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冒頭に至るまでの話。
続きます。
今の状況が、よく理解できない。
私はさっきまで布団の中に潜り込んで寝ていたはず。
*
十二月三十一日。大晦日。
世間は年越しのため、夜だというのに明かりの灯る家が何軒、何十軒、いやこの日本中の明かりがついていると言っても過言ではない。お祭り状態だった。
朝方にみたTVのニュース番組では、ショッピングセンターにいるリポーターの人が元旦に売り出される赤い福袋を指差して『見てください!この中にはおよそ10着の服が入っているようなんです!まさに服、袋、ですね!』なんて普段そんなことを言わないリポーターだったのに、大晦日マジックなのか福袋マジックなのかそんなテンションで喋っていた。
こんなにも人を変えるなんて、なんて大晦日は恐ろしい日なんだ、とご飯に納豆を乗せてグシャグシャしたものである。
私の家は古くから(平安ぐらいから)ある神社で、大晦日だった今日は家の仕事を手伝って一息つき、敷地内にある家の自室で温かい布団にくるまり眠りについていた。
中学二年生だしまだまだ受験なんて遠いと楽観的になっていた私は、あわよくば元日の昼まで惰眠をむさぼろうとした。宿題なんてあとだ、あと。
ちょうど冬休みだし、寝坊しても母に怒られるくらいだし全然余裕だろうハハハと高笑いをして。
なのに、なんだこれは。
「女子ではないか」
「ですが殿の命で儀式を行いましたゆえ……若君様いかがいたしましょう」
布団の中でしていたように膝を抱え込んで、この見慣れているような見慣れていないような部屋の真ん中、畳の匂いや線香の匂いが漂うこの中心で、私はちょんまげ(でも頭禿げてない)姿で郷土博物館に展示されているようなゴテゴテの鎧を着た男達に囲まれながら目をキョロキョロさせていた。
あの障子の上にある模様、なんか知ってる。
天井にある竜の絵も、どこかで見たことがある。
でも今私を取り囲むこの人達は見たことがない。
ちょっとトイレに行こうと目を覚ましたら、知らない人たちに囲まれているこの状況。私が寝ていたはずの布団もないし、身体から出そうとしていた物も素晴らしい勢いで引っ込んだ。
「なんと哀れな……怯えておる」
すると私と同い年位の、顔面偏差値の高いポニーテールの男の子が私の前に片膝をついた。
肌が白くて可愛いというか綺麗というか、同級生100人の中にここまで顔の整ったやつはいないわ、と余計なお世話なことを考える。
「すまぬ娘、怖い思いをさせた」
いやに背筋が良い。この子は他の人と違って鎧を着ていないうえに、着物もたいそうご立派そうな袴を着ている。
だからと言って他の人がみすぼらしいというわけではないけれど、そう見えた。
泥棒が部屋に入って来たのかと最初は思ったが、明らかに様子が違う。
「女子を戦に出すなど正気の沙汰ではない。この者を城から出してやれ」
男の子は周りにいる落ち武者みたいに髪を下ろした姿の爺さんや若めの青年に向かって声を荒げた。声はやっぱり少し高い。
見る限り、今ここで一番偉いのはこの男の子らしいことが伺える。私と同じ子供なのに、大人より偉いとは何事か。というかさっき若君様とか呼ばれていたし、本当にえらい人なんだろう。
でも待って、私いま本当にどこにいるんだろうか。
「なれど殿の命にござります。そやつ見た目は女子でしょうが、力のある妖怪やもしれませぬ。戦場まで連れて」
「たわけたことをぬかせ、父上にはわしが申す。妖など恐れるに足りぬわ」
この部屋の障子戸をバッと開けて、若君様と呼ばれたその男の子が外を見た。
私もつられてその外を見る。今は朝方なのか少しだけ薄暗く、日が上る前のような明るさだった。ここはけっこう高いところにあるのか、山と空が良く見えた。それに地上も良い具合で見える。
「ん……んん?」
けれど何がどうなっているのか、そこに私の知っている光景は一つもなかった。
そして普通の光景とは違う上に、物騒な景色がそこに広がっている。私はびっくりして目を見開いてしまった。
「戦場において、このような時間は無用じゃ。参るぞ」
「御意!」
「ま、待って」
「こら小娘! 若君様に触れるでない!」
「よい小五郎。なんじゃ、刻限がないゆえ早う申せ」
男の子は鎧を着た青年を手で制すると、座った状態から身を乗り出して手を伸ばした私を、落ち着きの払った顔で見てきた。
「行ったら、あ、危ないよ」
「はぁ?! なにをたわけたことを申しておる小娘!」
「で、でもだって、わたしときっと年も変わらない、し」
あんまり勉強もしてこなかったし、ここがどこだかも分からないし、夢かもしれないし、ぶっちゃけ今の状態を何にもわかってはいないのだけれど、これからこの人達が何をしに行くのかは今の会話で何となく分かった。
いや馬鹿でも分かる。
外の光景は私の知る小奇麗なコンクリート仕立ての建物はなく、心なしか緑が多くて、建物の屋根は全体的に茶色い。そしてその向こうに見えるのは、松明を持った集団が山から下りてきている光景だった。しかも空に蛇みたいな気持ち悪い生物が飛んでいるのが見える。
遠くからでも見える松明の火の多さに、相当な数の人間がここに向かっているのが分かった(ちなみに視力は2.0)。
それでいて、この人達は今から『戦』をするという。
あれがもしこの人達の敵だとして、先陣きって行こうとするこの男の子もその場に向かうのだとしたら、これは大変なことである。
「面白いことを言う奴じゃの」
慌てふためく私をハハハと爽やかな表情で笑い飛ばす男の子の姿は、上手く言えないけれどなんというか、不思議と頼もしいのもがあった。
もう一度言うが、私は今どこにいるのか分からない。
外の景色からして、私の居たとこよりうんと田舎なところか、もしくはうんと昔の時代に飛ばされたかである。
……いやいや、そんな馬鹿な。だって布団で寝てただけでどうしてそんなことになるのだ。
私をなんちゃらの儀式で呼んだとか言った烏帽子を被った人は私の隣にずっと座っているし、この人に聞いてみない限り詳しいことは分からない。
というかあの空を飛んでいる生き物はなんだ。
さっきこの若君様が言っていた『妖』というやつなのか。
もう頭の中は爆発寸前である。
ただでさえ良くない脳の回転が更に悪くなりそうだった。
「お主、名は何と申す」
「八向、春……春です」
小五郎という人に甲冑を着せられている若君様(とりあえず名前が分からないからそう呼んでみる)は、着替えが終わると、俯いている私の名前を聞いてきた。
この子は悪い人ではない、むしろ私を戦? にだか出そうとしていた爺さん達を叱ってくれた良い人だ、と思った私は戸惑いもなく名前を答えて、若君様を見る。
「春か。あたたかい――良い名じゃ」
そう言うと若君様は首を頷けて、踵を返しこの部屋から出て行った。
私と、隣に座ったままの烏帽子の爺さんを残して。