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奇妙すぎな来訪者

 


  リリィ・ロッドの知らせによると、言語が乱れて以来6日間、直接的にも間接的にも死亡した人間の数は世界中で666万人強。


  それが多いのか少ないのか分からない。 いや、多いのかーー。666は悪魔の数字だ。

  だがジェスチャーや絵を使ってコミュニケーションを図る人間の『知恵』がそれくらいの数でも済まされたとも言える。


  だが、俺達魔法少女が世界中を飛び回っても666万人の命を救う事が出来なかったというのは無念の思いだった。



  その日は大晦日であった。

  例年なら、紗里子が料理本の見よう見まねでおせちを作ったりお雑煮の準備をしているはずだったが、その年はそれどころじゃなかった。


  「パパ、明日のお正月はどうなるんだろうね」


  紗里子もこの6日間で疲れが溜まっているのか、少し痩せてしまったように見えた。


  「まさか毎年どおり神社にお参りに行くわけにもいかんだろうな」


  だけど俺は紗里子が1年に1度楽しみにしている正月くらいは休ませて、束の間の楽しい時間を作ってやりたいと思っていた。


  百は相変わらず家にこもっていた。身を守る為とはいえ、身体や精神にとってあまり良い徴候とは言えなかった。


  と、そこへ。


  「ピンポーン」


  玄関のベルが鳴った。

  普通なら警戒しなければならないところだし、またルシフェルの野郎が来たのかと思ったが違うようだった。


  インターフォン越しに声を聞くと、女の子のようだ。

  曰く、


  「貴女は神を信じますか?」


  ……ああ。

  こういう混乱が起こると、変な信仰宗教の信者が我が身の危険も考えずチャンスとばかりに訪問布教を始めるものなのかもしれない。


  ーーと思ったが。

  この彼女はなぜ言語が乱れた世界で訪問布教をしているのだろう。言語が通じないから普通の家庭に行っても相手にされないだろうに。何かおかしい。


  玄関のドアを開けてみると、そこには幼女がいた。よくインターフォンにとどいたなと思われるくらいの小さな女の子。

  彼女はもう一度聞いてきた。


  「貴女は神を信じますか?」


  「今の状況だと、信じざるを得ないわね」


  百もいる事だし、俺はつい女言葉で対応してしまった。


  「それより、貴女は何? お父さんやお母さんに言われてこんな事をやっているの?」


  そうだとしたら随分ズレた両親だと思った。




  「いいえ、私は天使です」




  ……天使だって?

  あの神の使いの? ルシフェルと対立する存在の?


  「天使の『イリン』と言います。昂明マミさんですね。じゃあお邪魔しますね」


  甲高い綺麗な声で宣言したイリンは俺の横をすり抜けるとスタスタと家の中に入って来た。

  ちゃんと靴を脱いで。


  「お茶を淹れさせて頂きますね。私、人間界のお茶が大好きなので、買って持ってきたんです」


  よく売ってる所があったな。


  イリンは手土産の緑茶を手慣れた手付きで人数分入れると、「休ませて頂きます」と行儀良くソファに座りズズズと緑茶を飲み始めた。

  そして、


  「もう一度聞きます。貴女は神を信じますか? 熱っ!」


  緑茶を一気に飲み過ぎて舌を火傷してしまったらしい。どうも天使らしくない。


  だが、俺の魔法少女時の名前を知っているという事は、少なくとも普通の幼女じゃないんだろう。


  俺はイリンの質問に答えた。


  「イリンちゃん、あのね。貴女の仕える『神様』のせいで人間が666万人も死んだの。神様にどんな御意志があったにせよ、人間としては許せるところじゃあないわね」


  「神はその全ての人達を楽園に行かせております。いわば良い人達だけが死んだのです。……ああ、なんて美味しいお茶」


  イリンは緑茶に夢中になりながら説明をした。

  俺も緑茶を飲みながら続けた。


  「でも、その死んだ人達の家族は悲しみにくれているでしょ? ねえ、神さまは何故こんな酷い事をしたの?」


  「直接の御意志は分かりかねますが、ルシフェルが関係している事は間違いありませんね。この人間界の状態は言わば、神からルシフェルに対する『テスト』のようなものなのです」


  テスト……。

  やはり、遠山が言ったように、ルシフェルは天界に帰るか、人間界の神になる事を望んでいるのだろうか。


  「もう一杯お茶を淹れてもよろしいでしょうか。あ、おかわりは? 良かったら淹れますけど」


  「私達は結構です」


  イリンはポットで自分の分のお茶を淹れると、また行儀よくソファに座った。


  「神は何もかもお見通しです。昂明マミさん、そして紗里子さん。貴女達がルシフェルに言われて『虫』退治を行なっている事も。熱っ!」


  また一気に飲み過ぎたようだった。


  「神はそれを推奨していまふ」

 

  イリンは噛んだ。


  「今回の訪問で一つお伝えしたかったのは、貴女達が神を憎む事のないように、それだけです」


  「……」


  「お茶碗を洗わせて頂きますね」


  イリンは人数分の茶碗を持ってキッチンに向かったが、背が低過ぎてシンクに手が届かないようだった。


  「あ。ありがとうございます」


  紗里子と百が手を貸すと、イリンは丁寧に感謝の意を述べた。

  そして、「では、お邪魔しました」と一礼すると、天使イリンは来た時と同じように玄関から帰っていった。


  「とうとう『天使』まで来ちゃったわね」


  もはや魔法少女の姿を解く気のない俺達の顔を見て、百が感慨深げに言った。

  魔法少女だけでなく、『神』。『天使』。


  そんなものの存在まで認めなければ人間界のこの混乱は説明がつかないのか、と言わんばかりだった。


  それにしても、亡くなった666万人強が楽園とやらに行けたのだけは救いかな、と俺は思った。


  どうせなら悪人が死んで地獄に落ちた方がよかったとは言え。


  しかし、改めてイリンは天使らしくない天使であった。ルシフェルの方がまだ天使っぽい。

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