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残された烏帽子の爺さんにここはどこなのかを問い詰めた末、分かったことがいくつかあった。
「戦国?! 妖怪?!」
「なんじゃ、その驚きようは」
まず一つ、ここは今戦国の世であるそうで、つまるところ戦国時代なのだということがわかった。
けれどあくまで予想であり本当に戦国時代なのかは定かでない。
社会科の勉強は苦手だったし、というか勉強は全般的に苦手だ。
今が何年かと聞いたら「こうじ一年」と返ってきたけれど、自分で聞いておきながらそれが何年かも分からないしどう書くのかも、というか本当にある年号かも分からないので一先ず横に置いておく。なら聞くなという感じである。
しかもこれも理解に苦しむというか、この世界の戦国では妖怪も入り混じり、領土争いという場所取り合戦的なものがとても激しく行われているらしかった。
この世界、なんてまるで別の世界にやって来たような言い方をしてしまったが、これがドッキリとかだったら相当手が込んでいる。
仕掛け人がねたばらししてきたらどんな反応をしたらいいのかな、と頭の中でシュミレーションをいくつか考えてみたけれど、しょせん現実逃避というものだった。
「あかしななまるきよなが様?」
ここの土地を治めているのは明石清正という戦国大名で、あの男の子はその明石家の長男である明石奈七丸清永という無駄に長い名前の人だった。
またこの領地にある珠石城の若君様であるという。
珠石城……どこかで聞いた事のある名前だと思ったのだけれど、確か私の住んでいる町にはそう呼ばれる城跡があったのを思い出す。
小学生の頃、何度も社会科見学で行かされていたので嫌でも記憶に残っていた。
「妖怪とかよく分からんのですけど、それ冗談ですよね」
「何をいうておる、誠の話じゃわ」
妖怪について突っ込めば、私の方がおかしいとばかりな態度をとられる。
何を言うておる、なんてそれは私の台詞だ。
「最近は特に増えておるわい」
この土地は古くから妖怪が生きにくい土地であり、妖怪がこの地に踏み入ればその生気を吸い取ってしまうと言われるほど妖怪に好まれない場所だったそうなのだが、近年この土地の力が弱まってきたせいなのか度々妖怪や歩兵を従えた奇襲や戦が多くなっていったのだという。
力のある家は妖怪を仲間に取り込み軍勢にしているらしいのだが、この明石家がおさめている領土は、土地柄妖怪の兵や仲間を取り入ることが出来ず難儀していたのらしい。
……なんて言われても根本からしてこれっぽっちも理解ができていないので、ようは妖怪が「蚊」だとしたら、ここは「蚊取り線香」みたいなところなのかと自分なりに解釈してみる。
「妖怪って人間の言うこと聞くんですか?」
「どうとも言えぬ。双方の企みのもと関係を保っているようなものじゃ」
妖怪は人間を食べる。
もちろん人間以外も対象に入るらしいが、人間が一番なのだという。
人間の大将に従い戦いに加勢するのは、敵の人間を食べても良いということと、死んだ人間を食べ放題という二点が妖怪側にとっての利点となり、また人間の大将側は妖怪を雇うことで武具などを用意する手間もなく、食料も敵を倒せばお金もかからないし人間より個の力が強いので頼もしい戦力にもなった。
そして、そんな双方の最低最悪の利害が一致して今日に至っているらしい。
「へ……へぇー」
本当に最低最悪だよ。
もう人間も妖怪と変わらないよ。
「あの、ところで何で私はここに? さっき儀式がどうとか殿がどうとか言ってござりましたよね」
状況に感化され過ぎて、ついに喋り方がおかしくなってきた私だった。
「あれは……本来なら、妖怪を出そうとしたのだ」
まぁそれはともかくとして。
明石の殿様はどうにかして此方側に着いてくれる丈夫な妖怪はいないかと、戦になる直前にダメもとで烏帽子の爺さんに頼んだらしいのだが(爺さんのは城付きの陰陽師だった)。
それならば、と爺さんの家に古くから伝わる巻物にあった呼びよせの陣というもので爺さんが妖怪を出そうとしたら、人間の私が出てきたということだった。
でもそこまで説明されてもやっぱり全く分からなかった。
「しかし汝のその姿、まことに奇怪じゃ。どこの生まれなのだ?」
パジャマ姿を奇怪と言われて、やっぱりこの人は洋服とか知らないのかと心の中で項垂れる。
「いや、話しても……」
私だって、まだこの人が言ったことを完全に信じたわけではない。今も心の何処かで、明日になったら、寝て起きたらすべてが夢だった、というのを期待している。
「こちらが勝手に呼び出してしまったからのう、それに今や妖怪もはびこる世。何を話されてもこの爺、信じましょうぞ」