自室にて
話し合いが終わったので、シンシアをリビングの奥にある洋室へと案内する。
「……ここが、君の部屋だ。」
ベットと、書斎机が置かれた質素な部屋だ。
元々は客人の宿泊用に準備していたが、大体は仮眠室として使用していた。
その為、机には走り書きのメモが何枚か置いてある。
「わぁぁっ、ベットだぁぁ~……っ!」
そういってシンシアはベットへとダイブする。
「あぁ、久しぶりの柔らかい感触……。幸せ……。」
枕を抱きしめ、ゴロゴロする。
「……ここに来る前は、宿屋暮らしか?」
シンシアの前の生活状況を聞いてみる。
……少し気が引けるが。
すると、枕を抱えたまま体を起こしてベットの淵に座り、話し始める。
「……はい、そうです。それも一番安い部屋だったので、堅い板みたいな物の上で毎日寝泊まりしてました……。薬草を取っては宿で調合して、道端で露店を開いて客寄せして、堅いベットに苦しみながら寝て……うぅ。」
過去を思い出したのか、縮こまる。
しかしすぐに顔を明るくして、此方を向き、嬉しそうな顔で話す。
「……でもっ、マスターが拾ってくれたおかげであの辛かった生活とオサラバですっ!」
それは良かった。
田舎なら一泊銅貨5枚で泊まれる所もあるだろうが、ここいらの宿は安くても一泊銀貨3枚する高級街だからな。
彼女には到底払えるとは思えない金額だ。
……まぁ、だからこそ追い出すのは忍びないと感じたわけだ。
ここまで関わりを持っておいて、見なかった事にするなんて出来る訳がない。
「……シャワーを浴びたいなら、リビングを挟んで向かい側にある。今日は特別だ。好きに使うといい。」
「……っ!は、はいっ!ありがとうございますっ!」
その言葉に、嬉しそうな反応を示すシンシア。
女の子としてはかなり大変だっただろう。色々と。
「……説明は以上だ。次は、食事の時間に声を掛ける。」
「分かりましたっ!」
では、と声を掛けて部屋を後にする。
シンシアはもうしばらくベットと戯れるようだ。
リビングにて、空になったティーカップなどを片付け、キッチンの流し場に置く。
その後ヴェイルは2階にある自室へと戻り、今日の晩御飯のメニューを考える。
今日はベーコンと野菜をざく切りにして適当にオーブンで焼こうかと思っていたが、折角、同居人が出来たのだ。少しこだわってみよう。
しかし、何を作ろうか。
焼き料理、蒸し料理、煮込み料理……。色々な料理を思案する。
……そうだな、何か珍しい物でも食べてみようか。
そう思い立ち、本棚から一冊の本を手に取る。
“東洋の料理”という題名の本だ。
中には東洋の食文化と、珍しい料理のレシピが書いてある。
パラパラと捲っていくとその中に、“クリームシチュー”という物を見つける。
グラタンに使うホワイトソースを利用して作る、煮込み料理の一つらしい。
……そういえば冷蔵庫には、一昨日購入した牛乳が残っていたな。
しかし、一からホワイトソースを作るのは大変そうだ。
諦めモードで次のページを見る。
すると、小麦粉とコンソメスープの素を使ったシチューの時短レシピと料理法が書いてある。
……なるほど、これなら簡単に作れそうだ。
よし、と本を閉じ、ベットの傍に置く。
こうして無事今日の献立が決定した所で、ふと掛け時計を見る。
時刻は、午後3時24分を指し示している。
……まだ、夕食まで一時間ほど余裕があるな。
久しぶりに、スケッチでもしてみるか。
乱雑に書類や本が置かれた本棚から使い古されたスケッチブックを一冊取り出し、書斎机近くの椅子に座る。
対象は何にしようか。
部屋を見渡しても書類が散乱した、雑然たる光景しか見えないので、窓の外を見る。
庭に生えた木の枝に付く、一枚の赤く紅葉した葉と、ゆっくりと降る白い小さな雪が見える。
……良い景色だ。これにしよう。
ヴェイルは3Bの鉛筆を手に取り、スケッチをし始める。
自分の世界に入り込み、外の雑音を一切耳に入れず、絵を描くことに集中する。
ヴェイルが趣味に没頭しているその頃、シンシアは非常に困っていた。