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今日からぞんび 第3話

視界に光が差してくる。

あれからどのくらい経ったのだろう。

1分か、2分か、恐らくそんなものだろうと思う。


闇の中でフワフワと浮いているような浮遊感を味わった後、俺の意識は何かに吸い込まれるように移動し、そして再び目を開いた。


まず思ったのが、ここはどこだろうという事である。

先程まで俺はあばら家の中にいた、しかしここはどうやら屋外のようだ。

若干混乱する思考を宥めながら、まずは状況を確認する。

するとおかしな事が分かった。


目の前には俺が先程連れ込まれたあばら家があり、開いた窓から先程の追い剥ぎの男が見えるではないか。

つまりここは、先程のあばら家の外という事になる。


逃げたほうがいいのだろうか……

まだ状況が飲み込めていない俺は、そのままその場を去ろうとする。

すると、先程の男がこちらをギロリと睨み、大声で呼びかけてきた。


「おいロッシ! モタモタしてねえで入ってこい!」


その声は明らかに俺に向けられている。

どういう事だろうか?

そこで改めて自分の状況を確認すると、次第に状況が見えてきた。


俺は手に短弓を持っていた。

そして着ている服も先程までのものとは違い、獣の皮を乱暴に張り合わせただけの粗末な服だ。

明らかに先程の自分とは別人である。

となれば、恐らくは……


恐る恐るあばら家に近づき、家の中を覗き見る。

するとそこには、先程の追い剥ぎの男とアニータ、そして床に倒れ伏す商人風の男がいた。


商人風の男の首には矢が刺さっており、貫通して血が床に流れ出している。

どう見ても即死状態だった。


俺の脳裏に、ここに来る前に聞いたスーツ姿の男の言葉が蘇る。

それに照らし合わせれば、信じ難い事ではあるが……あれが先程までの俺という事だ。

そして、先程までの俺を殺した人物――つまりこの体の持ち主に憑依した……という事だろう。


なるほど、これが俺の要となる能力のようだ。

あのスーツの男が言っていた事は本当だったとこれで証明された訳だ。



「おい早くしろ、床が汚れねえうちに止血して捨てておけ、服は剥いでおけよ」


窓から部屋の中を見て呆然としている俺を見て、追い剥ぎの男がイライラしたように吐き捨てる。


「ねえ見てよ、こいつ金貨なんて持ってる!」


「ああ? 何だと!?」


俺が部屋に入ると、二人は俺の持っていたバッグを漁っていた。

金貨を見つけて大喜びしているようだ。


「こいつ商人だって言ってたよな? だったらこれだけのハズはねえ、他の荷物がどこかにあるはずだ」


「馬車なんて見当たらなかったよ」


「どこかの宿に留めてあるのかもしれねえな、金貨なんて持ち歩く程の奴だ、相当期待できるぜ、こいつどこにいたんだ?」


「表通りに出るところの、靴屋の辺りでボーッとしてたよ」


「少し調べてくるか……おいロッシ、何モタモタしてやがる、さっさと片付けとけ!」


いきなり怒鳴られて驚くが、俺が先程の商人だとは露程も疑っていないようだ。


「わかったよ、どうすればいいんだ?」


「おいおい、とうとうボケやがったのか? 血止めして物置に押し込んどけ、夜になったら下水に捨てる、いつもの事だろうが」


男は面倒臭そうにそう吐き捨てると、振り返りもせずにそのまま外へと出ていった。

殺人を犯したことに関しては何とも思っていないらしい。

それどころか、さっきの口ぶりでは‘いつもの事’だそうだ。



「早く片付けておくれよ、臭くなっちまうだろ」


アニータが横柄な態度で文句を言ってくる。

このロッシという男は何者だろう、こいつらの子分なのだろうか?

