第142話 死霊術師
ネクロマンサー、それなりに生きてきたつもりだがその名を現実で聞いたのは初めてだった。
死霊術を使いアンデット種やスケルトン種を操る古の職種と私の頭には記憶されている……最後に使っていた人物は死霊術を追求し過ぎて禁忌に足を踏み入れ、死んだと聞いた……今回の敵がそいつなのかは知らないが死霊術に関する情報が少な過ぎて戦い方がイマイチ分からなかった。
「……貴女でしたか」
四階の演習場の様な拓けた場所に出るとその中央でネクロマンサーがふわふわと座りながら浮いていた。
「律儀に待って貰って悪いな」
「貴女を待っていた訳じゃないのですが……まぁいいでしょう」
予定と少し違ったのかネクロマンサーはフードの上から頭を掻く、仮面を付けている故にどんな表情かは分からない……攻撃手段も未知数故に少し気を付け無いと行けなかった。
「それじゃあ……始めっか」
「何処からでも」
ネクロマンサーは両手を広げ異空間を創り出すとそこから続々とアンデット種達が現れる、だが皆鎧や剣を持ち、兵士の様な風貌だった。
一先ず近付いてきたスケルトンを蹴とばそうとする、だが盾でガードされると少しヨロけた。
「んだよ、ちゃんと武器使うのかよ」
「私が操ってますからね、ある程度の知能もありますし、それに……」
そう言いネクロマンサーが手を掲げるとその瞬間、後方に居たスケルトンから火炎魔法が飛んできた。
「マジか!?」
間一髪、前髪を掠めるも飛び込んで避けるとすぐ様立ち上がる、魔法を使うアンデット種と言えばリッチしか居ない……死霊術師がリッチを使うなんて可笑しな話だった。
だがそれ程に彼が高位な死霊術師なのだろう……そろそろ本気で行かないとヤバそうだった。
辺りを囲むアンデット種達、逃げ道は無い……ミリィは剣を仕舞うとそっと目を閉じた。
「勝負を諦めたのですか?」
「ちげーよ……寧ろ逆だ」
そう言い捨てるとミリィはゆっくりと目を開く、額にはツノ、そして目は赤黒く染まっていた。
「本気を出すんだよ」
見た目が変化したミリィに仮面越しでも分かる程に困惑を見せるネクロマンサー、そりゃ困惑するのも無理はない、この世界で鬼神化を使えるのは私とアルラくらい……と言っても私のはまだまだなのだが……それでもネクロマンサーを倒すには十分だった。
「行くぞ」
そう言い捨てるとミリィはその場から消える、突如として消えたミリィにアンデット達は戸惑い始めた。
「人間が消えるなどあり得ない!何処かに居るはずだ!」
ネクロマンサーは少し焦りながらもアンデット達に指示を出す、この焦り様から見て彼自身は恐らく弱い筈だった。
ゆっくり物音を立てない様に這うミリィ、ネクロマンサーは全く気が付いて居なかった。
獲物を狙うかの様にミリィは天井に手の爪を食い込ませ眺める、そしてゆっくり剣を口にくわえるとグッと足に力を込めた。
「気が付いた頃にはもう手遅れだ」
「な……んだと?」
ミリィの声が聞こえた頃には既に天井を蹴り飛ばし目の前まで迫って居た。
剣がネクロマンサーへと迫る、そして首元に当たる……そう思ったが剣は空を切った。
そのまま宙に浮いて居たミリィの体はアンデット達に突っ込んで行く、その様にネクロマンサーは笑い声をあげた。
「間抜けだな!死霊術師に限らず後衛を得意とする者が前線で戦う訳が無いだろ!!お前ら、やってしまえ!!」
そう言いネクロマンサーはアンデット達に強化を掛けると倒れ込んでいたミリィに襲い掛からせた。
「馬鹿が、私に傷を付けるなど100年早い」
ネクロマンサーは繋いでいた映像を消すと城のてっぺんで笑い声をあげる、流石にあのアンデットを切り抜けるのは不可能……まずは一人だった。
「さてと、次は英雄様でも殺そうか……」
そう言い屋上から一階へとふわふわと降りて行く、だが妙な感覚にネクロマンサーは停止した。
おかしい。
ミリィとやらの小娘を襲わせたアンデット達が次々とやられている……それも物凄い速さで。
確かにあの小娘は体勢を崩して地面に衝突した筈、間髪入れずに私も攻撃の手を差し向けた……回避する術などない筈だった。
「見に行くしか無いか」
適当な窓から中に入ると1階層上へと上がっていく、そして演習場の扉を開けると中には悲惨な光景が広がって居た。
血溜まりがいくつも出来た地面、バラバラにされたアンデット達、そして真ん中で立ち尽くすミリィ……だがツノが先程よりも成長して居た。
「お前……何者だ?」
「やっと本体か」
