第126話 屍人の出現
まだ死ぬ訳には……いかない。
降りしきる雨の中アーネストは光を纏った剣をアンデット目掛け振りかざす、いつのまにかサレシュやアイリスとは逸れ、森の中で孤立していた。
光魔法の持続時間は発動から30分、もしくは術者が死ぬまで……サレシュに掛けてもらったのは15分前、残り半分だった。
眼前に広がるは優に100を超えるアンデットの群れ、流石に気が滅入りそうだった。
「一体何処からこんなに湧いてるのよ……」
襲い来るアンデットの攻撃を躱しながら頭部に剣を突き刺し一撃で仕留めて行く、アンデットの異常発生……原因が分からなかった。
アンデットの容姿は完全に腐りきった者から生きて居るのかと思う程に綺麗な者まで様々……だが殆どは鎧を着た兵士の様な姿だった。
剣を構え襲い掛かるアンデットの攻撃を受けるとアンデットの剣はいとも簡単に折れる、だいぶ古い剣の様だった。
鎧も軽く蹴っただけで砕ける……ふと鎧の紋章を見ると重なり合う三つの剣に蛇が巻き付いた不気味な紋章が彫られていた。
「これって……」
見覚えのある紋章だった。
先先代の国王から先代の国王に変わるまでセルナルド王国と長きに渡り戦争を続けた今は亡きナハブ王国……色々と黒い噂が絶えなかった国だった。
私が生まれる前の戦争故によく分からないが恐らく彼らはセルナルド王国周辺で戦死した戦士達……大量発生の理由は分かったがそれならば何故スカル系統では無くアンデットなのか……50年以上前の死体は白骨化している筈、だが目の前に居るナハブの戦士達は腐っては居るもののちゃんと肉体がある……訳が分からなかった。
だがいくら考えても無駄……答えを見つけた所で生き残無ければ意味が無い……今は迫り来るアンデットの群れをどう切り抜けるかだった。
光魔法はあと10分しか保たない、光魔法がきれたら彼らを無力化するには四肢を切り落とし頭部を切り離すしか無い……だが数百を超えるアンデットにそんな事をしてる暇も無い、魔剣さえあればどうにかなるのだが……
「無い物ねだりは良くないわね……腹を括るしか無いか」
剣を構え前を向く、すると突然アンデット達が足を止め、一本の道が出来ていた。
「何が起こったの?」
アンデット達が襲って来る様子は無い、すると出来た道の奥にうっすら黒い鎧を着た何者かのシルエットが見えた。
だがセリスでは無い……セリスにしては少しスマートだった。
『お前が魔剣の元所有者か』
機械的な声で性別が判別出来ない……だが何処か懐かしい感じだった。
「そうだけど貴方は何者なの?」
『暗黒神カルザナルド……いや、魔剣アイリーンと言った方が分かりやすいかな?』
「アイ……リーン?」
謎の黒騎士の言葉にアーネストは思考が停止して居た。
アイリーンは武器の筈、確かにちょくちょく話し掛けて来たり色々と話し相手になって居たが武器が実体化するなんて聞いた事がない……しかもアイリーンが暗黒神の武器形態……訳が分からなかった。
『随分と混乱してる様だな、まぁどうでも良いが……今日お前に会いに来たのは理由がある』
「理由?」
『そうだ、お前を生かしてやる、私の側で働け』
驚き戸惑うアーネストにそう言い放つ暗黒神、何の意図があって暗黒神が私を生かすと言って居るのかは分からないが答えは一つだった。
「お断りよ、あなたに命を乞うほど弱くは無い……例え暗黒神であろうとも」
毅然とした態度で暗黒神に言い返すと剣を構える、その言葉に暗黒神は呆れ果てため息を吐いた。
『元使用者なら私の力など嫌という程知って居る筈だが……やはり愚かだなお前は』
「人間なんて愚かなものよ……まぁ、崇高なる暗黒神様には分からないと思うけどね!」
先手必勝、まだ光魔法が持続して居る剣を構え全速力で暗黒神の懐に入ると剣を振るう、だが暗黒神はその場からピクリとも動かず、剣は簡単に砕けた。
