き流す、東西南北のそれぞれから城へと一直線に延びる四本の大通り、地形的には迷わずに進めそうなのだがその反面見つかり易くもある……裏通りにある工場地帯へ入ろうにも地図に詳しく道が載って居ない……リスクを負ってでも時間短縮をするかリスクを減らし時間を掛けるか……悩ましかった。
魔力は有限、魔紙もシャリエルから貰った2.3枚程度……本当ならばリスクを減らしたい所なのだが、捕まったシャリエル達が処刑される可能性もある、もしそうならばタイムリミットも少ない筈……背に腹は変えられない。
「はい、叩き込みました……それとお聞きしたい事があるんですが」
「どうした?」
「ルナリアさんは何故私に協力を?」
最初は眠らされて危険な人かと思ったが事情を話せば快く協力してくれて料理も振る舞ってくれた……彼女には何のメリットも無い行為、生粋の善人なのか裏があるのか……正直こんな状況で簡単に人を信じるのは無理があった。
サレシュの言葉を受けルナリアは笑った。
「まぁ、困ってる人が居たら助けたくなる性格なんだ、気にすんな」
そう言い地図を丸めソファーに投げると先程までサレシュが寝ていた自室へと戻る、怪しさは正直拭いきれない、だが彼女の協力無しではシャリエル達を助けられない。
人を信じる……本当に難しい事だ。
「なぁサレシュ、聞いても良いか?」
自室から顔だけを出しルナリアは尋ねる。
「どうしましたか?」
「サレシュは仲間を捕まえた国王達を恨んでるか?」
予想していなかった質問に少し間が空く、恨んでいない……そう言ってしまえば嘘になる。
シャリエル達は捕らえられ、一緒に来た兵士達の行方も分からない……もしかしたら殺されたのかも知れない、そんな事を許した国のトップ、国王は恨まれて当然だ。
だが……
「恨みませんよ、彼らなりにもそうせざる負えなかった理由がある筈ですから」
シャリエル達もまだ死んだわけでは無い、今は恨む感情すら邪魔だった。
「そうか……直ぐ準備するから待っててくれ!」
サレシュの言葉を聞いたルナリアは何処か……少し嬉し気だった。
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時間が少し経ち、日が暮れたアイルツェラト国の街にフードを被りバレないよう溶け込む、19時を少し過ぎた辺りにも関わらず街の賑わいは衰えを知らない、ちらほらと見える兵士達……警備が少し強化されている様だった。
「本当について来て良かったのですか?」
隣を歩くルナリアに尋ねる、わざわざ危険を冒してまで一緒に助けに行く理由が分からなかった。
「俺も城に少し用があるんでな」
「城に用ですか」
利害は一致している、だが国から離れて暮らしていた彼女の怪しさが拭えなかった。
何故あんな辺境の地に一人で居たのか……前から来る人を避けつつサレシュは疑念を抱く、聞くべきか否か……そんな事を悩んでいたその時、前を歩いていたルナリアが足を止めた。
「急に止まってどうされましたか?」
危うく当たりかける、サレシュの言葉に返答は無い、ふと顔を上げると見覚えのある少年が立っていた。
「来ると思ってたよ」
ルブールを見るや否や街の人々は姿を消す、15.6歳の風貌ながら凄まじい威圧感だった。
「ルブールさん……仲間達を返して貰いますよ」
「仲間?兵士達の方なら僕が殺したよ?」
そう言い兵士達の首に掛けられていたタグを雑に放り投げる、タグに付いた生々しい血液……怒りが込み上げて来た。
だが……グッと押し殺した。
「何故……殺したのですか?」
リルダスさん、クラーソンさん、アルダさん……落ちたタグを拾い上げて行く……それぞれに大切な人が居た、それぞれに家族が居た……彼らの悩みを聞いた事もあった。
「虫を殺すのに理由なんて要るか?」
そう言い嘲笑うかの様な笑い声を上げる、彼の言う事はよく分かった。
「ルナリアさん……申し訳ないですが彼らを恨まないと言う言葉……嘘になりそうです」
モーニングスターを地面に叩きつけるとルブールを睨み付ける、聖職者と言えど仲間が殺されて黙っている程馬鹿では無い……我慢など出来なかった。
「ルナリアさん、先に城へ」
「お、おう……」
怒りの篭った言葉にルナリアは素直に従った。
「一人で良いのかな?」
煽る様にルブールは言う。
「大丈夫です……それよりも、死なない様に神様へ祈る事ですね」
そう言うとサレシュはゆっくりとモーニングスターを持ち上げた。
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「生きているか?」
聞こえて来る声に目を覚ます、暗闇の中だとどれ程の時間が経過しているのか全く分からなかった。
「何か用?」
「お仲間の現状報告だよ」
その言葉にシャリエルの目は完全に覚めた。
「続けて」
「ルブールが今お前の所の聖職者とやり合っている、正直勝機は薄いがな」
扉越しに聞き覚えのない声の男が話す、ルブールと言えばあの少年……確かにあの子は強い、だが。
「サレシュなら心配無いわよ」
「随分と信頼が厚いんだな」
シャリエルの言葉を聞き男は意外そうな反応をしていた。
「当たり前よ、グレーウルフのメンバーは数年の付き合いでも絆は深い……家族の様な存在だから」
「家族か……良いな、そう言う関係は」
男から出た予想外の言葉にシャリエルは驚きを隠せなかった。
最初に来た男とは少し違う雰囲気……彼からなら何か聞き出せそうだった。
「ねぇ、この国に何があったの?」
シャリエルが言葉を発すると静寂が訪れる、微かに聞こえる呼吸音、確かに扉の向こう側に男はまだ居る様だった。
「一年半前、とある男がこの国を一人で半壊させた……俺が言えるのはそれだけだ」
「とある男?」
「あの時からこの国はおかしくなった……昔はお前らみたいに信頼しあってたのにな」
悲しげな声……少しだけ彼に同情した。
「信頼しあってたなら……また戻れる筈よ、正直私には貴方達が経験した辛さは分からない……でもまた貴方から皆んなを信頼すればきっと戻れる、仲間ってそんな物でしょ?」
「そうだな……」
男の声は少し明るくなった様な気がした。
「俺からお前らの事を掛け合ってみる、サレシュ……アイツも俺の事を殺せたのに殺さなかった、俺にはお前らの事が敵には見えない」
その言葉を残し男はその場から立ち去って行く、まさか思わぬところで味方が出来るとは……予想外の収穫だった。
だが彼が掛け合った所で覆らない可能性もある……それにサレシュ、ルブールと戦闘中と言うのが心配だった。
「サレシュ、あまりやり過ぎ無いでよね……」
ただ、シャリエルの声が狭い独房の中で響き渡った。