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貴方を喰む夜

 ――ええ、まあ。皆様のご不安はもっともであると考えます。私共といたしましても現在懸命な調査を行っているのですが、何分この度の調査に日本は参加していなかったものでして。諸国に問い合わせている次第であります。ただどこもパニック状態でして、全容の解明となりますと一体何時になることやら……。

 私ですか? はい、確かに私は現場に居合わせませておりましたよ。私的な友人に頼み込みまして。どうしても調査に参加したいとお願いしたところ、渋々ながら了承をいただけました。何にも触ってはいけないという、私の強い好奇心にはいささか厳しい条件付きですがね。ハハ……。

 おや皆様方、ずいぶんと険しい表情をしているじゃありませんか。……この非常事態に笑っている場合ではない? ははあ、倫理の問題でしたか。これは大変失礼いたしました。今宵はあまりに気分がいいので、つい。では少し真面目にお話をするとしましょう。

 はい、ご推察通り私はアレらを目撃していました。と言ってもほんの少しですがね。さすがに全部は見られなかったでしょう。

 それでも、今は私が一番事情を把握しているのでしょうね。……ええ、ええ。ちゃんと説明しますよ。そう急かさないでいただきたい、これほど喋るのは本当に久しぶりなのですから。元々得意ではないというのもありますけどね。

 急がず慌てず、少し長いかもしれませんがお付き合いいただきたい。まあまあ。そうイライラせずに。


 どこから話したものでしょうかね、ううん……。もしかすると前提となる知識にズレがあるやもしれませんので、本当に最初からお話ししましょうか。

 世界地図は覚えていらっしゃいますか? メキシコの場所はおおよそお分かりになりますでしょうか。……馬鹿にしているのか? いえいえ、そんなつもりは毛頭御座いませんとも。

 お分かりになるならば話は早い。北米、メキシコの深い深い森の奥、新たに遺跡が見つかったのがつい数か月前の事でございました。非常に保存状態がよく、戦争の跡も略奪の跡も見られませんでしたね。ただ、どこかへ移動していったようにも思われないのですよ。だって、移動に必要な道具や食料は遺跡にそのまま見られたのですから。突然家財道具の一切を残して一民族が消えたのですよ……。まるで神隠しのように……。

 随分とホラーチックなお話ということで、ここ日本でもちょっとした特集が組まれたようですね。想像するに背筋がひやりとするような、それでいてどこか浪漫のあるお話ですから。……他に似た事例と言いますと、航海中の船でもそのようなことがありましたっけ。その日の朝食が遺る、時間が止まった船内に、何故か乗組員は一人もいなかったとかいう……。ええ、あれと似たようなものですね。

 ああ、失礼しました。ともかくそういう遺跡があったのですよ。位置的にメソアメリカ文明に分類されるのですが、なかなか変わったものが見られる文化でしてね。発生時期も民族系統も不明で、加えてかなり排他的だったようですから、独自の色をあの森奥で育んでいたのでしょう。

 最大の見どころはやはり宗教でしょうか。原始宗教に支配された場所らしく、周囲の家々に比べるとやや不釣り合いであるとさえ思える豪華な装飾の祭壇などがありましたね。ええ、集落の中心にあるのですよ。そこから無垢な巫女が神の言葉を受け、政を行っていくと。……特に変わったものではない? ああ、まあそうですね。ここは世界のどこでも見られたものですから。……まあまあ、そう急かさないでくださいよ。ちゃんと順を追って説明しているのですから。

 この原始宗教に特異な点が見られたのはその生死観です。それがかの原始宗教を支えていた根本であるらしいのです。来世信仰と言うべきか、復活信仰と言うべきか……。本来の意味からすると後者ですかね。彼らの思想を知るのに最適の文があります。


『久遠に伏したるもの 死することなく 怪異なる永劫の内には 死すら終焉を迎えん』


 ……少々比喩的で分かりづらいでしょうか。要は死という概念そのものの否定、寿命という枷の否定だと思われます。死とは一時的な眠りに等しく、未だに我々の考える「生きている」状態にあるということですね。面白いことにこの文章は遺跡の至る所にありました。祭壇はもちろん、小さな椅子の足にまで。彼らの心を支える一文だったのではないでしょうかね。

 ……おや、またも怒っていらっしゃる。はあ、これもそう珍しいものでもないと。ええ。この手の考え方はわりと見ますね。そのものずばりでなくとも、古代エジプトのミイラやキリスト教の土葬は近いものがありますでしょうし。そういえば遺跡からエジプト伝来と考えられる装飾品が出土しまして……ああ、そんなに怒られては私も話しにくいのですが。なになに……もう待っていられない? 本題を話せ? 装飾品についても語りたかったのですが……仕方ありませんね。

