「イリンとクアちゃん、双子の天使です!」
『虫』退治から帰ってきて自宅で骨休めをしていると、玄関のチャイムが鳴った。
インターフォンに出ると、幼い声でこう呟くのが聞こえた。
「貴女は神を信じていますよね?」
その声は……。前年の大晦日に来た天使のイリンの声だった。玄関のドアを開けると、イリンの他にもう1人女の子がいた。
「お久しぶりです。イリンでしゅ。あ、隣にいるのは私の双子の姉妹、クァディシンです」
クァディシンと呼ばれた幼女は、お辞儀をして自己紹介した。
「私も天使です。クァディシンは呼びづらいでしょう。どうぞクアちゃんと呼んでください」
成る程、双子というだけあってそっくりだが、イリンは金髪の髪を2つのお団子型に。『クアちゃん』はこれまた金髪の長い髪をそのまま垂らしていた。
2人とも広くてなだらかなおでこが丸見えだった。
「お久しぶりね、イリンちゃん、はじめまして、クアちゃん。どうぞ上がって」
俺が促すと、2人は遠慮なく俺の横を通って靴を脱ぎ、以前イリンが緑茶を飲んだリビングのソファーに行儀よく座った。
イリンが開口一番に言った。
「おめでとうごじゃいます。貴女方魔法少女の皆さんは、神の試験に合格しました」
「……何だって?」
俺は思わず男言葉で聞き返した。
今度はクアちゃんが言った。
「人間界の、世界中の魔法少女の皆さんは、ルシフェルの放った『虫』……『虫』ですか? とにかく人間達のその悪しき心を退治して回った結果、なんと……」
イリンとクアちゃんがお互いの両手を合わせてハイタッチした。
「実に、5000匹もの『虫』の駆除に成功したのです!」
「それはどうも……」
いきなりの事に、俺は他に言葉が見つからなかった。
「でも、地球上の全人口に比べたら少な過ぎない?」
俺は素朴な疑問をぶつけた。
しかし、イリンは首を振ってこう言う。
「いいえ、いいえ。その5000人が被害を与えるはずだった、もしくは影響を与えるはずだった周りの人間達の数も数えると、ばかにできない数なのです。おめでとうごじゃいます!!」
イリンとクアちゃんはまた両手でハイタッチした。
そしてクアちゃんは俺にもハイタッチを要求するように手を差し出してきたので、仕方なく両手を合わせてあげた。
俺はイリンとクアちゃんに質問した。
「という事は、もう『虫』退治しなくてもよくなったという事ね?」
しかし、2人は揃って首を振る。
「神が解くのは、言語の混乱だけです。まだまだ人間の中にも『虫』を必要としている者はいますから、『虫』退治は継続して行なってください」
イリンは続けた。
「まあでも、今までよりは数も減っていくでしょうけどねえ。ところで、失礼ながらお茶はありませんでしょうか。今日はお店が閉まっていましたので」
紗里子に命じて、2人分の緑茶を出させた。そう言えばこの2人の親分たるゼウスは紅茶を好んでいたな。
何か茶葉に秘密が隠されているのだろうか、と不思議に思ったが単なる嗜好品として嗜んでいるらしかった。
と、そこへ、猫のルナが部屋に入って来た。
ゆっくりと毛づくろいをしながらルナは質問した。
「貴女達は天使ですかニャー」
途端に、イリンとクアちゃんは悲鳴を上げてソファの上に駆け上った。
「いやだあ!! これ、『アイニ』じゃないですかあ!?」
「いやだあ!! 気持ち悪いよう、気持ち悪いよう!!」
イリンとクアちゃんは泣き叫んでシッシッ、とルナを追い払った。
猫の性か、ルナは嫌がる者には近づいていく。幼女の天使2人は本格的にギャンギャン泣いて抱きしめ合った。
そして俺にも抱きついてくる。
「イリンとクアちゃんには、ルナの本当の姿が見えるの?」
「見えます、見えます!! 蛇だあ!! 嫌だあ!! アーン、アーン!!」
ルナは俺達人間には一見普通の猫に見えるが、正体は『アイニ』という名の悪魔である事は以前話した。
『アイニ』は猫とヘビ、人間の頭を持つ悪魔だと言う。
確かに、天使とはいえ幼女にその姿を見せるのは酷だった。
「ルナ、向こうの部屋へ行きなさい」
相変わらず双方から抱きつかれながらルナに命令すると、馬鹿猫は「ふん」と鼻を鳴らし、だが淋しそうにドアの外へ消えて行った。
イリンとクアちゃんはシクシク泣きながら俺に訴えた。
「……そういう事で、本日より人間界の言語は元に戻ります」
「『アイニ』が居ると知ったからには、もうこのお家には来ません」
天使がそんなんでいいのか。
でもまあ、これで一応の『混乱』は収まった。俺は清々しい気持ちでいっぱいになった。
勿論、すぐには元に戻らないだろうけど……。
「紗里子、百、もう大丈夫みたいよ」
俺は2人を連れて外に散歩に出かけた。
早速言語の混乱が戻ったのだろう、外には前日までより人が多いように感じた。
普通に『会話』をし、泣きながら抱き合っている人達も見かけた。
冬にしては暖かい日差しの昼だった。舞い散る枯葉すら美しく見える。
神はよくぞ人間から木までを奪わないでいてくれた、と思った。
本当はそんなにのどかな気分ではいられない『試練』が待っていたのだがーー。




