第151話 平穏な日々
「これで終わりかしら?」
アンデットの頭部を拳で潰し血を払うと辺りを見回す、掛かって居た霧が徐々に晴れる、墓地には大量のアンデットが横たわって居た。
だがその全てが頭部を潰され処分済み、他は居なさそうだった。
グッと伸びをすると深く被って居たフードを少女は外した。
「やっぱ暑いわねー」
首元までの女性にしては短い髪の毛を整えながらコートを脱ぐと辺りを見回す、すると遠くから二人の少女が此方へ駆け寄って来た。
「シャリエルー、こっちは終わりましよー!」
お淑やかな声で手を振るシスター、だがその時、彼女の足元に居たアンデッドが突然起き上がった。
「あぶなっ……」
シャリエルが叫ぼうとしたその瞬間、片手に持って居たモーニングスターで頭部を叩き潰す、相変わらずサレシュは馬鹿力だった。
「シャリエル、体調はどう?」
ヌッと背後から現れたアイリスにビクッと体が反応した。
「脅かすんじゃ無いわよ!ってかいつまで体調心配してんのよ」
心配そうなアイリスにデコンピンをかます。
すると彼女は『イテッ』と小さく呟き、若干赤くなった額を抑えた。
アーネストの死から1年、漸くグレーウルフにも元気が戻ってきた。
勿論彼女の居なくなった穴は埋められない……だが少なくとも立ち直ることは出来た。
それに暗黒神討伐の報酬としてそれぞれの冒険者ランクがアップ、オーフェン以来となるアダマスト級冒険者へとシャリエルは昇格した。
地位も名誉も手に入れた……だが何故なのか、大切な何かを忘れているような気がした。
心にぽっかりと穴が空いたような感覚……ずっとアーネストの事かと思っていたが一年経った今、恐らく違う事は分かっていた。
だがそれが誰なのか分からない……思い出せなかった。
「シャリエルさん、難しい顔してないで笑顔、笑顔」
少し離れた位置から合流したサレシュが無理やりシャリエルを笑わせようと口角を上げる、馬鹿力の所為で若干痛かった。
「ひょっと、ひいひゃいわよ」
「サレシュ、痛いらしいよ」
シャリエルの言葉に疑問符を浮かべていたサレシュに何故か通じていたアイリスが翻訳する、いつまで悩んでいても仕方無さそうだった。
「とっとと帰って打ち上げでもするわよ」
サレシュの手を剥がすと転移の魔紙を使いセルナルドのギルドへと転移した。
瞬きをする内に光景が変わり賑やかなギルドが映る、相変わらず酒乱ばかりだった。
「二人とも先に飲んでて、私は依頼達成の報告して来るから」
「「はーい」」
ハモりながら返事する二人をよそにシャリエルはポケットから紙を取り出し受付へと向かう、すると受付の前に珍しい顔が見えた。
「あれ、オーゲスト?」
背丈ほどの大剣を背負ったゴツい黒髪の剣士、見覚えのある顔でこの条件が合う知人と言えば彼くらいしか知らなかった。
シャリエルの声に青年は此方を振り返る、するとパッと明るい笑顔になった。
「おおー!シャリエルか!」
ハグをしようとすると彼を軽く躱す。
「ライノルドに用があるの?」
「まぁそんなとこだな……」
ハグを躱された事に少し落ち込んだ様子のオーゲスト、しかしオーリエス帝国付近の集落に住む彼がセルナルドに来るなんてかなり珍しかった。
「何か問題ごとでもあった?」
「まぁ……それ程大きい問題でも無いし大丈夫」
「そう……それなら良いけど」
受付嬢に何かを渡すとオーゲストは王宮方面へと人混みの中に姿を消す、暗黒神の一件以降セルナルドは危機的な兵士の人員不足に悩まされていた。
あの戦いで死んだ兵士は約10万人、それ程大きく無いこの国にとっては痛い損失だった。
何とかライノルドや私達グレーウルフの存在で戦争を仕掛けてくる国は無いがそれも時間の問題かも知れなかった。
「何も起こらないと良いけど……」
ボソッと呟きながらも本来の目的を思い出し受付嬢に依頼書を提出した。
「えーっとこちらは……アンデット100体の討伐ですね、一応規則ですので明日現場を確認して以降の支払いになりますけど宜しいですか?」
「ええ、良いわよ」
シャリエルの返事を聞くと受付嬢は依頼書にサインを書く、ふとカウンターの向こう側を覗き込むとオーゲストが渡したと見られるメモが見えた。
『優秀な冒険者リスト』
それだけが書かれていた。
優秀な冒険者リスト……何故オーゲストはそんな物を求めているのか、ライノルドに呼び出された事と関係が?
