いじめられっ子に幸多かれ
リリィ・ロッドに連れて行かされた先は某中学校の男子トイレだった。
ああ、また『いじめ』か、と俺はピンときた。その頃に多い案件だったのだ。
背のヒョロッと高い男子中学生が1人、頭から水を掛けられて佇んでいた。
「……何だよ、お前。ここ男子トイレだぞ。それに制服はどうしたんだよ」
彼はどうでもよさそうに魔法少女たる俺に話しかけた。
「イジメだろ? 俺はお前を助けに来た。とりあえず……」
俺は遠慮なく男言葉で返した。
まずは、ずぶ濡れの彼の服装を乾かさなければならなかった。
「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス!!」
この呪文は回復魔法として優秀だ。どんな状況にも対応できる。いじめられっ子の服はみるみる乾いていった。
「お前、なんだよ今の呪文みたいなやつ。制服が……。え? 一瞬で乾いた……」
「え? じゃねえよ。お前タッパある癖にナメられるなんてよっぽどだな」
と言いつつ、俺は分かっていた。
背が高くても、ヒョロッとしたヤツは目をつけられやすいんだ。
モデル体型みたいに肩幅があればまた違うが、彼のようにヒョロヒョロして背が高いヤツは悪目立ちする。
顔立ちが整ってさえいれば女子生徒からの静かな人気もあるがな。
ちょうど、フィギュアスケート選手で金メダル獲得という偉業を成し遂げた選手が高校ではいじめられていたように。
俺は彼に、おっさんとして処世術を教えてやった。
「いいか? 世間てのは、悪い意味で自己に忠実なヤツと、『自分を盛る』演技性で良く見せようとするヤツが強いんだ。『能ある鷹は爪を隠す』なんてもう通用しないんだぜ。お前に能があるのかは知らんが」
「お前、女の癖におっさんくさいな」
だっておっさんだものな。
そこへ、ゲハハハ、と、下品で声変わりの途中といった感じの3人組がトイレに帰ってきた。
3人組は俺の姿を見て目を丸くし、また下品に笑った。
「おい榊、何だよそのゴスロリ。お前男子トイレで女と話す趣味あんの?」
「もう一回水かぶるか?」
3人組は、予想していた通りあまり身体が大きくなかった。
小学校、中学校の男子生徒というのは、意外にもチビの方がイキっているのだ。大人になるにつれてその立場は逆転していくが。
「かぶるのはお前らだ、虫ども。シトミン ペンガトン イラハトン
プレナトン!」
以前脚の悪い紗里子を愚弄した2人組にかけた、呪いの簡易版だ。
「うわっ、つめて……!! 息が、できな……い……」
「ゴボ……ゴボ……ゴボ……!」
水をぶっかけるどころか、水で全身を覆ってやったのだ。息が出来ないのは当たり前だ。
俺は魔法で水の中でも聞こえるように叫んでやった。
「おーい、聞こえるだろ? 今すぐここから出て行け。それからな、またこの榊……くん? をいじめたりしたら、私が許さないんだからあ!!」
最後の女言葉は遊びだ。
チビのいじめっ子3人にもこの声はしっかり届いたらしく、彼らはもんどりうってトイレから出て行った。
ドアの外からバシャン、という音が聞こえて魔法が解けたのが分かった。
「それにしても、俺だっていつまでも榊くんの面倒ばかりも見ていられないからな」
「…………」
榊くんは露骨に警戒した目で俺を見つめていた。
「お前……何……? もしかしてネットで噂になってる『魔法少女』……?」
「まあ、そういう者だな。それより、アイツらは今日の事をすぐに忘れてまた君をいじめ始めるだろうな。そんな時の為に……。おい、頭を下げろ。届かん」
榊くんはおずおずと頭を下げ、俺の手に届くように態勢を取った。
俺は榊くんの頭に掌を乗せて呟いた。
「魔女の女王よ、サリエル、この少年の中に眠るチカラを目覚めさせよ。自己のチカラで自己の身を守れるように……」
喧嘩は何だかんだ言って身長が高い方が有利だ。その点、ヒョロヒョロとは言え榊くんは体型的に恵まれていると言えた。
ちょっと鍛えて、本気を出せばあんなチビなどひとたまりも無いだろう。
俺は榊くんにアドバイスをした。
「これからすぐに身体を鍛えろ。何でもいいから武術を習え。そうすれば、今の君は間もなく本当のチカラを出せるだろう。もうあんなヤツらにはナメられない」
代わりに喧嘩好きの不良に絡まれるかもしれないが。まあ魔法がかかっているから大丈夫だろう。
「じゃあな」
「あ、あの、魔女さん……」
「魔法少女だ」
「魔法少女さん。何だか知らないけど……どうもありがとう」
悪い子じゃないみたいだ。性格が良くないからいじめられていたというのとは違うんだな。
俺は安心した。
俺は榊くんの前で魔法少女の姿を解き、急いでその中学校を離れた。
羽◯金メダリスト選手は女子生徒にもイジメられていたという噂ではありますが……。
個人的には◯生選手応援してますねー。




