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海辺の情景


 

  言語が元に戻った人間界の復興は案外早く済みつつあった。


  人間達はそれまでの損害を取り戻すかのように猛烈に働き、食料や飲料もクリスマス前のように流通していた。

  百もすっかりいつもの活発な性格に戻り、外を飛び回っている。


  そんな百を置いて、俺と紗里子は2人でゆっくり海でも見に行こうかという事になった。


  「パパ、まだ風が冷たいね」


  「ああ。海風は特にな」


  久しぶりに電車に乗った。

  もはや3月となっていた。


  俺と紗里子は手を繋いで浜辺を歩いた。

  と、紗里子が貝拾いをし始めた。


  「昔から貝に興味があったの。特に桜貝が好き」


  いつもなら俺と2人きりの時は仔犬のようにはしゃぎまくる紗里子だが、その日はやけに静かで大人びていた。


  大人びていたというより、精神的にも肉体的にも大人になりつつあったのか。紗里子はしゃがんで、貝を拾い続けていた。


  波の音が耳に心地よい。


  「ねえパパ」

 

  「ん?」


  紗里子が急に沈黙を破ったので、俺は少々驚いた。

  しかし本格的に驚いたのは紗里子の次の台詞だった。



  「私の、本当の『両親』はどんな人達だったのかな」



  話す時が来た。俺はそう覚悟した。


  「私、パパさえいてくれれば本当の両親の事なんてどうでもいい。パパさえいれば死んでもいい。それは変わってないよ。でも、パパ、相変わらず私の両親の事に執着してる。そうでしょ?」


  「……」


  紗里子にはお見通しだった。


  「だから思うの。パパがそんなに気にしてくれてる『私の両親』を見つけなきゃいけないんだろうなって」


  「……そうだな」


  俺は決心した。


  「紗里子、以前話した通りお前の本当の父親は、パパの大学の同級生だ。そして母親はーー」


  俺と紗里子はまともに見つめ合った。心地良かった波の音がもはやうるさいくらいに聞こえていた。


  「『魔女』だ。『魔女』の『サリエル』。それがお前のお母さんの名前だ」


  「ーー魔女、かー。なんか、そんなふうな気はしてたんだよね」


  紗里子は呟いた。


  「だって私、普通の女の子じゃないもんね」


  「普通の女の子になりたいか」


  紗里子は、んー、と考える仕草をしてから、こう答えた。


  「今さら、いいよ。だって私には半分魔女の血が流れてるんでしょ? どうやったって、魔法少女は続けなければいけないと思うんだ。大人になったらそれこそ『魔女』になっちゃうんだろうけど。あ、桜貝!!」


  やっと見つけた桜貝を俺に見せ、嬉しそうに笑う紗里子。その桜貝は紗里子の爪の色と同じピンク色だった。


  「見つけに行こうかなと思ってるんだ、本当の両親を。それより、パパ……」


  「ん? なんだ」


  紗里子の声は鼻声だった。海風のせいじゃない。涙を堪えていたのであった。


  「私の事、邪魔じゃない?……」


  「まさか」


  俺は論外とばかりに否定した。そんな事を気にしていたのか。考えた事もない話だ。


  むしろ俺は紗里子のおかげで売れっ子の画家になれたとすら思っていた。

  俺1人だったら、どうなっていたか。今頃売れない画家としてくすぶっていたかもしれない、と思った。


  それでも紗里子は涙声で言う。


  「だって、だって。私がいたから、パパは魔法少女になってしまったし。……そもそも、パパが13年間も私を育てる義理なんて無かったはずでしょ?……」


  「それは違うな」


  俺は心から言った。


  「紗里子との13年間は、最高だったよ。これからだって、一緒に生きていきたい。それに」


  「……それに……?」


  紗里子は不安げに問う。俺はなるべくお茶目な感じになるように言った。


  「こんな風に、魔法少女になったのだってそう悪くはないぜ。女の子の気持ちも少し分かったし。そりゃ、早く大人の男に戻りたいけどな」


  涙声だった紗里子は笑った。そして、


  「やっぱり私の両親を探しに行こう。それで、パパとの結婚の許可を取らなきゃね!」


  そう言っていつもの紗里子に戻った。


  『お前の両親は、お前の心臓の中にいる』


  そんな事は言えるはずがなかった。


  でも、もしーー。

  もし、もう一度魔女の世界に行ったなら。

  紗里子を肉体的に傷付ける事なく、両親を『復活』させる事が出来るかもしれない。


  「そうだな。近い内にまた2人で魔女の世界に行こう」


  それが結果的に紗里子を傷付ける選択であったとしても。

  俺にはそれしか解決方法が見つからなかったのだ。


 

  俺と紗里子は再び手を繋いで海岸を歩いた。

  周囲には犬を散歩させている人がちらほら見えた。

  この人達には、俺と紗里子のその姿が仲良しの女の子同士に見えた事だったろう。

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