第96話 ブラッシエルとの出会い
騒がしい演習場、チラシに釣られ集まった冒険者の数はまさに無数、シェルドもその内の一人だった。
50代から10代まで、年齢層も広ければ性別や種族も色々、次期国王の新たな多種族共存と言う意見を取り入れ始めたオーリエス王国ならではの光景だった。
地方から出て来たシェルドにとっては珍しい光景、だが周りの冒険者は特に気にも留めて居なかった。
物珍しそうに辺りを見回すシェルド、すると側から見てその行動は目立って居たのか一人の青年が声を掛けた。
「あんた地方から来た感じか?」
声がした隣を見ると金髪の爽やかな同じ歳くらいの青年が立って居た。
その言葉に頷く、すると青年は嬉しそうな表情をした。
「俺もだよ!俺はクレイ・ブラッシエル、あんたは?」
「シェルド・フレフォンス」
「シェルドか……縁があればまた会おうな!」
その言葉だけを残し慌ただしく何処かへと去って行くクレイ、何故話し掛けて来たのかはよく分からないが不思議な男だった。
クレイが去って数分後、騒がしかった辺りが急に静まり返った。
「こんなにも集まるとは予想外……流石金タグ効果だな」
声と共に冒険者達が割れる様に端へと移動する、その先には護衛を二人連れた一人の男が居た。
見た目は50代と言ったところ、だが肉体は服を着て居ても分かるほどに肥大化した筋肉に包まれて居た。
「色々と集まって貰って悪いが……調査チームは正直10人も居れば良い、まさか死を覚悟しても尚これ程集まるとは私も予想外、故に少し篩をかけさせて貰う」
「それってどう言う事だ?」
一人の冒険者が男に問いを投げかける。
「簡単に言えば試験だ、これから護衛の二人をお前達に攻撃して貰う、その中で10人、良い攻撃をした奴を連れて行く」
そう告げる男、その言葉に当然冒険者達は反発した。
殴りその強さを計るだけの試験、一見簡単で手っ取り早く見えるがその試験では冒険者に大切な回復技術や罠を見分ける技術などの力では無い部分が見えない……だが男は冒険者の反発を一喝した。
「黙れ、誰を連れて行くかは俺が決める、国王の命令は絶対だ」
そう言い放つ国王と名乗る男、風の噂でしか聞いた事は無かったが独裁主義者と言うのは本当の様だった。
良くこんな国王が異種族共存の政策を受け入れたものだった。
冒険者よりも遥かに強そうな見た目の国王に周りは何も言えず試験が始まった。
「最初の者、出てこい」
護衛の男はそう告げると190はありそうな背丈をした男が一歩前に踏み出した。
「最初は俺だ」
自信満々に告げる男、タグは銀色だが周りはやけに驚いた反応をして居た。
「あいつはオーリエスの犯罪都市を拠点に置くザルラスだな」
気が付けば隣にクレイが立って居た。
「ザルラス……聞いた事無いな」
「結構有名だぜ、仕事を選ばず人殺しも平気でする、銀タグなのは正規のルートを通した依頼をあまりしないから故に、それでも銀タグなんだから大した奴だよ」
クレイの説明を聞きながらザルラスの試験を見る、出来事は一瞬だった。
護衛の男が指定した腹部では無く顔面めがけ拳を振り下ろすザルラス、次の瞬間彼は護衛の手によって地面に叩きつけられて居た。
一瞬にして騒めく会場、金タグレベルを簡単に去なす程の護衛……当たり前だが強かった。
「噂は聞いてるぞザルラス、今まではパワーで押し通して来たらしいな」
「なんだと……?」
「顔面への奇襲攻撃、これは良かった、だが俺が腕の威力を利用して地面に投げつけた時、まるで反応出来て居なかった……正直金タグレベルが居ると聞いて楽しみだったが落胆したよ」
そう言い放つ護衛の言葉にザルラスの苛立ちはピークに達して居た。
「その言葉……死んでから後悔すんじゃねぇぞ!!」
怒号と共に剣を抜くザルラス、その瞬間護衛は剣を抜くと何かを弾き飛ばした。
「剣を抜く動作と共に暗器の投擲……ありふれた戦法だな」