『神にその程度の武器で傷を付けられると思うのか?』
暗黒神はアーネストの首を掴むとゆっくりと締め上げながら持ち上げた。
『アーネスト、私はお前の事が別に嫌いでは無かった、仲間の前では気丈に振る舞うが実はそれ程要領も良くなく涙脆い……実に見て居て飽きない奴だった……殺すのが惜しいほどにな』
1人喋り続ける暗黒神、首を絞められアーネストは何も喋れなかった。
意識が朦朧とする……こんな所で私は死ぬのだろうか。
戦いの中で死ねるのが本望と思っていた……だが死ぬのは怖かった。
まだ22年しか生きていない……もっと生きたかった。
アイリス、サレシュ、シャリエル……皆んなと離れたく無い、もっと一緒に……ずっと一緒に冒険がしたかった。
アーネストの瞳からは自然と涙が零れおちる、その姿に暗黒神は顔を逸らした。
『悪いな……』
その言葉と共に首を締める力が強くなる、意識は殆ど飛びかけていた。
「ごめん……ね、シャリエル……」
薄れゆく意識の中、アーネストは喧嘩別れしたシャリエルへの謝罪を蚊の鳴くような声で呟いた。
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「なんで泣いてるんだシャリエル?」
「え?」
アルセリスとの手合わせ中に突然彼が手を止め口を開く、その言葉を聞き始めて頬を伝う涙の感覚を感じた。
何故泣いて居るのか……全く分からない、悲しい事も痛い所もないのに……何故か自然と泣いて居た。
「なんだか涙が勝手に……」
涙は止まるところか溢れて止まらない、自分でも怖くなるほどに泣いて居た。
「大丈夫か?少し休むか」
何故か涙を流し続けるシャリエルにアルセリスは剣を置くと闘技場の観客席へとシャリエルを連れて行く、突然の涙……こんな事は初めてだった。
「何か思い出したのか?」
「違う……分からない、何で泣いてるのか……悲しい訳じゃ無いのに」
不思議な感覚だった、悲しくないのに涙が出る……アルセリスに心配してもらえて少し嬉しいくらいなのに……何かの呪いにかけられた覚えもない、正直混乱して居た。
「アルセリス様大変っす!」
突然ユーリが闘技場の中から大声をあげて駆け寄ってくる、その表情はかなり慌てて居る様子だった。
「どうしたユーリ?」
「大陸にアンデットが大量発生してるみたいっす!オーリエス、セルナルド、フェリス、この三カ国もアンデットの所為で壊滅状態っす!」
「アンデット……まさか」
何かを思い出したかのように顔を上げるアルセリス、何やら深刻な雰囲気だった。
「何か分かったの?」
「あぁ……アンデットの大量発生、恐らく暗黒神の仕業だ」
「暗黒神……セルナルドって事はアーネスト達も!?」
「恐らく危ないな……みんなを集めろ!直ぐに出発するぞ!」
慌ただしく転移の杖を構え転移しようとするアルセリス、だがシャリエルは彼から離れると魔紙を取り出した。
「私は先に行ってる!」
「分かった、アンデットは普通の奴と違う、絶対に噛まれるなよ!」
アルセリスの言葉に頷くとシャリエルは転移魔法を使う、体が光に包まれ、次の瞬間には燃え盛るセルナルドの街並みが眼前に広がって居た。
一面を埋め尽くすアンデットの群れ、腐臭も凄まじく鼻がおかしくなりそうだった。
「酷すぎる……」
生存者がとても居るとは思えない……それ程に街はアンデットに埋め尽くされて居る、この状態だとアーネスト達が余計に心配だった。
恐らく彼女達が居るとすれば城か離れの教会……だが位置的には逆方向、どちらから向かうべきか……分からなかった。
ふと城方面を見ると8階付近でチカチカと光が光って居るのが見えた。
生存者だった。
「もしかしたら……」
アーネスト達かも知れない……シャリエルは切なる祈りを胸に筋力強化魔法を掛けると建物の屋根伝いに城へと向かって行った。