関係がはっきりしないうちは余計な事はしない方が良いだろう。


とは言っても、俺は死体の血止めの方法なんて分からない。


「いつもは……どうしてたんだっけ?」


「はぁ? 矢を折って泥だか何だかを塗って布巻いておくんじゃないの? どうしたんだい、頭でも打ったのかい?」


「いやちょっとド忘れしちゃって……」


「しっかりしとくれよ、弓と狩りしか能がないアンタを置いてやってるんだから、こんな時くらい役に立ちな。

いくらカザクの弟でも使えなきゃ追い出すからね」


カザクって誰だろうとは思ったが、ここでそこまで言うとマズイ気がするので黙っておく。

体を乗っ取れるのは良いが、乗っ取った相手の生活環境が分からないと苦労するな。


俺はとりあえずアニータに聞いたとおりに、首を貫通している矢の両脇を折り、硬めの泥を塗って首にボロ布を巻く。

血が完全に止る訳ではないが、泥と布で吸収されて数時間程度なら問題ないという事らしい。

まあ、あの二人もよくわかっていないようだし、適当でも問題はないだろう。


布を巻きながら、死んでいる以前の俺を見る。

この人物は、元々の俺自身だったのだろうか……俺はこんな顔をしていたのか。

しかしその顔を眺めていても、俺の記憶が戻るような事は無かった。


このゲームが終わった時、俺は一体どうなるのだろうか。

元の俺はこうしてもう死んでしまったのだから、誰かの体のまま生きるのだろうか。

そんな取り留めもない事を考えながら、俺は淡々と死体を処理していた。

不思議と、死体を扱うことに忌避感などは感じなかった。



――――



「駄目だ、やっぱりあいつの持ち物は他にはねえな」


そう言って俺を襲った追い剥ぎの男――カザクは酒を飲む。

隣にはしなだれかかる用に寄り添う半裸のアニータがいた。


「でも金貨1枚と銀貨30はあったんでしょう? 久しぶりのいい獲物だったねぇ」


「そうだな、これで食うだけなら半年は困らねえ」


そう言ってカザクとアニータは笑った。



あれから数日経ち、俺は今の状況が段々と飲み込めてきていた。


今の俺は狩りを生業としているロッシという男で、年齢は23歳らしい。

少し頭が弱いともっぱらの噂だ。


そして昼間から酒を喰らっているのがロッシの兄であるカザク、そしてその情婦であるアニータ。

現在はこの3人が一緒に生活している。


カザクは一言で言ってしまえば町のチンピラのようなものだ。

ただ喧嘩はそこそこ強いらしく、この辺りでは多少名の知れたワルらしい。


基本的にはアニータが金を持っていそうな客を引き込み、カザクが脅して金を巻き上げ、必要とあらば殺す。

ロッシは万一カモが逃亡した際に狙撃する為に、近くに配置しておくのがいつものやり方なんだそうだ。


とは言え、あまり殺しすぎると警備隊が動くので、大抵カモになるのは町の外から来たよそ者という事らしい。

以前の俺は正にうってつけの獲物だったという訳だ。


「でも……あいつ本当に大丈夫なのかねぇ、魔術師が動いたりしないよね?」


「大丈夫だ、誰もあんな商人知ってる奴いなかったし、お偉いさんでもねえ。

町の外から来た駆け出し商人がいなくなった程度じゃ魔術師は動かねえよ」


「だったらいいんだけど……」


魔術師というのは魔法が使える人間の事で、一般的には非常に地位が高い存在だ。

大抵は国や貴族に囲われており、様々な研究や活動を行っている。


その仕事の一つとして、探知系の魔法を使った犯罪捜査などがあるのだ。

警備隊だけでは解決困難な事件も、魔法を使えばあっという間に解決……なんて事は珍しくない。

しかし魔術師を動かすにはコストがかかる上に、数も少ないため、一般人が対象の殺人事件や行方不明者の捜索程度では出てこないらしい。

それでも連続殺人事件などの大事件となれば話は違ってくる。

なのでカザク達はそうならないよう、期間を空け、余所者を狙うなど相手を選びながらこの仕事を行っているようだ。


「どれ、じゃあもう一発やってから少し遊んでくるか」


「あんもう、せっかくの大金全部スっちまわないでおくれよ?」


「大丈夫だ、金貨には手を付けねえよ」


そんな会話を交わしながら二人は俺の目の前で盛りだす。

いつもこの調子だ、俺の目は障害にならないらしい。


というのも、俺――俺の前の人格であったロッシという男は、軽度の知的障害者だったらしい。

自己を主張するような事はほとんど無く、兄であるカザクの言う事を何の疑いもなくこなす都合の良い存在であったようだ。

俺が追い剥ぎの分け前として金を要求した時、二人はたいそう驚いていた。

怒鳴られるかと思ったが、カザクは意外にも素直に小遣いをくれた。

というのも、このロッシという男はちょっとした弓の名手であるようで、万一暴れられると自分が危ないと思ったのだろう。


渡された銀貨は5枚。

殺人の実行犯としては非常に少ないような気がするが、ここでゴネて変な疑いを持たれても困るので大喜びしながら受け取っておいた。




