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ただそれだけを

 

「人類を増やそう」


 放課後、2人きりの教室で。

 幼なじみのあいつがえらく真剣な顔で発したとてつもなく馬鹿みたいな言葉を、いつもの通りに鼻で笑って切り捨てる。


「またわけのわからんことを……」


「わけわかんなくねーよ!

 あれだよ、あれ、ゾンビ!

 あいつらのせいでごりごり人類減ってんじゃん!

 だから!今こそ!人類を増やそう!」


 見下したような俺の視線にもめげずに勢いよく続けられたあいつの言葉に、テキトーにうなずいてテキトーに返す。


「ああ、なんかすごいよな」


 ここ最近世間をにぎわせているゾンビ騒ぎ。

 世界のあちこちで誰が死んだの、どこの街が滅んだの。

 連日ニュースで流れるゾンビ被害はあまりにも現実味がなくて、平和な日本で平和に暮らしている一介の高校生の自分では、『なんかすごい』なんていうふわふわした感想しか出てこない。

 だが、たしかに、今()()()()()人類は滅亡の危機に瀕しているらしい。


「すげぇやべぇよな。

 そこで、俺は、とびっきりの作戦を思い付いた!」


 胸を張りながらあいつが発した言葉にため息で返す。

 元々日本の人口は減少傾向にあって様々な立場の大人たちが知恵を絞っていたというのに、今さら俺と同じく一介の高校生のあいつがどんな策を思い付いたというのだか。

 というか、手を動かせ。お前が任せられた雑用だろ。

 しばらく無視して作業を続けていたが、『さぁ訊いてくれ!』とばかりのあいつの視線と表情に負けて、渋々口を開く。


「……ほう、そいつはすごいな。

 具体的にはどんな作戦なんだ?」


「種まき!」


「……がんばれ」


 人類を増やすため、で、種まき。

 ということはあいつはハーレムでもつくるつもりなんだろうか。

 テキトーな激励の言葉をかけて話を打ち切ろうとしたら、あいつにがっと肩を捕まれた。


「ばっか俺じゃねーよ。俺じゃ無理なんだよ。

 イケメン、すなわちお前が、あっちの美少女そっちの行き遅れこっちの喪女と食い散らかして種まきしまくって人口減少を食い止めるんだ。がんばれ」


「断る」


「そこをなんとか」


「俺にだって好みくらいある」


「……まあ、そりゃそうか」


 一応は引き下がったもののまだ不満げなあいつの態度に嫌な感じがして、俺の肩をつかんだままのあいつの手を握りながら、きつく睨み付ける。


「おい、子どもはできて産まれてはいおしまいじゃねーんだぞ。

 そんな無責任なことできるか」


「まっじめー。イッケメーン。

 ちっ、それじゃあお前のハーレムのおこぼれ貰おう作戦は無理かぁ……」

 本気なんだか、冗談なんだか。

 すねたような表情で漏らされた言葉に、呆れたような、納得したような、複雑な気分にさせられた。


「ああ、そんなこと考えてたのか。

 ……友人の手垢ついた女なんて、抱く気になるのか?」

 えらく回りくどいし、あまり楽しくもなさそうな考えだ。

 そう思って露骨な表現で尋ねてみても、あいつは特に表情も変えずに口を開く。

「んー、別に俺処女に拘るわけじゃないしー。

 いいじゃん俺ら今でも兄弟みてーなもんなんだし、穴きょっ……!」


 バシンッ!


 みなまで言わすか。

 穴兄弟などという下品な単語を発しそうになったあいつの頭を平手で殴り、言葉を止めさせた。


「いってぇ。

 まあ、それは冗談にしても、みんなちょっと人肌恋しいっつーか、なんとなく誰かといっしょにいたい感じっつーか、ほら、お前に告白してくるやつ、目に見えて増えたじゃん?」

