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神の視点

 


  「人間界の紅茶というのは悪くないものだな。天界には無い」


  ゼウスは美味そうにミルクティーを飲みながら人間界のまた別の神が宿る『神社』の様子を見渡していた。


  先程の猟銃事件があったから、周りには警察官以外誰もいなかった。

  その警察官にもゼウスのチカラを使って、俺達の姿を見られないようにしていた。


  「聞きたい事は山ほどある、といった表情だな。こちらが言いたい事は昨日イリンに言わせた通りだ」


  「しかし、言語の乱れは早々に戻して貰わないと困ります。それと、どうして黒づくめなのですか」


  芸大を目指している遠山の教え子、中村葉月の事を何故か思い出した。

  彼もそろそろ入試だろう。


  「まあ、人間界で言う『喪に服す』といった所だな」


  ゼウスは神妙に言った。


  「言語の乱れ。それはルシフェルとお前達の出方次第だ」


  ゼウスは無表情の中にもどこか温かさを湛えた様子でポツリポツリと呟く。


  「『虫』の退治はご覧の通り、真面目にやってますよ。でも魔法少女の絶対数が足りない。僕たちだけで追いつくものじゃありませんね」


  俺は神の前で本音をかました。

  実際そうなのだから仕方ない。


  「ルシフェルは、『人間界の危機は人間のチカラで何とかしなければいけない』と言っただろう?」


  さすが全知全能の神。よく把握している。


  「そういう事だ。これはルシフェルへのテストでもあり、人間へのテストでもあるのだよ」


  「それじゃあ僕たちは、これからも『虫』退治をしなければいけないという事ですか」


  ゼウスは目だけで笑った。


  「そう長引かせはしない。だがそれもルシフェル次第だ」


  あのルシフェルの野郎はこの神様に反乱を起こし、堕天使ーー最強の悪魔になった。

  それをどうして今更天界に戻りたがっているのだろう、と俺は疑問に思った。


  「なぜルシフェルは天界に戻りたがっているのだろう、と考えたな」


  びっくり仰天な事に、ゼウスは俺の心を読んだ。


  「そこはそれ、『サリコ』に関係している」


  「え!? 私……ですか!?」


  紗里子は驚いていた。

  無理もない。まず紗里子は自分の心臓の中に自分の両親が封じ込められているという事を知らなかった。


  そして魔女であり堕天使でもある母親のサリエルがルシフェルに愛されているという事も、知らなかった。


  「ルシフェルは、自分でも解けないかもしれない『魔術』に悩んでいる」


  紗里子の心臓の事だ。

  紗里子の両親が復活する時、紗里子の心臓は破れるかもしれない。それをルシフェルは心配している、と。


  ルシフェルは、悪魔らしからぬ『愛』を持ってしまった事で天界に戻りたがっているのかもしれない、と俺は思った。



  「せっかくだ、昂明護ーーマミ。『神』の視点を一瞬貸してやろうか」


  「え……。え? 『神』の視点、ですか?」


  いきなりのゼウスからの提案に俺はドギマギした。




  次の瞬間、俺は世界を見下ろしていた。




  小さな蟻が産卵をしているのが見える。

  女王蟻だ。働き蟻が女王蟻の為に餌を持ってくる。


  と、それと同時に、国と国との言語を乱したままの争いの様子が見える。まだ15にも満たない少年が銃で撃たれて絶命した。


  と、それと同時に、日本人の夫婦が言語が分からないままお互いの意思をぶつけ合う犬も食わない夫婦喧嘩の様子が見て取れた。

  どんな時になっても、日本は基本的に平和だ。


  そしてそれと同時に、俺には『時』が見えた。

  恐竜がいた頃の地球。その次には、織田信長が本能寺で死を遂げたシーンを目の当たりにした。


  恐ろしいのは……未来まで見えた事だ。

  人間がロボットと争い合っている姿。サマンサに言った『科学という魔法』の行き過ぎた様子。


  そして近々の未来では、あのバカ母に保険金目当てで殺されかけた幼女あいらが施設に入り、ついに生徒達に慕われる教師となった20年後の未来。


  くだらない事に、中村葉月がゲーセン三昧でまたもや芸大に落ちた未来まで見えた。



  ……ああ、という事は、入試のシーズンまでにはこの混乱は治まるのだな……。と、安心した刹那。


 

  俺は神社の境内に戻っていた。


  「パパ? パパ、どうしたの?」


  紗里子が心配げな表情で俺の肩を揺すっていた。


  「あ、ああ……。あれ!? 紗里子、ゼウスは!?」


  「ゼウス? それ、何の事?」


  「……」


  神は、紗里子からはその記憶を消して姿を消していたのだった。


  ゼウスがなぜあの時俺に『神の視点』を与えたのか、今なら分かる気がする。


  そして肝心の、紗里子の将来は俺の『視点』には入ってこなかった。




  家に帰ると、百が暇を持て余して作っていたのであろう、おせち料理と雑煮が待っていた。


  「百、この黒豆かたーい」


  紗里子がぷうと口を膨らませた。

  「いつもは私がおせちを作るのに」といった様子で少しの嫉妬が見て取れたが、基本的にはいつもの正月が迎えられて喜んでいたようだった。


  混乱が治まるのはもう少しの間だ。

  666万人の犠牲は無駄にはしない。


  しかし、それと同時に紗里子の心臓が裂ける時間も迫ってきているのではないかと、俺は気が気じゃなかった。


  百の作った黒豆は、確かに固かったが甘さが丁度良かった。


 

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