ネクロマンサーの姿を視認するやその場から姿を消すミリィ、完全に想定外だった。
気が付けば目の前にいる、ガードが間に合わないと分かるや否や、ネクロマンサーは召喚術を唱えた。
ミリィの拳が顔面を捉える、仮面はヒビ割れ何かが折れる音と共にネクロマンサーは吹き飛んだ。
「アンデットオーガ、やれ!!」
大きな魔法陣から二体のアンデットオーガが姿を現わす、私が使えるアンデット種の中でも最高位のモンスター……倒せる訳は無かった。
だが……次の瞬間、召喚した一体のアンデットオーガが地に伏せた。
何をしたのかすら分からないまま光になって消える……その瞬間逃げなければ不味いと悟った。
「くそっ……オーガ!撤退まで時間を稼げ!!」
壁に向かって暗黒魔法を放つと出来た穴から逃げようと試みる、だが既にミリィは穴を塞ぐ様に立って居た。
先程とは段違いの強さ……彼女に何があったのか、こんな短時間に此処まで強くなるのは想定外なんてレベルじゃ無かった。
カルザナルド様から鬼神化と言う自己を格段に強化する技を使う者がいると聞いて居た……それが彼女だとするのなら、逃げるのは少し考え直さないと行けないかも知れない。
「ノーリスクノーリターン、リスクを負わねば進歩はない……」
杖をつき魔法陣を出すと盾となるアンデット達を次々と召喚する、案の定アンデット達は瞬殺されるが時間稼ぎにはなった。
「雑兵を出し続けてもアンタが疲弊するだけだ」
余裕の表情で言い放つ、確かにそうだが……こっちにも作戦がある。
押し寄せるアンデット達を薙ぎ倒す、だが徐々にアンデット達はミリィの動きを学び、予測して剣術まで学んでいた。
「効率が悪いな……」
少しずつだが鬼神化のパワーも落ち始めている、慣れない二段階目は正直持続時間も短い、徐々に攻撃を防がれ始めて居た。
スケルトンを蹴り飛ばし、光属性が付与された剣でアンデットの首を跳ねる、そしてまたスケルトンに蹴りを入れようとしたその時、背後からミリィの胸辺りを剣が貫いた。
すぐ様剣をへし折ろうとするが剣は直ぐに胸から抜かれる、少し妙だった。
直ぐ様背後を確認するがそこに居るのはただのスケルトン、ネクロマンサーの位置を確認するが相変わらず浮いて居た。
私が再生する事を知らない……そうなら良いのだが。
「このままやっても拉致があかないな……カルザナルド様も撤退した様ですし、ここは一旦引かせてもらいますよ」
突然周りのアンデット達は姿を消す、その間にネクロマンサーは城外へと逃げて居た。
既にゲートを開いている、追い掛けようにも手遅れだった。
「君のお陰で私の研究は大きく進歩するだろう……一つ、良い事を教えておいてあげよう」
「良い事?」
ネクロマンサーはそう言うとペンダントをミリィ目掛け投げ付けた。
「私達の居る場所だ、それと私はラクサール、名だけで覚えてくれ」
その言葉を残しラクサールと名乗った死霊術師は姿を消した。
投げつけられたペンダントには三つの剣に蛇が巻きついた紋様が彫られている……見た事の無い、記憶に無い国だった。
「くそっ……頭がいてぇ」
鬼神化の影響で頭痛がする、身体に力も入らない……やはり二段階目を使いこなすには時間が掛かりそうだった。
少し休もうと地面に腰を下ろす、下の階層から誰か上がってくる音が聞こえた。
戦う力は残って居ない……仲間だと助かるのだが。
「ミリィ、無事か?」
「なんとかね」
オーフェンの声、少し安心した。
ヨロヨロと剣を杖代わりにしてミリィの元へ近づくとゆっくり腰を下ろす、オーフェンもボロボロだった。
「そのペンダントどうしたんだ?」
ミリィが開いたり閉じたりを繰り返すペンダントに気がつく、すると紋章をジッと見ていた。
「ナハブの紋章……何でそんなものを?」
ミリィに尋ねるオーフェン、その表情は険しかった。
「ラクサールって奴から渡された、糞面倒くさい死霊術師のね」
「ラクサール、死霊術師……」
聞いた事のある名……だがナハブは50年以上も前に滅びている筈、ラクサールも同様に。
死んだ……本当にそうなのだろうか。
ラクサールは禁忌に触れた所為で命を落としたと聞いているが何の禁忌に触れたのか知る者は居ない、もし……蘇生術の禁忌に触れていたのだとすれば……何かが繋がりそうだった。
「お疲れの所悪いがアルセリスを探すぞミリィ!」
突然何かに気付いたかの様にミリィを担ぎ走り出すオーフェン、何に気が付いたのか全く分からなかった。
だが……自分で歩かないで良いのは楽で良かった。