サリエルのマジ
その年の4月。紗里子は晴れて中学2年生になった。
クリーニングに出したばかりの制服を着込み、「いってきます!」とキラキラした笑顔で元気いっぱいに学校へ行く紗里子。
「ただいま!!」
早くも帰って来た紗里子。
丁度、百をモデルに絵を描いていた時だったので(勿論着衣で)アタフタした。
こんな所を紗里子に見られたら嫉妬で魔法少女になってしまうんじゃないかと思ったからだ。
そうか、始業式だから早めにはけるんだった。ウッカリしていた。俺は百を自分の部屋に急いで戻した。百は残念そうにしていた。
紗里子は玄関から2階に声が届かんばかりに叫ぶ。
「パパ! 白井美砂ちゃんとまた同じクラスになったよー!!」
…………ハ?
『白井美砂』と言ったらーールシフェルだ……。
「ウフフ、お邪魔致します」
ルシフェルは相変わらずの美形顔でニッコリと微笑んだ。俺は昼に食った物を戻しそうになった。
「紗里子ちゃんのお父様ですね。はじめまして、白井美砂といいます。紗里子ちゃんの従姉妹のマミちゃんとも仲良くさせて頂いてましたのよ」
空々しい口調で挨拶をしたルシフェルだったが、百の姿を見ると
「あら! 百お姉様、お久しぶりでございます! 相変わらず綺麗な長い黒髪、素敵ですわね!」
とまたもや空々しいお世辞を言った。
「ゆっくりしていってね」
と自分の家でもないのにまんざらでもなさそうな百。
ルシフェルは制服のスカートの中からブラウスを半端に出し、相変わらず『ドジっ娘キャラ』を貫いていた。
それを直してあげる紗里子はまだルシフェルの正体を知らなかった。
「昂明護。今日はな、お前に頼みがあって来た」
紗里子に聞こえないように、ルシフェルは俺の心の中に直接話しかけた。テレパシーというのだろうか。
「……なんだよ。まさかまた魔法少女をやれって言うんじゃないだろうな?」
俺も心の中で返事をした。
その返事はしっかりとルシフェルの中にも届いたようで、ヤツはニンマリと笑った。
「後で、私の後に付いて来い」
「嫌だ」
「嫌だと言っても付いてきてもらう」
「百お姉様、このコーヒーとっても美味しいですわあ」
ルシフェルは紗里子だけでなく百にまで気に入られようとしていた。
「で、話ってなんだよ」
ルシフェルが帰った後、こっそり家を抜け出て俺は彼女ーーいや、彼に追いついた。
ルシフェルの本来の姿、羽を生やした巨大な男体を知っているが、コイツは人間の少女になるのが半ば趣味みたいなものであるらしかった。
「人間界を統治してほしい」
ルシフェルはおもむろに口を開いた。
「例の『人間界の神になれ』ってヤツか? だめだめ、その話は断っただろう」
俺は断固として首を振る。断固として、だ。しかしルシフェルは淡々と話し続けた。
「これは神からの命令だ。潜在的に魔力と神のチカラを持っているお前しか適任者がいないのだ」
「それで、その『神』になった後はどうなるんだ? 人間の姿ではいられないんだろ? 紗里子もやっと中2になったばかりだ、まだまだ俺が必要だ」
「その為に、私は女学生の姿で来ている。サリコの事は私に任せろ。お前は遠くから見守っていればいい」
俺はウンザリした。
「人間界の神なんて、ルシフェル、お前がなればいいだろう? お前が俺達親子を遠くから見守っていてくれよ」
「どうしても駄目か」
「ああ。嫌だ」
「それならこちらにも考えがある。……サリエル!」
ルシフェルは紗里子の母親、今では魔女の世界の女王の座に就いているサリエルの名を呼んだ。
俺は完全に嫌な予感がした。
ーーキラキラとした宝石のような光の粒が俺の身を纏ったからだ。
これ、魔女の世界でお馴染みの光だ。
「どうしても神として統治するのを拒むのなら、また魔法少女となって人間界をパトロールしてもらう」
ルシフェルがニヤリと笑った。全然天使らしくない笑顔だ。
「おい、やめろ! 俺はやっと元の姿に戻る事が出来て、それを満喫してる最中なんだ!! また女の子なんかになったら金も底をつくし……!」
「つくし」の所で、俺の声か変わった事に気付いてしまった。
……ああ……。
あの、思い出したくないガールズ・ソプラノだった……。
通行人が、ブカブカした大人用の服を着てジタバタしている少女の姿を見て不審そうな目をしていた。
「最初の仕事だ。今まさに銀行強盗に命を奪われつつある行員達を助けてこい」
いや、お前が助けろよ。
最上級の天使なんだろ?
俺は見たくもなかったあのリリィ・ロッドを持たされ、無理矢理魔法少女に変身させられた。
リリィ・ロッドに連れて来られたのは、都内の銀行の中。強盗にそう命令されたのだろう、既にシャッターが閉まっていた。
「……余計なブザーを押しやがって。いいか、てめえら全員が人質だからな」
3人組で拳銃を持っていた。犯人の中の1人が女性行員を腕に抱え、頭部に拳銃を押し付けていた。
ゴスロリ服を着た俺は、ちょん、ちょんとそいつの肩をつつく。
「……ああ? 何だてめえは。どこから入ってきた!?」
皆まで言わせず、俺は少女の拳で強盗犯の顎を砕いていた。
バキバキ、という嫌な音がした。
どうやら今度の魔法少女は、呪文だけではなく肉体的な力も人並み外れた物にバージョンアップされていたようだった。
強盗犯の仲間が、俺にパンパンと拳銃を撃ち付ける。キャア、という人質の悲鳴が響いた。
俺は普通の人間ではあり得ない素早さでそれをかわした。
弾の動きがスローモーションで見えた。
動体視力まで飛躍的にアップしているようだ。
……ルシフェルの加護を受けていた時よりも断然良いじゃないか。
俺は紗里子の母、サリエルの本気を見た。このチカラで『娘』と人間界を守れってのか。
俺は残りの2人の拳銃も脚で払い、中指一本拳で顔面を突き、気絶させた。
行内の人質達から拍手と歓声が沸き起こった。
中には俺を写メってる人までいたが、直に削除される事だろう、と構わないでおいた。
『魔法少女の姿を解いたら見た者の記憶が無くなる』という法則が健在ならば、だ。
それにしても、この姿をどう言って紗里子や百に説明しよう……。




