第113話 少女
真っ暗な空間、そのど真ん中に四肢を大きな鎖に繋がれた少女が居た。
「またお客さんか?今日はやけに訪問者が多いな」
素っ裸にも関わらず何の恥じらいもなく俯いて居た顔を上げると少女は見た目にはそぐわぬ口調で話した。
「その口振りだと他にも来たのか」
「まぁね、まぁ性格に難ありとか他にも色々と言って帰ってったけど」
笑いながら話す少女、四肢を繋がれ身動きの取れない状況にも関わらずこの余裕、相当な曲者の様だった。
「まぁ何でもいいさ、俺はお前の力を借りたくて来た」
「私の力……また利用しようって腹か?」
「また利用?」
少女はアルセリスの言葉を聞くなり怪訝そうな表情をする、過去に何かあった様子だった。
「お前もセルナルド王国の人間なんだろ?」
セルナルド王国……その言葉を聞く限り彼女もシャリール関係なのだろうか。
「違う、俺はアルセリス……アルカド王国と言う国で王をやってた者だ」
「アルカド?聞いたことないな、それにやってたって事は今は違うのか?」
セルナルドでは無いと分かったのか、急に食いつく少女、あまり話したくは無いのだが……仲間に引き入れるには隠し事はあまりしない方が良さそうだった。
「部下に裏切られたんだよ、王の器が無いって言われてな、挙げ句の果てに戦闘にも負けて……他にいた部下も皆んな裏切った部下の方に行ってしまった……つまり今の俺は王じゃ無い、ただの冒険者だよ」
「裏切りねぇ……それで、私を仲間に引き入れてどうするんだ?」
「リベンジだ、王の器を示せばアイツは戻って来る筈なんだ」
元の王国に戻したい、その一心だった。
少女はその言葉を聞くと辺りに響き渡る程の笑い声を上げた。
「アホじゃねぇのかお前、私を仲間にしても意味ねーじゃねぇかよ」
「意味が無い?」
「王の器が無い……その部下の言った事がよく分かる、お前は他人に頼ろうとし過ぎなんじゃ無いのか?」
「他人に頼りすぎ……」
確かにずっと他人に頼りっぱなしだったのかも知れなかった。
大抵の事は守護者に押し付け、自分はやりたい事を国の為と言いやる……今思えば彼らの事を真剣に考えた事は無かったのかも知れなかった。
残ってくれたアルラに関しても……忠誠を当たり前の様に誓ってくれると思っている自分がまだ居る、だが現実も異世界も……人はいつ裏切るか分からない、だからこそ良い信頼関係を築く必要がある、もしかするとウルスの言っていた王の器、それは仲間の事を思いやる事なのかもしれなかった。
他人に頼らず、己の力で……人に言われて気付くとは、相変わらず情けない自分だった。
「失礼な奴っすね!裸の癖に偉そうっすよ!」
「うっせーよ、獣くせーんだよ」
少女の前でアルセリスへの無礼に対して怒るユーリ、彼女もまた……大切な仲間の一人だ。
「大丈夫だユーリ、ありがとうな」
優しくユーリの頭を撫でる、これで良いのかは分からない……だが今の自分にはこの程度しか出来なかった。
「あ、アルセリス様が言うなら許してやるっす」
嬉しそうに獣耳を動かすユーリ、少し雰囲気の変わったアルセリスを見て少女は興味深そうな表情をした。
「何か気が付いたみたいだな」
「お陰様でな……これはお礼だよ、逃げるなり好きにしてくれ」
アルセリスは剣を抜くと少女に付けられた枷を壊す、すると少女は久し振りに自由になった体をグッと伸ばした。
「くぅ……久々の伸びは気持ちいいな……そうだ、お前に興味が湧いたから私も連れてけよ」
アルセリスの体にくっ付きそう告げる少女、ユーリは今にも殴りそうな勢いだった。
「付いてくるのは嬉しいが過度なスキンシップは辞めてくれよ、うちには嫉妬し易い仲間が多いからな」
「分かったよ……そう言えば自己紹介がまだだったな、私の名前はミリィだ」
ミリィ……何処かで耳にした様な気がするが特に気には止めなかった。
「そうか、宜しくな」
そう言い手を差し出すと握手を交わす、服を着ていないのが少し……と言うかかなり気になるが最上階の居住区に何かしらあるだろう。
「それじゃあ取り敢えずまた登るか」
孤絶の間の出口へと足を進めようとしたその瞬間、辺りが凍りつく様な空気を感じた。
重く、息苦しい様な威圧感をいつのまにか閉まっていた扉の向こう側から感じる……誰かがそこに居た。
「おや……この気配は噂に聞いたアルセリスさんとやらですか?」
若い青年の声だった。
「誰だ」
「貴方も知る者ですよ」
正体の答えを濁す男、自分も知って居る男……全く見当のつかない声色だった。
アルセリスは警戒態勢に入り剣に手を掛ける、すると背筋が凍る様な殺気を一瞬だけ感じた。
「少なくとも私はそちらから何かをされなければ手を出すつもりはないですよ、今回はお話しをしに来たのですから」
その言葉にアルセリスは剣を鞘に納める、先程感じた殺気……この世界では感じた事が無いほどに悍ましく、冷たいものだった。
今の自分では確実に彼女達を守る事は出来ない、彼の言って居る事が本当かは分からないが……剣を構えて居るのは賢いとは言えなかった。
「アルセリスさん、やっと会えましたね」
「誰か分からないが俺の事は知ってる様だな」
「ええ……よーく知ってますよ」
よく知って居る、その言葉に何故か深い意味を感じた。
「何の用だ」
「挨拶ですよ挨拶、貴方とは何れ……良いライバルになりそうですからね」
そう姿も見せず男は言うだけ言って気配を消す、良いライバル……少なくとも味方では無い様だった。
「す、すっごい気配でしたっすね」
ユーリの言葉にアルセリスは頷く、姿は分からない強敵にウルスの裏切り……不運は重なるものだった。
「取り敢えず戻ろう、あいつらが待ってる」
「そうっすね」
アルセリスの言葉にユーリは頷くと扉を出て行くアルセリスについて行く、だがミリィは少しだけ難しい表情をして居た。
アルセリスとユーリから微かだが懐かしい匂いがした……懐かしくも、恐ろしい匂い。
遥か昔、一度殺されかけた……あの女の匂いだった。
「気の所為……か」
ミリィはボソッと呟くと孤絶の間を後にした。