第139話 仲間
バチンッと言う音と共にアーネストの頬に鈍い痛みが走る、その衝撃に目を開くとシャリエルがこちらを覗いて居た。
「やっと起きたわね……これで一件落着かしら」
アーネストが目を覚ました事を確認するとため息を吐きその場に倒れこむ、焼け落ちたグラード邸に荒れ果てた庭は戦いの熾烈さを物語って居た。
「目を覚ましたって事は……もう俺の事も恨んでないよな?」
此方へと近づく足音と共にフィルの声が聞こえる、声のする方向に首を向けると其処には片腕を失ったフィルが立って居た。
「その腕って……」
私が魔剣に身を委ねたばっかりに彼の腕は……
罪悪感にアーネストは眉を落とした。
「あー、戦闘で失った訳じゃ無いぞ、魔剣を封印する為に払った聖属性魔法の対価だ、いずれ封印はするつもりだった……お前の所為じゃない」
罪悪感に見舞われるアーネストをフォローする様にフィルはそう言う、だが魔剣の力を解放したのは私……父と母を殺す為に力を使わなければ魔剣は今も眠ったままだった筈……彼がどう言おうと私の所為だった。
「本当に……ごめんなさい」
謝罪をして許してもらえるとは思って居ない……寧ろ謝罪をする事すら許されない事を私はした。
だがフィルから帰って来た言葉は意外なものだった。
「うっせーよ、いつまでも引きずってんな!俺は兄の意志を継いだだけ……それが分かったら其処のチビにも礼言っとけよ!」
面倒くさそうにそう言い捨てると残った手で無理矢理アーネストの顔をシャリエルの方へと向ける、彼女はチビと言う言葉に怪訝な表情を浮かべていた。
フィルの腕に気を取られ全く気が付かなかったがシャリエルも至る所から血を流し綺麗だった白のコートは血と土埃で汚れ、彼女の体はボロボロだった。
「シャリエル……」
少し気まずかった、私自身が記憶を塗り替え、復讐に囚われて居たとは言え私は彼女よりも魔剣を信じて居た……恐らくその事を彼女気付いている筈だった。
「ごめん……」
押し寄せる様々な罪悪感にアーネストは視線を下に向ける、彼女には感謝してもしきれない……私が裏切ったにも関わらず助けてくれたのだから。
アーネストの謝罪にシャリエルは顔をしかめる、やはり許される筈は……
「もう良いわよ、言ったでしょ?アンタの過去を聞いた時から助けるって……それに仲間ならこらからも似たような事がいっぱいあるしこんな事で躓いてられないわよ」
「なか……ま?」
信じられなかった。
私はシャリエルを裏切り魔剣で暴走した、それなのに彼女は私を仲間だと言ってくれた……嬉しくてたまらなかった。
「私を……仲間と呼んでくれるの?」
何故か涙が溢れて止まらなかった。
「意外と泣き虫なのね」
そう言いシャリエルは笑った。
初めて見る笑顔かも知れなかった。
「華のある光景におっさんは要らないな……」
フィルは静かに気付かれないよう呟くとその場から姿を消した。
当然二人はその事に気が付かなかった。
「取り敢えず……家に帰るわよ」
「そうだね」
まだ罪悪感は消えない……手元に残る魔剣、これを目にする度に今日のこと、家族の事を思い出す筈だった。
だが……もう負けない、私には魔剣の力に頼らずとも頼れる仲間が居る。
シャリエルと言う。
アーネストは魔剣をゆっくりと抜くと長く伸びた金髪を首元辺りからバッサリと切り落とした。
「な、何してるのよアーネスト?!」
突然髪を切り落としたアーネストに混乱するシャリエル、地面には綺麗な金髪が次々と落ちていった。
「うーん、過去の自分との決別ってやつかな!」
そう言い笑み浮かべるアーネスト、その言葉にシャリエルも笑みを浮かべた。
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魔剣の一件からアーネストとの絆は深まり、まるで姉妹の様に毎日を過ごした。
冒険を繰り返し、サレシュやアイリストにも出会った……やがて成長した私達は大陸に名を響かせる冒険者となった。
死にそうな時もあった……だが四人で協力して潜り抜けて来た、誰かが欠けるなんて考えた事も無かった。
だが……シャリエルの腕の中で倒れるアーネストは冷たい、体温を感じなかった。
何故……彼女が先に死んでいるのか、私は一年後に死が確定している、だが彼女は何十年と……おばあちゃんになるまで生きれた筈だった。
それを暗黒神は無慈悲にも殺した。
許せなかった。
「アーネスト……全て終わったら迎えに来るわね」
返事のないアーネストを優しく下ろすとシャリエルは立ち上がった。
その手には血で描かれた魔紙、シャリエルは震える手で破り捨てた。
『召喚憑依魔法 神取り憑き』
シャリエルの言葉が静かな森に響く、そして次の瞬間天からの落雷がシャリエルに直撃した。
「また呼び出しおったか……体は?」
『好きに使って、最悪死んでもいい』
手を握り締め体を確認する雷神、こんな短いスパンに2回目の召喚をするとは完全に想定外だった。
神取り憑きは身体的負担が尋常ではなく大きい……普段なら数ヶ月開けなければ行けないが……死が近い今、どうでも良かった。
『頼んだわよ……』
「任せとけ」
シャリエルの姿でアクトールは唾を吐くと戦闘が激しい方向へと向かって行った。