シンシアの困り事
◇ シンシアの部屋にて…… ◇
「はぁ……やらかいベット気持ちいい……。」
久しく感じていなかった心地のよい感覚を味わい、堪能するシンシア。
履いていたブーツも脱ぎ捨て、完全にリラックス状態だ。
今日初めて会ったのに、蔑視もせず、対等に接してくれたヴェイルさん。
身の内を明かして、親切心に訴えかけてしまったのは良くないと思うが、彼はそれを理解した上で此処まで親身になってくれたのだろう。
「良い人だなぁ……。」
そう言って仰向けになり、天井を仰ぎ見る。
発光石の入ったランプが、キラキラと光を放っている。
珍しい物を使ってるなぁ。
発光石とは特殊な石で、今からおよそ数百年前に発見された。
見た目はクォーツと全く同じで、色も無色透明。
その為、最初は区別なく同じ物として販売、使用されていた。
しかしある時、とある炭鉱夫の男が妻へのプレゼント用に持ち帰った発光石の結晶を誤ってお酒に漬けた際発光現象を起こし、その性質が発覚した。
そのニュースが記事にされた際は国中のクォーツが蒸留酒に漬けられるという面白い事件が起きたが結局殆ど見つからず、採掘するにも見た目では判別が付かない為、現在では宝石と同じような扱いで販売されている。
発光石式ランプの仕組みだが意外と単純。
砂時計と同じ形のガラス容器を作り、その片側に発光石、反対側にエタノールを充填する。
最後に漏れないようしっかりフタをして、スイッチのON/OFFでゆっくり半回転する機構を付ければ完成だ。
メリットは、物理的破損がない限り半永久的に使える事。
デメリットは単純に発光石が高い事と、気化していくエタノールの補充が面倒、という点だ。
正直、普通に電球で良いとは思うけど、ここは元々客間だ。
人に見せる、というこだわりを持って配置してあるのだろう。
コーディネートのセンスあるなぁ、ヴェイルさん。
ランプに向かって手を伸ばし、掴むような動作をする。
そしてはぁ、とため息をつく。
……実は今、とても困っている事があるのだ。
ヘミングからこの街に来るためにお金を用意する必要があったのだが、
それを捻出する為に衣服やカバン、更には錬金術用の道具を修道院でお金に換え
てもらったのだ。
「どうしよー……。」
あの時はもうそうするしか無いと思い詰めていたからしょうがなかったのだが、せめて、錬金術用の道具は持っておくべきだったなぁ……。
頭の片隅で、もう少しヴェイルさんに甘えようかという考えが出るが、振り払う。
ダメだ。これ以上、ヴェイルさんのお世話になる訳には行かない。
やっぱり、一から道具作り直すしかないよね……
近くの公園とかで砂を集めて、不純物とクォーツを振るいに掛けて……
あぁ、フラスコ作製用の魔法陣を作る為のチョークも要るなぁ……
近くに大理石で出来た物とか無いかな…… 欠片一つでも取れればそれを使って……
もし無かったら、貝殻や卵の殻砕いて焼いて地道に作るしか……
後、ポーションの基になる溶媒を生成する為のミスリルも用意しないと……
塩はともかく、水銀と硫黄、どうやって手に入れよう……
他にも薬草の入手手段とか……
もう一度、大きくため息をつく。
これからやらなくてはならない事の多さで、少し心が荒んでいく気がする。
でも、やらないと何も始まらない。
まずは、チョーク探しからだ。
一度魔法陣さえ組めれば、売ってしまった道具の大半を作り直す事が可能なの
だ。
薬草は、この街の薬草屋さんと仲良くなって、
そこから採取場所を教えてもらうのが一番だけど……。
うーん、そう簡単に教えてもらえないよね……。
最悪、郊外まで行って毎日見つかるまで探し続けるしかない。
ミスリルは……うん、やっぱりヴェイルさんに相談するしかないね……。
3度目となるため息をつく。
「ごめんなさいマスター……、至らない弟子で……。」
錬金術を使うには、どうしてもお金が必要なのだ。
これが等価交換の法則か。金だけに。
突然目の前に開く真理の扉にふふっ、と笑みを漏らす。
今後の目標がある程度はっきりした所で、シャワーを浴びに向かう。
時刻は午後3時43分。晩御飯の時間は、予想では5時くらいなので、
ゆっくりとシャワーを浴びていても問題ないだろう。
あぁ、半月ぶりのまともなシャワー……。
宿屋暮らしの時も水浴びは毎朝行っていたが、やはり冬場が近づくと辛い物があ
る。
言われた通り、たっぷりと温かいシャワーを堪能しよう……。