「ただの護衛の癖に面倒だな」
護衛の強さに舌打ちをするザルラス、すると国王が二人の間に割って入る様に現れた。
「ただの護衛……と言うのは違うぞ、彼は私の右腕でもあるウルガルド、騎士団長だ」
王の言葉に辺りは再び騒めく、地方のシェルドでも知っている名だった。
ウルガルド・ライノルド、代々貴族が騎士団長を務めて来たが破格の強さと国王への人一倍強い忠誠心で騎士団長に抜擢された王国始まって以来の騎士……姿は見た事無かったが金タグを遊ぶ程の実力、本物の様だった。
人間とは不思議なもので、先程までは1人の護衛としか思って居なかった男が最強の騎士団長と分かって以降、ザルラスの威勢は完全に消え失せて居た。
「どうした?戦わないのか?」
「仕事は選ばないが戦う相手は選ぶ、俺でも勝てる奴と勝てない奴の見極めは出来る」
そう言い捨て演習場を去るザルラス、試験相手が騎士団長であったと言う事実に周りは動揺を隠せずに居た。
だが試験は止まらない、数百人は居る冒険者達は次々にウルガルドの腹部へ拳を打ち込む、だがどの冒険者に対してもあまり納得のいく表情を彼はして居なかった。
「伸びしろがありそうなのは居るが……やはりザルラスが1番マシだな」
そう言い腹部を掻くウルガルド、すると彼の前にクレイが現れた。
「まだ合格者居ないみたいですね」
「不作でな」
「そう……ですか」
不敵な笑みを浮かべるクレイ、すると次の瞬間彼の拳がウルガルドの腹部にめり込んだ。
「これは……」
クレイの拳に何かを感じ取ったウルガルド、必死に耐えるが少しずつ身体が後方へと下がって居た。
数メートル動いたところでウルガルドの体は止まる、殴られた腹部は赤くなり、服は破れ無くなって居た。
「強化魔法……しかもかなりの魔力量だな」
「魔法禁止とは言われてませんからね」
そう言い笑うクレイ、謎の男とは思って居たがウルガルドの身体を動かす程に重たい拳を放つとは思っても居なかった。
シェルドを始め、国王までもが目の前で起きた衝撃的な出来事に驚いて居た。
「文句無し合格だ」
「ありがとう……ございます」
ウルガルドの言葉にクレイは膝を地面に着き感謝の言葉を述べて居た。
そしてゆっくりと立ち上がるとシェルドの肩に手を置いた。
「待ってるぞ」
そう言い去って行くクレイ、待ってる……その言葉を何故自分に投げかけたのかは分からない、彼が何を考えて居るのか分からなかった。
「次」
ウルガルドの言葉が演習場に響き渡る、周りを見渡せば残って居るのはシェルドただ一人だった。
クレイと言う男を気にして居る内にいつの間にか順番が来て居た様だった。
正直受かるかどうかは分からない……あのザルラスでさえ落ちたのだから。
「お前が最後だ、思い切り打て」
そう言い腹に力を込めらるウルガルド、こうなればもうヤケクソだった。
「どうにでもなりやがれ!!」
出せるだけの力をフルパワー発揮するシェルド、ドンっと言う鈍い音が辺りに響き渡る、そして次の瞬間信じられない出来事が起きた。
「騎士団長様が……」
付き添いの護衛が地面に倒れ込むウルガルドの姿を見て唖然として居た。
その言葉にシェルドは閉じて居た目を開く、目の前には確かに倒れ、気絶するウルガルドの姿があった。
「なんと、最後の最後に凄い奴が現れたものだ!!」
倒れるウルガルドを見て王は嬉しそうに叫ぶ、何故彼が倒れて居るのか理解出来なかった。
クレイのダメージが効いていたとは言え国の英雄が倒れる筈もない……いくら考えても分からなかった。
「合格者10名には明日また演習場に訪れてもらう、それじゃあ私はウルガルドを連れて帰るとするよ」
そう言い倒れ込むウルガルドを引きずり連れて行く国王、誰も居なくなった演習場にシェルドは一人、ポツンと取り残されて居た。
何故合格出来たのかは分からない……ただ金タグへの道が拓けたのは確実だった。