ルナの正体
猫のルナはこんな状況でも相変わらず寝てばかりいた。
「寝る子」を「ねこ」とはよく言ったものだ。
しかし、ルナーー紗里子が魔法少女になる前に家にやって来た猫ーーは、普通の猫ではない。
まず人語をしゃべる。
頭脳が人間並み。
そしてーー恐らくは何かを知っている。
ルナはルシフェルの事を『魔王』と呼んでいた。
「おい、ルナ。起きろ」
「うーん、うるさい。何ですかニャー?」
ルナはお見合いで失敗して以来ちょっと大人しくなったようだが、だんだんと元気を取り戻していた。
「お前に聞きたい事がある。お前、魔女の世界について何かを知っているな?」
そこでルナは、口をモゴモゴさせながら、こちらが思いもしなかった返答を寄越した。
「知ってるも何も、ぼくは魔女の世界から来たんですニャー」
「……え?」
「名前はアイニといいますニャー。本当は猫とヘビ、人間の頭を持っているのです」
「……お前は悪魔の一種なのか? だってどう見たって外見は普通の猫だしヘビや人間の頭なんか持ってないじゃないか」
ルナは前足をきちんと揃えて胸を張る。
「だって、こっちの方が可愛いじゃないですかニャー」
「……いや、確かにヘビや人間の頭なんかくっ付いてたら飼えないけど」
もしかして。
「……紗里子の両親の事は知っているのか?」
ルナは黙る。
「おい! ルナ!!」
ルナは仕方ない、という表情をして口を開いた。
「本当は紗里子が15歳くらいになるまで秘密にしてほしいと頼まれてたんですけどニャー」
やっぱり何か知っているのか。
「ぼくは、紗里子の母親のサリエル様から言付かって人間界に来たのです。『サリコが5歳になったら行ってほしい』って」
「……」
「母親の愛は人間も魔女も変わりませんですニャー。いえ、魔女の方が母性愛は強いかもしれませんよ。ぼくは紗里子が魔法少女になるためのトリガーだったのです」
しかし、それのせいで紗里子が魔法少女になってしまったのだから、母性愛とは言い難いと思った。
普通の女の子の方が紗里子にとってどれだけ幸せだっただろう。
それについてもルナは反発した。
「紗里子の周りは危険でいっぱいでしたよ。覚えていませんか。紗里子が4歳の時に、『大きいお化けが紗里子を睨んでた』と泣きじゃくっていた事を」
「ああ……。そんな事もあったかな」
ルナは人間界に来る前の事まで知っていたのか。魔女の世界で見守っていたというわけだった。
「知っているでしょうけど、紗里子のお母さんは魔女の世界でも偉い人です。だけどその分、サリエル様の命を狙って階級上位に行こうとする悪魔も沢山いたのですニャー」
「それで、紗里子が自分の身を自分で守れるように魔法少女にしたと?」
「まあ、そういう事ですニャー」と言って、ルナはまた眠ろうとした。おいまだ話は終わってねえ。起きろ馬鹿猫。
「眠い眠い。何ですかニャー」
「すると、紗里子の母親は、自分達が紗里子の心臓に封じ込められる事をあらかじめ予測してたって事か」
馬鹿猫は前足で目をこすりながら言う。
「それはルシフェルが突発的にやった事ですから、そこまでは予測できてなかったんじゃないですかねえ。ただ……」
ただ?
「人間の男性と恋に落ちるなんて禁忌中の禁忌ですから、バレたら何かしらの罰を受ける事だけは覚悟してたんじゃありませんかねえ」
「ぼくはサリエル様の飼い猫でしたから、分かるのです」
そう言ってルナは今度こそ本当に眠ってしまった。
ルナについてはおかしな事がいっぱいあった。
一番思い出しても奇妙だと思っていたのは。
俺と紗里子が魔法少女に変身する度にキャーキャー驚いていた百が、人語を喋る猫のルナを最初から受け入れた事だった。
あれもまた、本名『アイニ』のルナが百にかけた魔法だったのだろう、と俺は思い当たった。
俺は悪魔に関する辞書を本棚から取り出し、『アイニ』という項目を調べた。
曰く、
『人を賢明にし、また、隠された物事に関する質問に対して真摯に答えてくれる』(引用)
そこまで悪い悪魔じゃなさそうだ。
「おいルナ、飯だ」
『飯』と聞いて、耳をピンとさせ起き上がったたルナは、現金にも
「お腹が空きました」
と言ってベッドから降りた。
今日は奮発して、魔女の世界から取り寄せたササミでも茹でてやろう、と思った。




