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今日からぞんび 第2話

次に目を開けると、そこは雑踏の中だった。


石造りの建造物が立ち並び、通りを人々が忙しそうに行き交っている。

あちこちからは人々が立てる様々な生活音が聞こえてくる。

道端の雑談、商人の商売文句、売り子の声、口喧嘩の怒声、誰かを呼び止める声、叫び声……

なかなか混沌とした町のようだ。


耳を澄ませば、どんな会話がされているのかは把握する事が出来る。

見たことのない町並みだが、会話などは問題なさそうだ。

もっとも以前の記憶が無い俺には、ここが本当に初めて来た場所かどうかなど知りようもないのだが。


俺は路肩に寄り、まずは自分の身を確認する。

……とりあえず服は着ているようで安心した。


その他の持ち物としては、肩からかけてある革製の小さなバッグだけだ。

早速中を確認してみると、一本の短剣と、銀色のコインが何枚か入っている。

恐らくこのコインはこの町で使えるものなのだろう……そうでなければただのゴミだ。


あのスーツの男は、これをゲームだと言っていた。

ならば初期の荷物としてゲームに無関係なものを持たせる事もあるまい。


「仕方がない、まずはあの男の言葉通り、王とやらを殺すことを目標にして動くしか無いな……」


見知らぬ男の言いなりになるのは少々癪ではあるが、状況が分からないでは反目のしようもない。

まずは出されたお題に沿って動くのが妥当なのだろう。


「となるとまずは情報収集か……」


何しろこの土地の事は何も分からない。

目標の王がどこにいるのかすら分からないのだ。


俺はしばらく近くの建物に背を預け、大通りと思われる場所を行き交う人々を眺めた。


……実に様々な人間がいる。

しかしその殆どは俺に全く興味を示す様子はない。

俺は現在、ゾンビのような存在になっているとあのスーツの男は言っていたが、こうして普通に振る舞っているだけならすぐに怪しまれる事はなさそうだ。


時折、ちらりとこちらを見て訝しげな顔をする者もいる。

あれが「感知」の能力を持っている者なのだろうか?

もしくは、昼間から大通りを眺めているだけの男を訝しがっているだけだろうか。

どちらにしろここからでは判断がつかない。

まあ大きな騒ぎになっていないのでよしとしよう。




「ちょいとお兄さん、さっきからそんなところで何をしているんだい?」


2時間程そうやって通りを眺めていただろうか。

不意に建物の陰から出てきた女に声をかけられた。


歳は20を少し過ぎた程度だろうか、派手な色の衣服と化粧が印象的な女性だ。


こんなにも早く声をかけられると思っていなかった俺は少し身構えてしまう。

この女性だ誰だろうか、何故俺に話しかけてきたのだろう? どう対応したらよい?

