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ルシフェル

 


  川本七子かわもとななこという、変態性癖を持った女子高生からも話を聞かなければならない。

  俺と紗里子は、魔法少女の変身を解き、川本七子から俺達の記憶を消して、何やかんや丸め込んで繁華街の喫茶店に連れ出した。


  川本七子は、彼女から見て年下(に見えるであろう)俺達に相変わらず敬語を使っている。


  「あのっ、あのっ。どうして私、貴女達とお茶しなきゃいけないのでしょーかっ」


  「ちょっと聞きたい事があるんです」


  紗里子は年下らしく丁寧な口調で話の口火を切った。

  呪文を唱えている時ともまた違う、軽やかな声がボックス席の中に響く。


  「あの倉庫に行くまでの事は、覚えているんですよね? 無理やり連れて行かされたとか、もしくは自分から入ったとか」


  一方の七子はメガネをカチャカチャいわせながらその時の事を必死で思い出そうとしているようだった。


  彼女の目の前にあるクリームソーダのバニラアイスが溶けかけている。七子はそれを掬って食べる事すら忘れてしまう程の緊張状態にあった。

  多分これが彼女のデフォルトなのだろうと勝手に納得して返事を待った。


  「……そうですね……。あの時は、私が1人で、吸い込まれるように倉庫内に入ったんだと思います。あっでも、何か『ここに入らなきゃっ』っていう焦燥感みたいなのはあったと思います!」


  「焦燥感? 男子高校生達の集団に囲まれたのは、その後ですか?」


  重ねて俺が質問する。


  「あっ、はい。私が倉庫に入ってから、何故かゾロゾロあの人達が入って来たんです。それで、あっという間に囲まれました。それで私、ああ、とうとう性の歓びを知る世界に浸れるんだなあって感動して武者ぶる……」


  「ストーップ!!!」


  これ以上は紗里子には聞かせられない。

  川本七子……大人しそうな外見と礼儀正し過ぎる喋り口調からは考えられない変態妄想癖の持ち主なんだな……。


  とんだ爆弾娘だ。よくよく見ると、良い学校の制服を着ているのに。人はーー特に思春期の娘は、どんな欲望を隠し持っているのか分からない、と俺は警戒した。


  「……パパ、『せいのよろこび』って?」


  「知らなくていい!!!」


  七子は、少女さりこ少女おれに『パパ』と呼びかけた事を不思議そうに眺めている。

  ええい、話の本題に入るんだっ。


  「ーー夕べとか、寝ている間におかしな夢は見ませんでしたか? ……例えば、大きな悪魔のようなものに襲われたとか」


  「悪魔のようなもの、ですか」


  七子が頭を捻る。


  「確かに、悪夢にうなされていたような気はします……。悪魔のようなものかどうかは、すみません、分かりませんけど……。あっでもっ」


  「何ですか?」


  「うなされている間、何だかとっても気持ち良かったのは覚えてます……」


  七子が嬉しげな笑みを浮かべる。


  「気持ち良かった? うなされているのにですか?」


  紗里子が不思議そうに聞き返した。

  イヤな予感がする。


  「あっ、はい。うなされながらも、子宮の辺りを揉み込まれるような……」


  「ストーップ!!!」


  イヤな予感が当たり過ぎるんだよ、この子と話してると。それはな、淫魔だ、淫魔。サキュバスだ。


  「パパ、子宮を揉み込まれると痛いんじゃないの?」


  「……紗里子はもういいから黙ってなさい」


  しかし、クリームソーダをくるくるスプーンで回しながら、七子は何事かを思い出そうとしている様子だった。


  「……そう言えば、『ルシフェル』という単語が、聞こえてきたような気がします……」


  『ルシフェル』。

  本来ならば、魔法少女たる俺や紗里子の守護神である存在の名前。

  魔法少女になってから色々な文献を漁ってみたが、どうやら俺達の魔法はその『ルシフェル』の加護の元に力を発揮しているようだった。


  それなのに、加護を与えてくれるはずの存在が、人間達に危害を加えようとしているのか?


  訳が分からない。

  魔法少女たる俺達に試練を与えているつもりなのだろうか。


  紗里子は、「『虫』も本当の両親の事もどうでもいい、ただパパと一緒に穏やかに暮らしたい」と言っていた。

  それは彼女の、絶対的な望みだろう。


  俺と食事をして、俺とお茶を飲んで、俺の絵のモデルになる。

  そして一緒に魔法少女になる。


  だが紗里子の横顔を見ると。

  もうそれだけでは済まされない何かに自分達が巻き込まれている事を気取っているかのような複雑な表情をしていた。


  俺は、たとえ義理の父親でも紗里子の事を心から愛している。

  そんな紗里子を守る為、成長させる為に何が出来るだろうか。


  「あ、あのっ。私、もう帰ってもいいでしょうかっっ」


  急にシリアスモードに入った俺達に怖気付いたのか、七子は鞄をゴソゴソ言わせて、財布から金を出そうとした。


  「わ、私がご馳走しますねっ」


  「いえ、結構です。七子さんの分も私がお出ししますから。ただ……」


  俺は七子の目をまともに見据えながら言った。


  「これからも、七子さんとは連絡を取り合いたいんです。色々なお話を聞けそうですし、この先何があるか分かりませんから」


  ……正直、紗里子の性教育上良くない事だらけだけどな、この子といると。

  しかしルシフェルの名前を初めて出してきた子だ。連絡を取っておいて損はないだろう。


  「あっはい! じゃ、じゃあ私の番号と、メアドを……」


  「ありがとうございます。ーーって、おい!」


  七子のメアドには、『orgasmオーガズム100@××.jp』とあった。

  ……もう、なんなのこの女子高生。そしてこんなのに引き合わせたリリィ・ロッド。


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