第95話 恨む理由
ボロボロのシャリエル、呼ばれた筈なのに居ない主君、そして目の前で敵意剥き出しの男……常人ならば状況理解に数分を費やしても分からないのだろうが何となくアルラは把握できて居た。
大凡アルセリス様が呼び出しの魔紙をシャリエルに渡し、彼女がピンチの時にそれを破いて私がやって来た……そんな所なのだろう。
「何者だ」
剣の切っ先を向け尋ねる男、魔力量は大した物だが正直雑魚だった。
「名乗っても意味ないですよ?どうせ死ぬんですから」
「ほう、これは大きく出たな……今の俺に勝てると!?」
そう叫び走り出すシェルド、だが依然としてアルラの表情はやる気が無い表情をして居た。
振り下ろされる剣を紙一重で何度も避ける、そして鞘から刀の刀身を少しだけだし剣を受け止めるとシェルドの腹部を軽く蹴り飛ばした。
すると予想以上に吹き飛び目にも留まらぬ速度で壁に激突し何処かへと飛んで行く、六魔と言いながらも全然弱かった。
追撃でトドメを刺す事も出来るがアルラはその場から動かず、心ここに在らずと言った様子だった。
「舐められた……ものだ、戦闘の最中に考え事か?」
血を吐きイラついた様子のシェルドが瓦礫の中から立ち上がる、表情は心なしか苦しげだった。
「正直貴方に構ってる暇は無いんですよ」
怪訝そうな表情で告げるアルラ、だがシェルドは御構い無しに剣を構え襲いかかって来た。
「まだ元気なんですか……」
ため息を吐く、アルセリス様もアルセリス様だった。
王国の状態も知らずこんな国で遊んで……何か考えがあるのかは分からないがそれよりも王国の状況は深刻だった。
「死ね!!!」
激しい怒号と共に剣を振り下ろすシェルド、だがアルラは指二本で振り下ろされた剣を挟み込むと簡単にへし折る、そして脳天にかかとを落とした。
シェルドはバキッと言う何かが砕けた様な音と共に勢い良く地面に叩きつけられた。
「言いましたよね、貴方に構って居る暇は無いって」
見下す様な視線をシェルドに送る、恐らく立てるほどの体力は残っていない筈だった。
脳への大きなダメージ、至る所の骨折、アルラは勝ちを確信すると辺りを見回しアルセリスの姿を探した。
「伝えるべきなのか……」
王国で起こった出来事を耳に入れるべきなのかを悩む、正直アルラ個人としては伝えたくは無かった。
王国の事を任された状態での失態……ただでさえ他の守護者と比べて仕事量が少ないと言うのに与えられた仕事さえまともに出来ないとアルセリス様に思われたく無かった。
「手負いとは言え後は貴女でも倒せるでしょう、私は用事があるので」
一刻も早く問題を解決すべくそれだけを告げ魔紙を破き王国へとアルラは転移して行った。
後を任されたシャリエルは痛む身体を引きずりながら倒れ込むシェルドを覗き込んだ。
先程までの威圧的なシェルドの姿が今やもう見る影もない、ボロボロの私でも勝てそうな程に弱っていた。
いや……化け物の様な強さのアルラと戦ったのだから形を留めているだけでも凄いものなのだろう。
「結局……貴方が何者なのか分からなかった」
シェルドの正体は何者で何の為にこの国を荒らしていたのかは結局分からずじまい、今の彼から聞く事は恐らく難しい、もう一思いに終わらせた方が彼の為だった。
地面に落ちていた剣を手に取ると心臓に突き立てる、そして勢い良く突き刺そうとしたその時、シェルドの口が開いた。
「俺は……許せなかった、俺の事を裏切ったブラッシエル家を、冒険者を」
シェルドの言葉にシャリエルの手が止まる、ブラッシエル家の近くに住んでいた時点で何かしら関係があるとは思っていたがまさか恨みがあるとは思わなかった。
「どういう事?」
シェルドの言葉にシャリエルは問いを投げ掛ける、動ける程度までの時間稼ぎと言う可能性もあったが怪我の具合を見るとあまり高いとは言えなかった。
シャリエルの問いにシェルドは軽く息を吸い込むと口を開いた。
「今から30年前、ブラッシエル家もまだ無名の時代、俺は冒険者だった」
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人が賑わうセルナルド王国の大通りを一人の青年が大きな大剣を背中に携え注目を集める、若き日のシェルドだった。
シェルド・フレフォンス、一攫千金を夢見て地方の村から出て来たごく普通の青年だった。
そして地方から出て来たこの日、まるで狙っていたかの様なタイミングに王国である募集が掛けられていた。
地面に落ちていたチラシを手に持つ、其処には前国王による生態調査員の護衛をする冒険者の募集、危険地域につき、無事生還した者には多額の報酬と金タグを約束するという内容が書かれていた。
参加資格は冒険者であれば誰でも可、つまり銅タグのシェルドでも一気に金タグになるチャンスだった。
「絶対にやってやる……」
シェルドは村にいた時、ダイヤモンドタグになると言う夢を語り、周りから馬鹿にされていた。
それが悔しかった……だからこそダイヤモンドタグになると言う目標は揺るがなかった。
ふと周りを見ると心なしか冒険者の数が多い、やはり金タグに飛び級でなれると言う条件は魅力的の様だった。
王宮へと流れて行く冒険者の人混みにシェルドは紛れて行く、その手には赤く煌めくアクセサリーが握られて居た。