「……さてどうするか」


俺はカザク達が盛っている様子をしばらく眺めた後、一人外へ向かう。

数日歩いてこの辺の地理もそれなりに理解できてきた。


ここは城塞都市リカオンの中央付近にあるスラム地区らしい。

この土地に始めてきた時に俺が立っていたのが、リカオンの中心地とも言える商業地区。

そしてそこから北と西の方角に、それぞれ城郭都市の外に出る門と壁がある。


このリカオンは城郭都市という名ではあるが、四方全てが壁で囲まれている訳ではないようだ。

聞くところによると、この土地は4つの湖と多くの河川に囲まれ、南方に広がる巨大な山脈――ティラノ山脈のおかげで、非常に守るに適している地形なのだとか。

しかもティラノ山脈から注がれる豊富な水資源のおかげで、この地は非常に豊かなのだという。


そしてその豊かさの象徴こそが、南にあるティラノ山脈の麓にそびえ立つ白亜の城。

この国の王が住む大宮殿「ホワイトパレス」なのである。


地上にいると、雑多に並んだ家々の影に隠れて見えにくいが、適当な家の屋根に登って南を見ると一目瞭然だ。

眼前に広がる大山脈の麓……から少し登った位置に、白い巨大な建造物が立ち並んでいるのが見える。

恐らくちょっとした遊園地程度の広さはあるだろう、山の高台にあんな建造物を建てるのがどれほど大変なことか。

学のない自分でもそれが容易ならざるものである事は理解できる。

それをやってしまえる国力が、この国にはあるということだ。


回りを見渡せば、今日も巷は人で溢れている。

あのスーツの男はこの城郭都市の人口が約4万人と言っていたが、それはあくまで壁の中だけの話だろう。

何故なら、北を見れば大きな湖の向こう側にも、ここと同じ様な住宅街が延々と続いているからだ。

壁の外も含めたら、この国の人口は十万は軽く超えるのではないだろうか。


そんな一見順調で、何の問題もないような国の王を殺せとあのスーツの男は言う。

一体何故だろうか。

それに何の意味があるのだろうか。

考えてもわからない。

そもそも俺に他の選択肢はない上に、以前の記憶も無くしているとなれば、考えたところでどうにもならない。


「まずは与えられた目的に沿って動くしか無いな……」


誰にともなくそう呟くと、俺は屋根の上から飛び降りた。


どうもこの体になってから、以前よりも体が軽く感じる。

狩りなどで鍛えられている分、反応が良いのだろうか?

そして何よりも、この体になって驚いたのはその視力の良さだ。

普通なら双眼鏡でも使わなければ確認できないような遠方でも、しっかりと確認する事が出来る。

しかもじっと目を凝らすと、さらに遠くまで見ることが出来るのだ。


いくら職業が狩人であったとしても、この性能はちょっと異常である。

もしかしてこれが、このロッシという男が持っていたスキルという事なのだろうか?

何かに書いてあれば分かりやすいのだが、自分の能力が表示されているものなどあるはずもないので、恐らくそうなんだろうと納得するしかない。


本当に不親切なゲームだ。



「ローシー?」


屋根から飛び降りた所、妙に間延びした声に呼び止められる。

振り向くとそこには、ボロボロの人形を抱いた一人の少女がいた。


「やあマーサ、こんにちは」


「こぉんにちは」


俺が挨拶すると、その少女もペコリと頭を下げる。


この少女はマーサという。

この辺に住んでいる孤児で、歳は14歳。

どうやら知的障害があるようで、言葉が上手く話せない上に知能も少し低めで、複雑なことはあまり良く理解できない。

外を歩いていたら話しかけられたので、恐らく以前からの知り合いだったのだろう。


「今日はどうしたんだ?」


「えぇとね、ローシーは今日は、おしごとないの?」


「今日はお休みだよ、お金が入ったから何か食べに行こうと思ってたんだ……そうだ、マーサも来るかい?」


「マーサに、お金、くれるの?」


「ご飯をたべさせてあげるよ」


「いくー!」


感覚としては小学校の低学年と話しているようなものだろうか。

見た目のとギャップがありありだが、その辺はもう慣れた。


それよりも、この少女の存在は俺にとって幸運だった。

どうやらこの少女、俺の事を非常に信頼しているようで、俺の言う事なら大抵は素直に聞く。

昨日もほぼ一日中、この辺りの事について質問していたのだが、嫌な顔一つせずにずっと自分の持つ知識を話してくれた。


今日はその礼も兼ねて、マーサに普通の飯を奢ってやるとしよう。

金に余裕があるとは言えないが、まあこのくらいは問題ないだろう。


俺はマーサと一緒に商業区の大通りへと向かう。

途中はぐれないように、マーサの手を握った。

見た目は大きいが心は子供なのだ、迷子になってしまう可能性も無くはない。


「あっ!」


俺がマーサの手を握ると、マーサはびっくりしたように俺の手を振りほどいて後ずさった。


「どうしたんだ?」


「う、ううん、違うの、びっくりしたの」


びっくりした?

