決まり
少女が落ち着いたところで、また話を始める。
先程までの緊張感漂う会話と違い、生産的で現実的な会話だ。
「……まずは、君の名前を教えてくれるか。」
「はいっ、私の名前は、シンシア・フランシュールと言います。」
キリッと姿勢を正し、大きな声で発言する。
その際、ふわっ、と少女の白い綺麗な髪が勢いで靡く。
「信仰している宗教は?」
「宗教は特に知らないです。」
「アレルギーとかは持ってるか?」
「アレ……なんです?」
「……食べるとブツブツが出来る物はあるか?」
「ないです。なんでも食べます!」
「……そうか。」
一緒に住むうえで気を付けなければならない事を聞いていく。
特に宗教関係やアレルギーなんかはホントに生死にかかわるのでとても重要だ。
「文字の読み書きは出来るか?」
「はい!修道院で習いました!」
「3+5は?」
「8です!……ふざけてません?」
「ハハ、まさか。」
余りにも真面目に話すので少しからかってしまった。
俺の悪い癖だ。
まぁ、最低限の情報を知る程度に留めておこう。
少女の名前はシンシア・フランシュール。15歳。
生まれはヘミングという村で、両親から錬金術を教わりながら育った。
修道院に通って読み書きや数学を教わっていたようだが、宗教や神などには興味がないようだ。
アレルギーという単語を知らないが、化合物合成や等価交換の理論を知っている事を鑑みると錬金術しか知らな……もとい、かなり錬金術に特化した知識を持っている事が分かる。
誕生日、突然家を追い出されてもめげずに生きようと頑張るのは強い心を持っている証拠だ。
その後、村でポーションを作って売って生きていた所を考えると、それなりの会話術と商才を持っていると見える。
そして、新聞の記事を頼りに遠くからこの地までたどり着ける行動力。
まぁなんというか、たくましい子なのだ。
この子なら、一緒に暮らしても問題ないだろうし、
ある程度補助してあげれば自立できるようになるのではないかと思う。
……親が追い出したのもそれを見込んだ上だったのかもしれない。
「……では、部屋を決めようか。この家は2階建てになっていて、1階は1LDKの部屋だ。シャワーとトイレは1階にある。2階には物置と、俺の寝室がある。君は、1階の洋室で寝泊まりすると良い。」
「わ、分かりました。」
「それと寝具だが、……ベットと布団、どっちが良い。」
「ふ、ふーと……?」
聞き慣れない単語に疑問符を浮かべるシンシア。
「東洋で使われている寝袋のような寝具だ。慣れると癖になるぞ。」
「……分からないですけど、ふかふかなベットの方が好きです。」
「……そうか。まぁ、使いたくなったら言ってくれ。」
残念だな、中々良いものなのに。
これをビクターが押し付けてきた時はどうしてくれようか考えていたが、使用してみると案外楽しい物だった。
なんというか、家の中でキャンプしている気分を味わえて楽しいのだ。
「家事は基本、曜日交代にしようと思う。ただ、洗濯は各自でやる。」
「はいっ。」
「……ちなみに、料理は出来るか?」
「か、簡単な物なら……。」
指をいじいじして気まずそうにする。
……まぁ、練習と割り切ってやってもらうしかないか。
「まぁ、頑張ってくれ。」
「うぅ、……はい。」
「掃除はまぁ、毎日しなくても良い。ただ、気付いた時には互いにやろう。」
「苦手なんですか?」
「……いや、まぁ、どうしても研究の方に目が向きがちでな。どうしても疎かになる。」
「あぁ、分かります……。」
シンシアもうんうんと頷く。
これも研究者の性という物なのだろうな。
頭では毎日しなくてはいけないと分かってはいても、興味が沸くとそっちのけで作業してしまうのだ。
そんな日々を送っていた結果、家の中が幽霊屋敷のようになった事がある。
それ以来、思い出したら必ず掃除するよう心掛けている。
「……今思いつく決め事はこれくらいか。また何か不都合が起こったら、話し合おう。」
「はいっ、分かりました。」
お世話になりますっ!と元気のこもった声で言われる。
元気なのは良い事だ。
「……じゃあ、ですね。ヴェイルさんの事は何とお呼びすればいいのでしょうか。師匠という立場になるわけですから……。」
あぁ、そう言えばそうだったな。
「……特に何も考えていない。好きに呼ぶといい。」
そう言ってクッキーを口にする。
程よい甘みの中に仄かに香るバターの香りと、またしてもさわやかな風味が口に広がる。
……このポーションのデメリットは、食べる物全てにさわやかさを付与する事だな。
「師匠、主、先生、主君、ご主人、お師さん……。」
呼び方を考えているようだが、考えが口からぶつぶつと漏れている。
「あっ、そうだ、あの新聞……」
ごそごそと懐から古びた新聞を取り出す。
「“ヴェイル研究員、魔法と科学を組み合わせた新技術を利用して、放射性廃棄物の無害化に成功”、“彼こそは現代最高の錬金術師”、“真理をマスターした者”……っ!これっ!これですよ!」
そう言って新聞を開いて見せてくる。
……止めてくれ。
黒歴史を見せられているようで恥ずかしくなる。
誰だこんな恥ずかしい記事を書いた記者は。
「この“マスター”って響き、カッコよくないですか!?」
「……え?あ、あぁ、そうだな……。」
「えへへっ、じゃあ、これからヴェイルさんの事は、“マスター”って呼びますねっ!」
マスター、マスター、と嬉しそうに言い続けるシンシア。
好きに呼べと言った手前、それは止めろと言えない辛さに頭を抱える。
「まぁ、好きにしてくれ……。」
「……はいっ!マスターっ!」
……あぁ、恥ずかしい。