 ちっとも堪えてなさそうなあいつは、いたって普段通りの表情でそんな質問を投げ掛けてきた。

「……ああ、ゾンビに殺される前に、思いを告げておきたい、とかなんとか」

 そんな言葉からはじまる愛の告白を連日受けているのは、たしかに事実だ。

 自分があいつが言うようなイケメンだとは思わないし、あいつの見てくれも悪くはないと思うのだが、まあ、告白された数でいくと、俺とあいつの間には確かな差がある。


「だーよなー。

 だから、今ならハーレムでも人口増加でもお前ならできる流れだなーって思ったんだよ」

 そう繋がるわけか。

 諦めきれてなさそうなあいつを、今一度きつく睨み付けて釘を差す。


「しねーよ」


「わかったわかった。

 ま、お前がその気がないんなら仕方ないよな。もったいねーとは思うけど。

 ……なぁ、お前にはねーの?ゾンビに殺される前にしておきたいこと」

 ため息とともにあいつが漏らしたのは、そんな言葉。

「しておきたいこと……、ねぇ」

 思案する俺を、あいつが好奇心をその目に宿し、観察している。視線がくすぐったい。


「それこそ告白ー、とか、俺なら童貞捨ててー、とか」

 告白なんて、たとえこのまま世界が滅んでも、絶対にできない。しない。したくない。

「まずゾンビに殺されたくない」

 ごまかすように、本心ではあるけど核心ではない言葉を口にした。

「わかる。

 なんだよ精神乗っ取られて体腐り落ちて死んでまた別の誰かを殺す存在に成り下がるとか。こわすぎる。理不尽」

 あいつはうつむき、ふるふると頭を振った。


「いやでも!だからこそ!童貞のままゾンビ化とか嫌すぎる!

 なーなー、ハーレムつくってくれよー。そんで俺にもおこぼれくれよー」

 ばっと顔を上げたあいつは、やっぱり諦めていなかったらしい。

 そんな懇願を俺にした。

「……そこまでなりふりかまわないんなら、俺が振った女を優しく慰める、とかでいいだろ。

 傷心のところにつけこめばいい」

 あとすこしで終わりそうな雑用を適当にこなしながら、テキトーな提案をテキトーにした。


「……それだ!

 さすが!ナイスアイディア!」

 いきなり大きな声を出したあいつに驚き思わずその顔をまじまじと眺めれば、あいつはきらきらとした表情で俺のテキトーな提案を讃えていた。

「じゃあ……、次、誰かに告白されたらお前に報告してやる。

 テキトーに口説け」

 テキトーな提案を重ねれば、あいつは嬉しげにこくこくと頷いている。マジかよそれでいいのかよ。

 プライドとかないのかこいつ。まああったらハーレムつくっておこぼれよこせなんて言わないか。


「うぉおマジかよなんか興奮してきた。

 っつーかお前相手が誰かもわかんないのに告白されたら次もふる確定なのか?」

 そこそこ失礼なことをつらつらと考える俺に、あいつはそんな疑問を投げかけてきた。

「今のところ彼女をつくる気は一切ないからな」

 というか、俺は女の子は無理だからなぁ。そこまでは言えないが。


「枯れてる……!

 え、本当にそれでいいのかよ。

 明日にも世界滅びるかもなんだぜ?

 お前も好きな相手も、みんなすぐに死ぬかもなんだぜ?」

 真剣な表情であいつが訊く。


「たとえ……、たとえ明日世界が滅んでも、明日俺の体が腐り落ちてしまっても、……それでも」


 それでも、『俺は、お前が好きなんだ』なんて告白は、絶対にしない。


 ゾンビに【感染】してからしばらくは自我が保てるらしいけど、確実に自分が死ぬってわかったとしても、それでも、絶対に言えない。

 言わない。

 言えるわけがない。


「……俺は、こうやってお前と馬鹿話してぐだぐだしてっていう日常を、崩したくない」

 嘘ではないけれども、核心からは微妙にズレた言葉を、口にした。

 ごまかすのは、恋心を隠すのは、慣れてる。

 きっと、たぶん、いつも通りの無表情を貫けたはず。


「いつも通り、普通がいちばんしあわせって?

 達観してんなぁ!

 まーそういうのもひとつの考えか……」

 あいつはそういって苦笑した。


 あいつにかわいい彼女ができて、童貞も捨てて、まあ具体的に想像すると嫉妬もするけど、それでも笑顔で『よかったな』って言えますように。

 それが、俺の本当の願い。

 ゾンビが世界にあふれでて、あちこちで人が死んで、そのときに自覚した願いは、そんなささやかなもの。

 最悪におそろしいゾンビよりも、世界の滅亡よりも、あいつに彼女ができることよりも、あいつに嫌われることの方が、こわい。

 男同士なんて考えもしない、女の子のことが大好きなあいつに、嫌われませんように、友だちでいられますように。

 死すら終焉を迎えた世界で、自分が自分である最後の瞬間まで、あいつの友だちでありたい。


 俺は、ただそれだけを願う。


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