咎人たち
突然、階段の方からドドドドド!! と凄い音が聞こえてきた。
「紗里子!! 紗里子大丈夫!?」
百の、この世の終わりを迎えたかのような絶叫。
紗里子が階段を踏み外して派手に転落したようだった。
すぐに部屋を飛び出した俺は、紗里子の脚を見て気が遠くなった。
開放骨折。骨が皮膚を突き破っていた。
俺は早速魔法少女に変身して回復呪文を唱えようとしたが、既に救急車が家の前に到着していた。百が光の速さで119番したのだった。
「ちょ、ちょっと待ってください。これくらいの怪我なら、すぐに……」
と、俺は救急隊員の皆さんを止めようとしたが、痛みを我慢して悲鳴も上げずにいた紗里子を担架に乗せ、あれよあれよという間に俺も救急車に付き添いとして乗っていた。
「あーあ、退屈!」
百が持ってきた文庫本を手に、紗里子があくびをした。
「だよなあ。今からでも遅くないから回復魔法を使おうか」
俺が魔法少女に変身しようとすると、
「ううん、いい。普通の人間のように普通に治してみたい」
紗里子は殊勝な事を言った。
「それに」
と紗里子は続けて言った。
「パパにこんなに心配して貰えるなんて、なんだかくすぐったくて嬉しい」
たまには怪我もいいものね、と言いつつ、紗里子は学校の勉強を始めた。
ーーと、そこへーー。
「紗里子ー! 学校のお友達が来てくれたわよ」
百がベッド全体を覆うカーテンの外から声をかけてきた。
悪い勘が当たって、白井美砂ことルシフェルがやってきた。
そういえばその他の友達らしき子は来なかった。紗里子は、学校の友達はルシフェルしかいないのだろうか。『父親』としては心配だった。
「紗里子ちゃん! 私を置いて逝かないでえ!!」
「勝手に殺すな」
俺は思わず突っ込みを入れた。
ルシフェルは嫌味たっぷりに言った。
「それにしても、マミちゃんが付いていながらこんな大怪我をするなんてねえ。紗里子ちゃん可哀想」
そう言って紗里子や百の見えない所で俺にアカンベーをした。
ぜってえ神になんかなってやらねえ。
「早く治るように、おまじないをかけておくね。うーん、うーん、うーん……。ハクション!!」
紗里子の怪我した脚に両手を添えて唸っていたルシフェルは、クシャミをした。
ここ病院だぞ。免疫力のない患者さんがいっぱいいるんだぞ。
まあ天使に病気は無いからクシャミは菌じゃなくてパフォーマンスだろうが、邪魔だから帰ってもらう事にした。
ルシフェルは帰り際にもう一度俺にアカンベーをした。どうにもムカつくヤツだ。
3週間の入院生活を経て、紗里子は自宅療養からのリハビリセンター通いをする事になった。
「じゃあ、紗里子と私と美砂ちゃんでタクシーを待ってるね」
ルシフェルまでいるのが心配だったが、百に紗里子を託し、俺は病院の受付で細々とした用事を済ましていた。
紗里子はまだ歩けないから車椅子だった。
「紗里子ちゃん、大変だったな」
移動の準備を手伝いに来てくれた遠山が言った。
「ああ。それより悪いな、忙しい中付き合わせて。どうしても男手、というか大人の手は必要なんでな」
「いや、売れっ子のお前と違って俺はヒマだし。それに紗里子ちゃんが大怪我したと聞いてはな」
しかし受付を済まし、病院の外に出るとーー。
紗里子が泣いていた。
「どうした!? 紗里子!?」
見ると、百も悔しそうな表情で唇を噛み締め、涙ぐんでいた。
ルシフェルは、その美しすぎる顔を無表情に形作り腕組みをしていた。
「おい、何があったんだ」
ぐすんぐすん言っていた紗里子がやっと口を開いた。
「パ……マミ、私って『カ◯ワ』なの……?」
「え……?」
「さっきお兄さんだかおじさんか分からない男の人達に言われたの、お嬢ちゃんカタ◯って」
ルシフェルが遠くを見ていた。
そこには背の低い2人組の……。
確かにおっさんが若作りしているようなヤツらが見えた。元の姿の俺よりも年上に見えた。
「アイツらか?」
ルシフェルは俺の質問を無視してコクリとも首を動かさなかった。
俺はそれを肯定の合図と受け取った。
「アイツら、いい歳して差別用語使うなんてサイアクよ」
百は唇をワナワナと震わせた。
「どうせ家族はママンしかいないんでしょ。車椅子にでも乗っていなければ紗里子のような美少女と口をきく機会もないから、嬉しがってからかったのよ」
「そいつらはどんなヤツらだったの?」
遠山が紗里子の頭を撫でながら聞いた。
泣いている紗里子の代わりに百が憤然として喚いた。
