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それから場所を変えようということで城から連れられてやって来たのは、お城の外の直ぐ近くにある大きなお屋敷だった。
お城の一部かと思うほどに。
ここはどこなのかと聞けば、この烏帽子の爺さんの家なのだという。
金持ちかこの人。
けれど何故かこの屋敷の門しかり、塀しかり、初めて見た気がしない。
「鈴鳴り堂がある……」
「知っておるのか?」
それにこの爺さんの屋敷、私の神社と似た個所がいくつかあった。
大きな鈴鳴り堂がその証拠である。あれは大晦日の夜、私が年に一度鳴らしている、私の神社だけにあるものだった。
この私の目の前にある子像くらいの大きさの大鈴だが、私が住んでいる神社では古くからの伝統で、夜二時に何故かこれを一度だけ鳴らさなければならなかった。
鳴らし方は、紐を思いきり全体重を乗せて引っ張ってこの大きな鈴を揺らすだけ。だけ、とは言っても力がいるのでそれはそれでキツい。他の人間に代わってもらいたかったぐらい。
「知って……うーん?」
その特異性から何度か雑誌に載ったことがあるが、繋がりを感じずにはいられない。
もしかしたら私が生きていた時代の何百年も前の姿とか?
そしてこれも偶然かは分からないが、私の暮らしていた現代の精道神社には妖怪の絵巻物が何十とある。
けれどまともに見たことはなく、一度母と見て見たことはあるけれど、絵がおどろおどろしくて泣いた覚えがある。
それからその絵巻物は敷地内の蔵にしまったままで、見たことはない。
お爺ちゃんによれば、どんな妖怪がいて、どんな風に倒したらいいのか、みたいな現代ではさほど必要ではないことがつらつらと書いてあるのだと言っていた(というか現代に妖怪なんていない)。
「まこと奇天烈だのう」
爺さんにその話をすれば、苦い顔をされたものの身の上は一応は信じてもらえたらしく、そういうことなら悪いことをしたと屋敷にしばらく置いてくれることになった。また、元に戻す方法がまだ分からないため探すとも言ってくれた。当然そうしてくれなければ困るのだけれど。
しかし自分でも話していてあり得ないとこんがらがっていたのに、案外相手がすんなり信じてくれたことに拍子抜けした。
「んぎゃああああああ!」
……が、この世界に来て早三日目、私はここに来て一度逃げた(いつの間にか戦は終わっていた)。
もしかしたら、あの山を越えたら元の場所に戻れるかもしれないと思って。
「近づかないでぇぇええ!」
だけどそれは叶わなかったうえに、熊みたいな毛むくじゃらの妖怪と鉢合わせてしまった。
とことん運がない。
やばい死ぬこれ死ぬわやめて来ないで、と私は襲い掛かってくる妖怪にブンブン手を振った。
武器なんて持ってなかったし、自分史上精一杯の威嚇である。腕が外れそうなくらいだった。
しかしそうしていると、またもや雄叫びを上げる出来事が私の身に起きる。
――――ジュワ……
なんと変な青い液体が私の手から出てきて、何でか分からないがその妖怪をドロっと溶かしてしまったのだ。
えええ?! と自分の手を凝視したのもつかの間、まだ襲い掛かってくる妖怪に手から延々と出る液体を何振りかまわずかけると、いつの間にか妖怪は消えていた。
それから山を越えても結局何もないし、また妖怪に鉢合うし、良いことないし、しかも道中戦で死んだらしき人達の死体を見てしまったしで、この液体が出てくる自分の身体にも気味が悪くなった私は、また烏帽子の爺さんの所に戻った。
それはもうグスグス泣きながら鼻水を垂らして戻った。
一人でこの屋敷から出るなと滅茶苦茶怒られたが、液体のことを話せば今度は真剣な表情になり私にこう言った。
『極めろ』
いったい何を極めろと言うのか。
この液体をうまく出せるようになれと言われた私は、この烏帽子の爺さん、もといあの明石家の城付き陰陽師に隠れ育てられることとなったのだった。