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ある父娘

 


  どんな時でもリリィ・ロッドのは鳴る。

  今度は課金ゲームオタクの引きこもり少女の家だった。


  彼女は100万円以上の金をゲームにつぎ込み、それが親にバレて親子喧嘩をしている所だった。

  貯金を全部注ぎ込み、勝手にクレジットカードを作って支払い、ついには親の金まで手を出そうとしていた様子だった。


  「ゲームは私の生きる希望なんだよ! それすらやめろって言うんだったらこの場で死んでやる!!」


  彼女は自らの首に包丁を突き立てていた。


  「やめなさい、お前はゲームに逃げてるだけだ、マコト、目を覚ませ!! ああ、高校を休学させるんじゃなかった!!」


  マコトという少女の父親は嘆き悲しみ、喚いていた。

  しかし、「誰だ、君は……」と、部屋の隅に立っていた俺の姿にやっと気付いた父親が目を丸くしていた。


  ーーと、その隙にーー。


  マコトは包丁を首に刺し、ドクドクと血を盛大に流していた。


  「マコト、マコト!! 」


  絶叫する父親を尻目に、俺は回復呪文を唱えた。まだ死んでいないはずだ。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス!!」


  包丁は抜け、血で汚れた首は傷口が塞がり、マコトは何が起こったのか分からないといった表情をしていた。


  どうやら、ウチと同じ父子家庭のようだった。

  同じ父子家庭でも娘によって随分違うようだ。

  俺は紗里子が『娘』で本当に良かったと不謹慎ながら思った。


  「……マコトは学校に馴染めなくてね」


  父親は俺に対して、と言うよりも殆ど独り言を言うように呟いた。


  「行きたくない所には行かなくていい、そういう思いで休ませたんだ。でも結果はマコトをますます孤独にさせるだけだった」


  「孤独は人を腐らせますからね」


  俺は話を合わせた。


  「私が会社に行っている間、娘が何をしていたか把握していなかった。私の責任です」


  「そうだよ、お前の責任だ!」


  マコトは叫んだ。


  「アンタが食事だけ部屋に運んで私の面倒を見てくれなかったから、私はゲームの世界にハマり込んだんだ!! 謝れ!! ……!?」


  マコトは皆まで言う前に頰を手で覆った。


  俺が彼女の頰を打ってやったからだ。バシン、という音が部屋中に響いた。


  と言っても、手刀で悪魔の首を切り落とすチカラを持っていた俺だからごくごく軽く撫でた程度のビンタだったが。

  それでもマコトには結構な痛みを与えてしまったようであった。


  「このガキ、何すんだよ!!」


  マコトが俺に襲いかかろうとしたが俺はふいと避けた。

  俺はマコトに言ってやった。


  「アンタさあ、お父さんが男手一つで育ててくれてんのにそれにほんの少しの感謝も無い訳? いや、それどころか逆ギレするなんて最低中の最低だよ。謝るのはアンタの方だ。謝れ」


  しかしマコトは譲らない。


  「コイツのせいでお母さんが出て行ったんだ! コイツが、お母さんに見向きもせずにいたから!! だから、お母さんは離婚したんだよ、こんなヤツに育てられたって幸せな事は何もない!! ゲームをするか死ぬかしかないんだよ!!」


  ……お父さんはお母さんを無視していたのか。それは出ていかれるのも仕方ないな。

  俺は聞いてみた。


  「……お父さん、それに対しての弁明は?」


  父親は黙りこくっていたが、やがて答えた。


  「ーー私は私なりに妻も娘も愛していた。だが仕事の方が忙しく、構ってやれなかった事もあったかもしれない。おかげで、ーー妻は心を病んで出て行ってしまった」


  「フン、何が妻だよ」


  マコトは再び毒づいた。


  「お母さんは知ってたんだよ、アンタに愛人がいたって事。お母さんは神経の線が細かったからね、構われない、愛人はいるで心を病んだんだ」


  〜〜え〜〜……。

  愛人までいたんだ。これはアレだ、お父さんの方にも問題がある。


  「あ、愛人じゃない! ちょっとそういうお店の店員さんと仲良くなっただけで……!」


  年頃の、実の娘に向かって『そういうお店』は無いだろう。

  かと言って課金ゲームで100万円も使うようなグレ方をする娘も異常だ。

  俺は、初めて使う『愛の魔法』を使ってみた。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス、彼ら親子に再びの愛を!」


  するとマコトは泣き出した。


  「……子どもの頃に、帰りたい……」


  幼かった頃は普通の、幸せな家庭だったのだろう。どこで歯車が狂ってしまったのか、俺には想像出来るはずもない。


  「お父さん、ごめんね……」


  「お前が謝る事じゃない……!!」


  2人は抱き合って泣いた。

  これでもうこの親子は大丈夫だろう。

  この2人は家族という話相手がいながら孤独だったのだ。もう、それもおしまいだ。


  俺はそっと部屋を出て、次の現場に行く事にした。

 

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