まだ付いてくるあの子
帰ったら紗里子が熱を出して寝込んでいた。インフルエンザのB型だ。
それで助けに来れなかったんだ……。「紗里子が大変な時にどこで油売っていたのよ、マミは!!」と百に怒鳴られた。
なんて可哀想な紗里子と俺……。
しかしもっとアレだったのは、無事おまわりさんに説教を受けて釈放されたララが、またしばらくの間俺をストーカーしていた事だった。
「噂の魔法少女って……。本当にいたのね……。まあ私が目を付けた子だから……。普通の少女じゃないのは当然ね」
俺はネット等は殆どしない。だから知らなかった。
だが百はスマホでネットニュースをよく見ているようで、ある日こんな事を呟いた。
「『魔法少女』ですって……。馬鹿馬鹿しい」
俺は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになったが、済んでのところでそれを堪えた。百に聞く。
「な、なに……? 何の話?」
百はスマホを片手に脚を組み、本当に馬鹿馬鹿しいといったふうに説明した。
「ちょっと前から話題になっているのよ。ゴスロリ服を着た美少女が魔法みたいなのを使って人の命を救ったり、事件を解決したりするんですって」
「そ、それで……?」
「目撃者は何人もいるって。でもいつの間にか姿を消して、行方は分からないらしいわ。ほら、これ」
百はスマホを俺に見せた。
「これがその『魔法少女』の写真。ブレててあんまり鮮明には写ってないけど……。あら、でも」
俺はギクッとした。
「何となく、体型や髪型がマミ、貴女に似ているわね。貴女って確かに不思議な所があるし、もしかして魔法少女の正体って貴女だったりして!」
「ま、まさか……。ハハ……」
誤魔化し笑いするのに精一杯だった。
まさにその写真は俺を写した物だったからだ。
魔法少女の姿は、その助けた人間の目の前で解く事により記憶から消される。
しかし俺は何度かそれを怠っていたり、余儀なく魔法少女のまま立ち去る事が何度かあった。
ストーカー少女ララから逃げる時がそうだった。
他の人達はともかくとして、ララだけはマズイ。
彼女の記憶を消して、あとついでに俺への恋心も消しておかなければならない。
「貴女の方から誘ってくれるなんて、嬉しいわ、マミちゃん」
「大切な用事があるもんでね」
「貴女は今話題の『魔法少女』なんでしょ? 目の前で変身して、目の前で姿を消した……。そうとしか考えられないわね」
「それで……?」
「私、ますます貴女の事が好きになっちゃった」
予想通りだった。
これは是非ともこの場で魔法少女になって仕事を片付けなければならない、と思った。
「リリィ・ロッッッッ……!!」
「させないわ」
ララは俺の唇を唇で塞ぎ、リリィ・ロッドの転移を防いだ。
ララは唇を軽く塞いだまま、話し続けた。
「観察した限り、あの変な棒が魔法少女になる為のトリガーになっているみたいね」
「……(さすがでつ)」
「それで、魔法で私の心を操作するつもりね。でもダメ。私達は恋人同士なんだし、貴女が魔法少女だって事は誰にも言わない。もちろん、テレビ局にも……ね」
完璧に脅しだった。いや、ララにはそんなつもりはなかったのかもしれない。人を怖がらせる事を何の気もなく言う、それが彼女の能力だった。
「そこまでよ!!」
「……邪魔が入ったわね。あの子ね」
「紗里子!!」
インフルエンザから生還した紗里子が助けに来てくれたんだ。
俺は不覚にも安堵で泣きそうになった。紗里子は既に魔法少女の姿に変身していた。
「無理矢理キスしてたの……? マミから離れて。さもないと……」
「何よ?」
ララは鼻で笑った。
「私、貴女を地獄送りにしてしまうかもしれない……。地獄の下級悪魔は残酷で女の子に飢えているわよ? 一体どんな目に遭うかしらね……」
紗里子がそんな言葉使いを覚えていたとは。中学2年生になって知識とボキャブラリーが増えたようだった。
「まあ、待ちなさいよ、昂明紗里子ちゃん。ーー貴女も魔法少女だったのね」
ララのヤツは紗里子の名前まで調べあげていた。本当はコイツの正体こそ魔女なんじゃないのか。
「言ったでしょう? 私はマミちゃんに危害を与えない。大切な恋人だもの。だけど紗里子ちゃん、貴女は邪魔ね」
「邪魔なのは貴女の方よ!! リリィ・ロッド、この者を地獄に……!!」
「待て、紗里子!!」
「パパ!? どうして止めるのよ!?」
俺にも自分で自分が不思議ではあった。
厄介な存在を消すチャンスなのに。
しかし、ララを地獄送りにするのはさすがに抵抗があった。あんな目に遭わされたとしてもだ。
「……記憶と、俺への歪んだ愛情を消すだけでいい。地獄はよせ」
「パパ……」
「マミちゃん……」
「リリィ・ロッド!!!」
俺は今度こそ『棒』を魔女の世界から転移させるのに成功し、無事魔法少女の姿になる事が出来た。
「リリィ・ロッドよ、この者の私への愛情と記憶を消し……。あれえ!?」
「これ、リリィ・ロッドって言うのね。よく見るとキラキラ光って綺麗ね」
間合いを詰めたララが、俺のリリィ・ロッドを素手で掴んでいた。
「ちょっと見せてちょうだい。ーーって、あら? あら、あら?」
ララは一瞬裸になり、すぐに魔法少女特有のゴスロリ服に身を包んでいた。
モスグリーンの生地がよく似合っているな、と感心して見ていたのはあまりの事に俺の頭がどうにかなっていたからだったろう。
1、『リリィ・ロッドに触れた者は強制的に魔法少女となる。男だろうと女だろうとそうなる』。
ララはこれぞ幸福、といった表情を全身で表し、呟いた。
「これで、愛するマミちゃんと同じ『存在』になれたのね!! 今まで生きてきた中で、一番嬉しい事よ!!」
ーー魔女の女王サリエルに言ってララの魔法少女化を取り消してもらわなければいけねーな、と俺は思ったのであった。
こんなのを魔法少女にすればろくな事にならない。