頭の中は軽くパニックになる。


「……貴方は?」


気さくに話しかけてくるところを見ると、俺の正体がばれているという訳では無いようだ。

俺は無難に相手の素性を聞くと、女はきょとんとした後に、ケラケラと笑い始める。


「ああ、アタシはほら、こういうモンだよ」


女性はそう言って派手な服の裾を持ってヒラヒラと振るのだが、俺にはそれが何を意味しているのか分からない。


「……踊り子?」


「ぶっは、そうかい、踊り子かい……まあ似たようなもんさ、踊りを踊るには違いないね」


女性はそう言ってひとしきり笑った後、俺の耳に口元を寄せて囁いた。


「でも、踊るのはアンタの上でさ……」


同時にほんのりと良い香りが鼻腔をくすぐる。

そして理解した、この女性は娼婦なのだろう。

昼間から大通りをボケっと眺めている男を見つけて、売り込めると思ったのだろうか。


娼婦……娼婦か……仕事柄、この土地に関しての幅広い情報を持っているのかも知れない。

ここで買う買わないは抜きにしても、少しゆっくりと話を聞いてみるのも良いかも知れないな。


「分かった、少し話をしたいのだが、そういうのは問題ないか?」


「もちろんいいよ、コッチでもソッチでも、いくらでも語り合おうじゃないか」


「お代は?」


「先に金の話なんて無粋だね、でも嫌いじゃないよ……そうだね、銀貨2枚でどう?」


言われて俺はバッグの中を確認する。

大小合わせて30枚程度の銀貨と、その中に紛れるように1枚だけ金貨が入っている。

この金がどの程度の価値があるのかまだはっきりとは分からないが、どうせここに根を張って生きるわけじゃない、ケチっても仕方ないだろう。

何事も最初が肝心と言うしな、ここは言い値で良い。


「分かった、最初に半分だけ渡しておくよ、その方が貴方も安心だろう?」


「え? え、ええ……」


俺の提案に娼婦の女性は驚いたように目を丸くして首を縦に振った。

やはり相場よりも吹っ掛けられていたという事なのだろう。


「あ、あんた、何をしてる人なんだい?」


「駆け出しの商人だよ、今日この街に来たばかりなんだ」


「へえ、商人って儲かるんだねぇ、名前聞いてもいいかい?」


「ああ、俺は……サカキだ」


「変わった名だね、私はアニータさ、よろしくね」


事実と出まかせを織り交ぜて話すと、娼婦の女性は笑顔でそう名乗った。

やはり気前の良いところを見せておけば警戒も薄れるというものだ。

後はこの女性――アニータからこの町の基本的な情報を聞き出そう。

その前にとりあえず、金を払った分のサービスを受けるのもやぶさかではないな。


アニータに手招きされ、家の間の狭い路地を歩きながら、俺はそんな事を考えていた。





……のが、つい30分程前の俺だった。

では今はどうなのか。


俺は今、狭いあばら家の中で人相の悪い男に脅されている真っ最中である。

アニータに誘われ裏路地の奥まった場所にあるあばら家に連れてこられた俺は、家に入るなり中にいた男に大ぶりのナイフを突き付けられ監禁されたのだ。


これはあれか、俗に言う美人局というやつか……

どうやら油断が過ぎたらしい、この町の状況が分からない内に知らない人間に着いていくべきではなかった。

自分の中で「このくらいなら大丈夫だろう」という油断があったのは確かだ。

肝心なところは思い出せないままだが、どうやら以前の俺は相当平和な世界で生きていたようだな。


「ようし、動くなよ、出すもん出しゃ無事に帰れるからよ」


目の前にいる男が、ニヤニヤ笑いながら俺の眼前でナイフを揺らす。

その様子は手慣れていて、とてもこれが初めてですというような感じではない。

アニータのトークもぎこちない部分はなかった、つまりこの二人は追い剥ぎの常習犯という事だ。


次に俺は、ここに来る前に出会ったスーツの男の話を思い出す。

ここはそれなりに警察機構がしっかりしているらしい。

それなりというのがどういうレベルなのか今となっては疑問だが、少なくとも無法地帯ではないのだろう。

そんな場所で俺が開放されたらどうするか。

もちろんそういう場所に泣きつくに決まっている。

そこから考えられる展開は何か。


一つは、この二人がそういった公権力と付き合いがあり、俺の訴えは握りつぶされるという可能性。

もう一つは、そもそも無事に帰すつもりがないという可能性だ。


前者は恐らく無いだろう。

公権力と繋がりがあるにしては、やっている事がお粗末すぎる。

となれば恐らく、最初から俺を帰すつもりはない。

モノを取ったら後は、どこかに売られるか、殺されるか……


全く、初っ端から大チョンボをしたものだ。

こんなんで本当に王を殺す事なんてできるのだろうか。


早くも色々と嫌になりながらも、次の行動を考え出す。

あのスーツの男は言っていた、俺には特殊な能力があると。

その一つに、自分を殺した相手に乗り移るというものがある。

これから先のゲームで最大の鍵となる力だと、あの男は言っていた。

そしてその力はチャージされた状態から開始されているらしい。つまり今俺は、とりあえず1回までは死んでも問題ない状態という事になる。

何とも信じられない話だが、それを言うならあのスーツの男に出会ってから今まで起こっている事全てが信じられない事である。

今更伝えられた内容の真偽を考えても意味の無い事だ。


となれば、ここで取るべき行動は一つ。


「ちょっと待ってくれ、分かった、金は渡す、渡すから命だけは助けてくれ」


「へへ、素直に出すもの出してりゃ何もしねえよ」


全く説得力のない事を言いながら、追い剥ぎの男はナイフの側面を自分の掌に打ち付ける素振りをする。

完全にこちらを舐めきっているようだ。


俺はカバンから金を取り出すふりをして、カバンの中にあった小型のナイフを手に取る。

そして油断していた男の右腕に手を伸ばすと、その手首を掴んだ。


「なっ!? こいつっ!」


突然の反撃に驚いた男は俺の手を振りほどこうと暴れるが、想像以上に抵抗が小さい。


「何だこいつ、すげえ力だクソっ!」


男の手首を完全に取った事を確認すると、俺は素早くナイフを引き抜く。

しかしここでまた誤算が起きた、ナイフが鞘から抜けないのだ。

それもそのはず、ナイフの鞘には簡単に抜け落ちないようにするための止め紐が付いていたのだ、なんともありがた迷惑な心遣いである。


「くそ仕方ねえ! ロッシ! ローッシ!」


ナイフが抜けない為、仕方なくナイフの柄の部分で殴りかかろうとしたその時、追い剥ぎの男が誰かを呼んだ。

この上増援が来るのはマズイな……そう考えた次の瞬間、頭がもぎ取られるような衝撃が走る。


「(何だ!?)」


俺は何が起きたのか分からず、横殴りに吹き飛ばされ、床に崩れ落ちた。

何かで殴られたのだろうか、それにしては不思議と痛みは無い。

急所が外れたのか?


そう思い、床に手を付こうとして愕然とする。

体が全く動かないのだ。

そして間もなく、口の中に液体が溜まっていく感覚があった。

息をしようとすると、喉がゴボゴボとおかしな音をたてる。


そして自分の身に何が起きたのかすら分からないまま、俺の意識は急速に暗転した……



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