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とある老夫婦の別れ

 


  「またか、リリィ・ロッド」


  俺は早い所魔女の世界に戻りたいというのに、またもや『虫』を飲み込んだ人間を見つけてしまったようだった。

  しかし言語が乱れていた時は1日に10件くらいは廻っていたから特に不思議はない、と思っていた。


  「リリィ・ロッドよ、悪しき『虫』を飲みこんだ者の元へ!!」


  転移された先には、おばあさんが床に横になっていた。


  そしてその上には馬乗りになっている、夫と思われるーーおじいさんが。


  おじいさんは、おばあさんの首を締めていた。


  俺は呪文を唱える間もなく、急いでおじいさんの腕を取り、思い切りひねった。

  おじいさんは、


  「死なせてくれ、女房と一緒に死なせてくれ」


  と泣き喚いた。俺は息を荒げてたしなめた。女の子の身体だと体力がなくて困ってしまう。


  「じいちゃん、何があったか知らないが人殺しは良い事とは思わないな」


  おじいさんはまだ泣き喚いた。


  「死なせてくれ、死なせてくれ」


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ!」


  いつものように『虫』吐きの呪文を唱えた俺。

  ーーしかしーー。



  『虫』を吐き出したのは、おばあさんの方だった。

  おばあさんは刹那、正気を取り戻し、こう言った。


  「やれやれ、女房ひとり楽にさせる事が出来ないんだから、本当に役立たずだね」


  おじいさんはまた泣きすすった。


  「ごめんな、ごめんなアミよ」


  虫を吐き出した今でこそ普通の会話が出来ているが、アミばあさんは認知症で寝たきりだという事だった。

  その生活が10年続いていたという話だった。


  「ばあちゃん、そりゃないぜ。じいちゃんは認知症のアンタをずっと支え続けてきたわけだろ? 感謝して生きるなら良いけど、殺してほしいと頼むなんてじいちゃんが気の毒過ぎだろう?」


  すると、おばあさんはフンと鼻を鳴らした。


  「そんなのは当たり前だね。私はね、若い頃からコイツのせいで苦労かけられっぱなしだったんだ。何度も蹴られたり殴られたりしたよ。家の金を持って遊びに行かれたなんてしょっちゅうさ。子どもも愛想をつかせて、逃げていくしさ。大体……」


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス!」


  俺はおばあさんの認知症とは思えないしっかりとした喋りを遮り、活性化の呪文をかけた。

  こうすればもっと意識がハッキリするだろう。


  ーーするとーー。

  おばあさんは勢いよく立ち上がって、座って泣いているおじいさんを思い切り蹴り始めた。

 

  「おい、やめろばあちゃん!!」


  おばあさんを羽交い締めにしておじいさんから遠ざける俺。しかしおじいさんは泣きながら言う。


  「いいんだ、いいんだ! 思い切り俺を蹴ってくれ!! それでお前の頭がハッキリするのなら、それでいいんだ!」


  「うるさいね、私がこんな風になって以来よき夫を演じているけど、アンタの本質は私が一番分かっているのさ。私が認知症になったのはアンタへの50年来の断罪だよ!!」


  部屋の中を見渡すと、大きめの本棚にギッシリと本が詰まっている。


  それがおじいさんの物なのかおばあさんの物なのかはハッキリしないが、元は読書家の夫婦だったのかもしれない、と俺は思った。


  もはや俺の手を離れて、おじいさんを蹴り続けるアミばあさん。


  『断罪』か。

  これも一つの愛のカタチなのかもしれない。理想的なものとは到底思えないが、30代で未婚の俺はそう考えるしか方法がなかった。

 

  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス!!」


  もう一度活性化の呪文をかけると、おばあさんは今度は手でおじいさんの顔を殴り始めた。

  なんで俺は活性化の呪文なんか唱えたんだろう。それはおばあさんの寿命と関係があった。


  「殴ってくれ、殴ってくれ!!」


  このおばあさんのーー『妻』の命はもはや長くはないだろう、と俺は直感で分かった。今思えばおじいさんの方でもそれが分かっていたのかもしれない……。


  俺は好きなだけ『夫婦喧嘩』を続ければいいと思ったが、それではおじいさんの方があまりに可哀想なのでまたおばあさんを止めに入ったが、魔法のせいだろう、おばあさんとは思えぬ力強さで苦労した。


  年寄りには異常に魔法が効くという事がよく分かったが、おじいさんは殴られながら泣き続けていた。

  しかしこれもおばあさん言うところの『断罪』だった。



  人間の愛というのは歪なものだ。と、俺は神か悪魔になったかのように考えた。

  悪魔ーールシフェルのそれのように単純にはいかない。

  嫉妬だとか何だとか、そういう簡単なものではないのだ。


  お互いをお互いに断罪し合っている。


  そしておばあさんの人生はそれまでどんなものだったんだろうな、とも考えた。

  もしかしたら若い頃、おじいさんがおばあさんにふるっていた『暴力』は何かおばあさんの『本質』を悟っての事だったのかもしれなかった。

 

  それが歳を取って、認知症となって表に出たと。


  「さよなら、元気で」


  俺はそう言い残して老夫婦の元を去った。


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