確か最初会った日も手をつないだと思ったが、その時は特に何も無かったはずだ。


「つなぐのは嫌か?」


「ううん、嫌じゃない、手、繋ぎたい……」


念の為確認すると、マーサは俺に向かっておずおずと手を差し出す。

その手を握り返すと、その手はほんのりと熱を帯びていた。


「どうしたんだ、今日は何か変だぞ?」


「ちがうの、ろーしー、最近すごく……大人みたい、かっこよくて、どきどきしたの」


「俺は前から大人だぞ」


「ふゅぅ……」


歩きながらマーサの顔を覗き込むと、うつむき加減の顔には赤みがさしている。

どういう事だ? 最近かっこいい?

自慢ではないが今のこの顔は、ぬぼーっと間延びしたいかにも間抜けそうな顔だ、この前川で確認した。

それをかっこいいとはどういう事だ、美的感覚が俺と違うのだろうか。

もしくは、俺が乗り移ったことで以前の顔と変わっているのか? それだと少々マズイな。


「顔変わったか?」


「……ううん、喋り方、大人っぽくなって、すごく、その……ふゅぅ」


チラチラをこちらを見ながらテレているマーサを見て、俺の中で思い至る事があった。

変わったのは顔じゃない、行動や言動だ。

別人になったのだから当たり前といえば当たり前なのだが、これは気を付けないとこの先マズイことになりそうだ。

とは言え、以前の人格の行動を真似するなんて出来ないし、どうしたら良いのだろうか……


しかし、行動が変わった程度でこのテレ様は何だ?

その原因をいくつか思い描いた所で、またもやピンとくるものがあった。


「マーサ、俺の事好きなのか?」


「ふぇ!?」


俺の質問にビクッとして立ち止まり、顔がみるみる赤くなっていく、まるでゆでダコのようだ。

その様子に、俺は自分の考えが正しかった事を確信する。

間違いない、マーサは俺に好意以上のものを持ち出しているのだ。


知能は遅れているとしても体は14歳、思春期真っ只中だ。

そういう感情が起きたとしても不思議はない。

さらに言えば孤児で障害持ちなど、普通の手合いにはまず相手にされない、そこで同じように障害持ちだった以前のロッシと親しくなっていった。

しかしその相手が最近急激に大人びてきたのでドキドキしている……そんなところだろう。


俺は立ち止まって、マーサの両肩に手を置いて、瞳を覗き込む。

顔を赤くしながら微妙に震えている様が妙に可愛らしい。


「俺はマーサが好きだよ、マーサは?」


「あ……ああ、あ」


しばらく見つめ合い、何度も何度もどもった後に、蚊の泣くような声を絞り出す。


「……すき」


目に涙を浮かべながら、やっとのことでそれだけ絞り出したマーサの頭を撫でる。

そして、心の中でほくそ笑んだ。


この感情は使える。


少なくともこの体でいる間は、マーサは俺の事を裏切らないだろう。

どんなに頼りない相手であろうと、自分の側に立つ人員が増えるというのは大きい。

行動の幅が確実に広がるからだ。


「それじゃ飯を食いに行こうか、今日は固いパンじゃなくて、なんでも好きなもの食べていいからな」


「……う、うん……うん!」


マーサは受け入れられたという喜びと食い気で完全に舞い上がっている。

俺も予想外の拾い物に気を良くし、再び大通りを目指して歩き出そうとした時だった。



「おい、そこの貴様、その少女に何をするつもりだった!?」



人の少ない裏通りの横道からそんな声が響く。


誰だ?


その声が自分に向けられたものではない事を祈ったが、どうやらそれは聞き届けられなかったようだ。

声のした方を振り返ると、そこには軽鎧に身を包んだ女性の兵士らしき人物がこちらを睨んでいるのが見えた。


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