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「これは若君、どうなされた?」


 草の茂みに隠れる。

 中庭の掃除をサボっていて良かった。草がボウボウに生えているお陰で、私の身体は見事忍べているだろう。


「爺は日が暮れると直ぐに屋敷へ戻るからの。寂しゅうてならんのじゃ」

「わわわ、若君、そのような嬉しき御言葉! この爺あと百年は生きていけますわい!」

「そうか、百年も生きたら爺は妖怪じゃの」


 ハハハと楽しそうな笑い声。

 青年、という言葉が最も当てはまる声だった。それでいてどこか堂々としている。昔聞いた声より音が低い。


 というか若君様にも爺と呼ばれていたのか爺さん。

 若君様らしき若めの男子の声が聞こえたので、早く中に入って縁側から離れてくれないかなと願いつつ、私は頭に被った籠を深く被り直した。

 目の前が真っ暗で何も見えない。


「若君が姫を娶られ子をなすまでは、千年とて生きましょうぞ」

「わしのことはよい。それより爺が一人でいる方が心配でのう」


 けれどそれからも若君様が縁側から移動する気配はなく、ずっとそこで爺さんと話をしている。

 しかも気のせいでなければ爺さんがお茶をすすっている音も聞こえてきた。

 ……この野郎、よもや私がここに隠れていることを忘れているんじゃないだろうな。


「いやいやいや。若君のかぁ~わいらしいお子を、この目でしかと見るまでは! 爺は死んでも死にきれませぬ!」

「またそんなことを言うておる。心配せずともよい」


 とりあえず若君様への溺愛っぷりが半端ないことは分かった。

 あんなデレデレな爺さんの姿(声しか聞こえないけど)は今まで一度も見たことがない。


「此度の戦、明石の総大将はこのわしとなる。父上はむろん戦に出陣する気であったが、此度ばかりはどうにかと説得し城を頼み申した」


 けれど話の雰囲気が急に変わり、爺さんの茶をすする音も静かになった。爺さんが行くと言っていた戦の話だろう。

 もしかして若君様がここに来たのは、その話をするために?


「若君様……浦原は妖怪兵を五千率いているといいます。それにひきかえ、こちらの手のうちにいる妖怪兵は三百。東の初乃城にいる者を集めても四千には届かず、並大抵の兵では太刀打ちできませぬ」


「ごせん?!」


 妖怪兵が五千?!

 どんだけ集めたんだ浦原のアホ野郎!

 いい加減攻めるのを諦めたらどうなんだ!!


 爺さんが一筋縄ではいかないと言っていた意味が、今ようやく分かった。

 そんな、五千なんて。並大抵の数ではない。


「なにやつ、そこにおるのは誰じゃ」


 肩がビクッとはね上がる。

 数の多さに驚いて思わず声を出してしまったが、後悔しても時すでに遅し。

 口に手を当てても出した声は無かったことにならない。


「……」


 誰だ、と鋭い声で言われた私は出ようか出まいか迷ったものの、仕方なく草影からひょいと立ち上がった。

 けれど急に立ち上がったうえに籠を被って何にも見えないせいか、頭がクラリとする。


 しかし出たはいいが、あたりは何故かシーンとしていた。

 誰じゃと言われたので素直に出たのに、誰も何も言ってくれない。

 爺さんにあとで怒られそうな雰囲気だった。


「……なんと面妖な。おぬしは妖怪か?」


 若君様にお前は妖怪かと聞かれた。

 たぶん冗談とかではない。


「え? あの、ええと」


 まぁ白い小袖を着て泥だらけで籠を被ったちんちくりんが草陰からいきなり出てくれば、妖怪がいる世の中が当たり前だとするのなら、そう思ってしまっても仕方がないだろう。

 妖怪と言っても形は色々あるので、人間のような姿をした妖怪もいることにはいると聞いたことがあった。


「若君、あの者は妖怪では」

「さ、さよう! それがしは妖怪でござる!」


 爺さんの言葉を遮って断言する。


「これ! お前」

「妖怪でござる!」


 今日一番の声量だった。


 この二年間が戦場に私を出すためとは言え、勝手に呼び出されたうえに利用されようとしていたとは言え、この苦労してきた二年間が何の意味も無いことになるのは癪に障る。

 爺さんの為にとは言わないけれど、私が元の世界へ戻る方法を探すために、毎日書庫に籠って数時間出てこないことを知っていたし、成り行きでこうなったとはいえ乗り掛かった船だ。


 それに私が女だということ隠しておきたいのなら、こう言うのが一番である。妖怪に性別があるのかは知らないが、男か女か聞かれることは無いだろう。


「なれば、名を何と申す」


 若君様に名前を聞かれた。


 名前……? 

 本名はちょっとまずいし、妖怪らしい名前……ヌメヌメとかヌメ小僧とか?


「ぬめがけ、です?」

「ぬめがけ?」


 咄嗟に口から出てきた名前がそれで、自分でもどうかと思う。

 我ながら気持ち悪い名前だ。

 けれど生まれてこの方人目を気にして生きてきたことはないので別に構わない。


「えい!」


 私は若様に妖怪だと信じてもらうために、手から青色のヌメヌメをいっぱい出す。籠を頭に被っているのでまったく周りが見えないが、人には何にも効果がないようなので構わずベチャっとあちらこちらに飛ばす。

 ちなみに出し方は結構簡単で、野球玉を投げる想像をして手を丸めると青い液体が出てくる。あとはそれを狙ったところに投げればいい話しで、爺さんに鍛えられたおかげか今はたぶん三百メートル先まで飛ばすことが出来るかもしれないぐらいだった。


「見受ける限りこの土地の者ではないだろうに、ここで生きられるとは……。爺よ、何故隠しておった」

「戦には不向きなものです故、この屋敷にて手伝いをさせておりました」

「そうではない。妖怪だからと無暗やたらに戦へだすことはせぬ」


 私を戦へ出す気満々だった爺さんは、今はもう完全にその考えを無くしているようだった。

 戦とはこうも人の考えを、180度どころか360度以上回転させてしまうのか。

 色んな意味で凄い。


「ぬめがけというたか。怯えずとも、わしはそなたに何もせぬ。安心してこちらへ参れ」


 やばい。


 なんか来いって言われたけど、籠の中が暗くて何も見えない。

 考えなしにこれ被っちゃったけど今更後悔している。

 妖怪って言ったのもめっちゃ後悔してる。

 やっぱやめとけばよかった。

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