そう言えば最近ライノルドが私を避けるようになっていた、理由はよく分からないにしろ、少しショックだった……だがこれは何か色々とありそうだった。
「おらーっ!酒もっと持ってこい!!」
「ひっ……サレシュ大きい声出さないでよ……」
酒の所為で酔っ払い気が大きくなったサレシュと涙脆くなったアイリスが視界に入る、今の彼女達はそっとしておいた方が良さそうだった。
酔っ払い達をギルドに置き小走りで城へと向かう、優秀な冒険者を集めるという事は余程な事が起きているに違いない……だが何故グレーウルフに声を掛けないのか、それが不思議だった。
連携に加えて個人的な強さも大陸トップ……呼ばない意味が分からなかった。
城門に着くといつも通り無言で通り抜けようとする、だが何故か兵士がシャリエルの入城を拒んだ。
「すみませんシャリエル様、今は取り込み中です」
「取り込み中?私も入れないって何してるのよ?」
「それは守秘義務があるので……」
そう言い口をつぐむ兵士、これはますます怪しかった。
「そう、それじゃまた明日来るわね」
兵士に背を向け大人しく帰る、兵士は申し訳無さそうに頭を下げていた。
別に謝らなくても良い、私の入城手段は何も一つじゃ無い。
シャリエルは足に雷を纏うと地面を蹴り砕き空高く舞う、そして城よりも高く飛び上がると城のバルコニー目掛けて滑空した。
そしてバルコニーに着地する寸前で風魔法の魔紙を発動し勢いを殺す、無音で潜入完了だった。
まぁ、アダマストにもなるとこの程度お茶の子さいさいと言ったところだろうか。
一人でふふんっとドヤ顔をして見せる、だが中から聞こえて来る会話にシャリエルはカーテン越しの扉に耳を当て、聞き耳を立てた。
『グレーウルフは招集しなくて良いのか?』
『何度も言ってるだろオーゲスト、シャリエルは行かせられない』
オーゲストと恐らくライノルドの会話が聞こえる。
「こんな任務」
恐らく声色から判断するに生きて帰れるか分からない、誰かは必ず死ぬであろう過酷な任務の様だった。
だがそんな強敵なら尚更グレーウルフを連れて行かないのは理解不能……
暗黒神の一件以降、私は格段に強くなった、1番の理由は最大魔力の上限が上がった事……それにアイリスも身体能力が飛躍的に向上、サレシュも回復魔法を更に会得……まだライノルドは実力を認めて居ないのだろうか。
私だって暗黒神を倒した、この拳で……
ふと自分の拳を見つめる、どうやって暗黒神を倒したのか……思い出せなかった。
おかしい、確かに私は暗黒神と戦った、雷神を憑依させてまで……
記憶の断片に映る黒い騎士……彼は誰なのか、思い出せなかった。
「シャリエルさんでしたっけ、何をしてるんですか?」
「うるさいわね、静かに……って、え!?」
背後からの声に思わず大きな声を出す、いつの間に現れたのか……と言うかどうやってかなりの高さにあるバルコニーに外側から来たのか、赤髪の似合わないオールバックの男が立って居た。
見た事ある様な顔……だが思い出せなかった。
「誰か居るのか?」
赤髪の男に気を取られカーテンが開くのに気付くのが遅れる、逃げようとするが行動に移そうとした頃にはライノルドと目が合って居た。
「あ、はは……」
苦い表情するライノルドに苦笑いを浮かべる、久し振りの説教が来そうだった。
だが予想とは反し、ライノルドは仕方無さそうにため息を吐くとバルコニーの扉を開けた。
「入っていいぞ」
そう言い背を向ける、少し……と言うか、かなり入りづらかった。
だが机に広げられた見慣れない地図に興味を惹かれた。
「この地図は?」
見慣れない地形……アダマスト大陸では無さそうだった。
「フィルディア大陸の地図だ……と言ってもお前は知らないか」
フィルディア大陸……知らないはずなのだが、初めて聞く様な感じはしなかった。
「以前は謎の結界で行く事が出来なかったんだが3ヶ月ほど前、急に消えてな、どうせなら三ヶ国協力して調査しようって話しになったんだよ」
難しい顔をして居たシャリエルに説明をする、調査とは言っているが恐らく他の事も隠して居そうだった。
「へー、それ私も参加して良いよね?」
シャリエルの言葉に苦い表情を再び浮かべる、何故そこまで連れて行きたがらないのか理解出来なかった。
だが意思は固い様子……こうなれば直接証明するしか無さそうだった。
「ライノルド、久し振りに手合わせしない?」
「手合わせ?」
「そう、それに勝ったら連れてって、その代わりに負けたらもう文句は言わない」
真剣な表情のシャリエルにライノルドは呆れながらも頷いた。
「お前はほんと……変わんねぇな」
「まぁね」
そう言うと手っ取り早く魔紙で演習場へと二人は移動した。