「2人とも、背が低くてトッチャンボーヤってヤツよ。いい歳して顔は中学生なの、深海魚みたいな、男の癖ににゃ◯こスターの女の方そっくりの深海魚ブスと、ゴリラみたいな若作りブサイク!! 私に魔法でも使えたらぶち殺してやりたい所だったわ!!」
「も、百ちゃん。俺もどっちかというとゴリラ系なんだけど……」
遠山が切なげに訴えた。
「あ、あらごめんなさい。でも遠山さんは良いゴリラよ……。アイツとは違うわ」
「良いゴリラて……」
タクシーは捕まった。
遠山が、まだ歩けない、目を赤く腫らした紗里子をお姫様抱っこしてタクシーの後部に乗せた。
遠山にはこういう時の為にも来てもらっていたのだった。
「定員オーバーだから、私は1人で帰るわね」
そう言って白井美砂ことルシフェルは消え去ろうとしていた。
「ルシ……、美砂ちゃん」
俺はルシフェルを呼び止めた。
目と目が合った。
ルシフェルのその目は「思い切りお見舞いしてやれ」と言っているように見えた。
その日の食事は、百が紗里子の好きな唐揚げを作ってくれていた。
「百、ありがとう、嬉しい!!」
紗里子はそうやって笑顔を作っていたが、知らない中年にいわれなき誹謗中傷を受けた心の痛みは治っていないに違いなかった。
深夜2時。
紗里子も百もルナでさえ眠っていた。
しかし、しばらくするとルナは起き出し、俺に念を押した。
「どうしても、行くんですかニャー?」
「当たり前だ。『娘』を傷付けられて黙ってる親があるか」
「やり過ぎないように、ですニャー」
「どうだろうな」
俺は魔法少女に変身して闇夜に飛んだ。
着いた場所は、みすぼらしいアパートの2階、ベランダだった。
例の中年親父2人は寂しく酒盛りをしていた。
成る程、確かに深海魚とゴリラだった。おまけに若作りだ。よく若作る金があるな。
こんな所で2人暮らしでもしているのだろうか。こんなみすぼらしいアパートの一角でいい歳した野郎2人で酒を飲む。
なんだか気の毒なような気がしたから帰ろうかとも思ったが、薄いガラス越しに会話が聞こえてきたのだった。
「それにしても、昼間の◯タワのガキはいい気味だったな、ゲヒャヒャヒャヒャ!」
「良い服着やがって、普段からお嬢ちゃん育ちなんだろ。カ◯ワって言ってやった時のあの鳩が豆鉄砲食らったようなツラは最高だったぜ」
「まあ歩けないなら生きてたってしょうがないものな。その内自殺でもするんじゃねーの?」
ガッシャーーーーーーン!!!
何の音か。
俺が薄いガラスに蹴りを入れて粉々にしてやったのである。
これで人1人分入れる穴が開いた。
「な、何だお前!?」
にゃん◯スター深海魚とゴリラの視線を一身に集めた。
「俺は魔界から来た魔法少女。闇夜に滑空し、咎人の窓に立つ。……お前らのような、な」
「…………ゲヒャヒャヒャヒャ!!!」
「何だよ、お酌でもしにきてくれたのか? それとも別の意味でのおシャクか?」
「うるせえ」
俺は呪文を唱えた。
「シトミン ペンガトン イラハトン
プレナトン オンクロキュラム ティーロス ベイビヲファトン シグラトン
パルビグラマルビ トルメンタルメライ!!」
それは、正真正銘の『人に害をなす』呪文だった。
いつもは回復魔法だの『虫』吐きの呪文だの、人体には有効な、白い呪文しか使っていなかった。
だがその時は違った。
俺はその時、初めて人を呪う呪文を使った。
「なーに言ってやがんで……!? ギャ、ギャ、ギャ!!??」
「ぐがああああああああああ!!!!」
深海魚と若作りゴリラは一斉に下半身を押さえて、苦しみだした。
両脚の骨をグダグダに砕いてやったのだ。
接骨も出来ない程に。
これでコイツらはおそらく両脚切断だろう。
「きゅ、救急車!! 頼む、救急車を呼んでくれえ!!!」
「てめえで呼べ、クズ野郎どもが」
俺は泣きっ面に蜂とばかりに苦しむにゃんこ◯ターとゴリラの顔面に思い切り蹴りを入れ、魔法少女の姿を解いてからドアから去っていった。
魔法少女の姿を目の前で解かないとコイツらの記憶が残ってしまう為だ。
ヤンデレ少女ララの時の失敗もあったからな。
俺は夜を駆けた。
駆けながら思った。
俺は神というより悪魔に近付いてしまったのかもしれないと。
に◯んこスターの方、「JUJ◯似のブス(女)」にしようかと思ってたんですがしがらみがあるのでやめました。
にゃんこス◯ーさんに思う所も嫌いな所もないです笑