 原始宗教の根本には特異な生死観があると述べました。しかしご指摘通り、私の説明したものはそこまで変わったものではありません。ええ、いたって普通なのですよ。表面上は。


 ――あの日。私は友人に感謝しながら、すぐさまメキシコへ直行いたしました。際限なく期待感を煽ってくる伝聞に浮かれていたのでしょう。さらに私はついた途端に友人をせっつき、ひと時も休む間もなく遺跡に向かったのです。もう薄暗いような時間だったのですがね。そのため森奥だけあって、他の正式な研究チームはもう撤退していたようでした。

 私は激しい喜びと若干の恐怖に駆られながら見て回りました。原始の跡がくっきり残る、血生臭さがまだ残っているのではないかと思えるほど気味の悪い遺跡でしたから……。建物の陰から誰かに見られているとさえ錯覚しましたよ。そういうのが専門の私ですらそうなのです。失礼ながら、皆様は近寄ることすらためらわれるでしょう。あるいは科学至上主義の方ならば平気なのでしょうかね。

 失礼。やがて、私は祭壇の前に来ていました。最後までなんとなく避けていたためにもうすっかり暗くなってしまっていまして、懐中電灯で照らしながら見る羽目になっていましたよ。ええ、自分で恐怖を増してしまったのです。夕日の加護があるうちに見ておけばよかったと切に感じています。

 祭壇に立って足元を見ているときでした。真ん中の方に細かな模様が彫ってありまして、それをしげしげと観察していたのですね。私はふと光の反射が一部おかしなことに気が付きました。言葉にしがたいのですが……そうですね……。光が吸収される線があったのです。そこだけはどう照らしても真っ黒なままという線が。

 好奇心に駆られ、触らないという条件は頭からすっぽ抜けてしまいました。私は直ちに欲の赴くままに調査を開始し、彫刻を嘗め回すように見て、触って、無理に力をかけてみることさえしました。素人もいいところの調べ方でしたが、それがかえって見落とされていたのでしょうか。ある方向に力を加えると、抵抗も少なく彫刻の一部が動いたのです。それと同時に、大地が唸るような地響きがひとつ……。

 私はあっと驚きの声を上げました。小高い祭壇の側部に、ぽっかりと穴が開いてしまったのですから。大人が屈んでようやく入れるような小さな穴の向こうは何も見えない本当の闇で……私には、その向こうから何かが手招きしているように感じられました。


 ここらで補足をしておきましょうか。かの原始宗教の生死観からすると、死体――死んでいる体、というのは表現として不適切でしょうが、便宜上。彼らにとって死体は何よりも大事なものであるはずというのはご理解いただけますでしょうか。いくら死なないとはいえ体が無ければどうしようもないのですからね。先ほど挙げたミイラや土葬で考えればよくわかるでしょう。

 ええ。つまるところ、彼らにとって最も大事な財産は武器でも装飾品でもなかったのです。家財道具の一切が残っているのにもなんら不可解な点はありません。それはあなた方の価値観で言えば大切なものかもしれませんが、彼らにとっては取るに足らないものだったのです。


 ええ! だって、暗闇で宝石の輝きなど分からないでしょう! どこの世界にナイフを握って眠る人間がいましょうか! あなたは種をベッドに蒔きますか!?


 ――彼はやって来てくれました。手に持つ懐中電灯が少々無粋でしたが、朝を告げる小鳥としては及第点だったでしょう。私達の寝室を見て大層驚いていたようです。寝起きの姿をじろじろと見られるのは気恥ずかしいものでしたが……ええ。

 私の腕は彼の温かい体に絡みつきました。どっどっと激しい鼓動は心地よい煩さでした。それらがまたどんどんと弱っていく様も……。私と彼の意識が重なっていく時間も……。ああ、全てが愛しいものでした……。


 □ □ □


「おや、どうなさいましたか」


「私が怖いのですか?」


「大丈夫ですよ」


「私達は永い眠りから覚めただけの、ふつうの人です」


「……」


「返事がありません」


「おや?」


「……だれと話していたのでしたっけ」


「ここは?」


「……」


「…………ええと」


「………………まあ、いいか」


 □ □ □


 「彼ら」は生者を殺し精神を乗り移らせる。しばらくの間はまるで人間であるかのように振る舞えるが、奪った体が朽ちるとともに知力も運動能力も落ちていく。装えるのはせいぜい数か月だ。腐敗の始まった「彼ら」からは理性すら失われ、ただ欲望のままに、ただ動物的に動いていく。そうしてまた人を殺し、奪い、朽ちていくのだ。

 我々は、この醜い死者を『ゾンビ』と名付けた。


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