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インフルエンザ



  紗里子と百が、高熱にやられてベッドに横たわっていた俺の顔を心配げにかわるがわる見下ろしている。


  「パパ、大丈夫? 大丈夫? これまで忙しかったもん、つらいよね……」


  紗里子が泣きながら俺の髪を邪魔にならないようにかきあげた。額にかいた汗を濡れタオルで拭いてくれた。


  インフルエンザだった。

  ああ、天井がグラグラする。


  と言っても、近くの医者は休業状態だったのでちゃんと診察して貰った訳ではなかったが。

 

  関節が痛い。喉が痛い。全身が痛い。

  絶対インフルエンザだ。


  回復魔法を使って治す事ができると思っていたが、人間界のウィルスには敵わなかったようだった。


  「卵がゆと甘酒を作ってくるわね」


  百がキッチンに向かった。百の料理の腕も上がってきた事だし、安心して任せる事が出来た。

  しかしそれよりも、紗里子や百にインフルエンザをうつすのは絶対に避けたい所だ。


  「紗里子、パパはいいから自分の部屋にいなさい」


  すると紗里子がまたもやしゃくり上げながら言う。


  「いやだよう、いやだよう。私、ここから離れない」


  本気で俺の心配をしてくれているのだった。


  「パパ、何か食べたい物ある? ご飯は百が作ってくれるから、果物か何か」


  果物か。


  「……そうだな。いつか魔女の国で売ってた、白雪姫が食べたとかいうあのりんごが食べたいな」


  魔女の国の屋台で売っていた香り高い、人間界の物とは違うりんごをその時俺は渇望していた。そのりんごは魔力を回復させるという。

  俺は魔力まで弱まっていたのかもしれなかった。


  「うん、分かった!! 急いで買ってくるね!! リリィ・ロッド!! 我を汝の地に召喚せよ!! 」


  例によって魔法少女の姿を解かないままでいた紗里子は、一瞬にして魔女の世界へ旅立った。ちなみに俺も魔法少女の姿のままで横になっていた。いつどんな事があるか分からないからな。



  「はーい、お待ちどうさま、卵がゆと甘酒よ」


  百が料理をお盆に乗せて戻ってきた。


  「……ありがとう」


  「どうする? フウフウして食べさせてあげようか?」


  百が本気とも冗談ともつかない表情で笑う。


  「ん。自分で食べる」


  卵がゆはちょっとしょっぱくて喉を痛めている身には辛かったが、空腹の俺には美味く感じた。


  「おいしい?」


  「う、うん。おいし……」


  百は俺の食べている姿をジッと見つめていた。

  そしてやがて口を開く。


  「……クリスマスの日からこっち、マミと紗里子はそのゴスロリを着たままだね」


  「…………」


  何か勘付いているのかもしれない。

  その昔から百は、俺と紗里子には不思議なチカラがあるんじゃないか、というような事を言っていた。


  魔法少女の姿を解けばいつでも記憶を消せるからその時期は変身したままでいたが。言語魔法を使ってコミュニケーションを取るためとはいえこんなにも長い間彼女に俺達の魔法少女姿を晒していたのは初めての事だった。



  「ねえ、紗里子はマミの事『パパ』『パパ』と呼んでるわね」


  ……何か聞いてほしくない事を聞かれるような気がした。そしてそれは当たっていた。


  「貴女達の『伯父様』、『昂明護』さんって、もしかして……マミ、貴女なん」


  「ゲホッ!! ゲホゲホン!! ああ、咳が止まらない!! 百、うつっちゃ悪いから部屋から出て!! おかゆと甘酒、ごちそうさま!!」


  俺はお盆を百に突っ返した。咳は空咳だ。

  しかし百はそれでも知りたがっているようだった。


  「とぼけないで。そのゴスロリを着てからというもの、貴女達は……」



  「パパ、ただいまー!!」


  間の悪い事に。

  紗里子が紙袋いっぱいのりんごを持って帰って来た。

  勿論、玄関から帰ってきた訳じゃない。

  魔法少女らしく、部屋の中央へテレポートしてきたのだ。


  百は言う。


  「ほら、こんな不思議な事がいっぱい。でも……」


  でも、なんだ。


  「私を欺いていた事はいいわ、だって私居候ですもの。考えてみれば子どもだけで長い間暮らせるのも貴女達の『チカラ』のおかげなのよね。でないと不自然だもの。まあ……」


  百はお盆を持って立ち上がった。


  「身体を大事にね。いくら不思議なチカラを使えたって、倒れてしまっては元も子もないわ」


  そして百はドアに向かい、こちらに背を向けたまま言った。


  「私に出来る事があったら何でも言って。もっとも、普通の人間である私には何にも出来ないんでしょうけど……」


  最後に振り向いて笑顔を見せ、こう言った。


  「おやすみ」


  紗里子はしまった、という顔をしていた。


  「玄関から帰って来た方が良かったよね……」


  「気にするな。どうせ記憶は後でまとめて消せる」


  俺は紗里子が買ってきてくれた白雪姫のりんごを手に取り、そのままサクッとかぶり付いた。


  「どう? パパ」


  「うん、やっぱり美味しい。チカラが身体に行き渡るようだよ。ありがとう紗里子」


  紗里子は嬉しそうに笑った。「いっぱいあるから、どんどん食べてね」と可愛い事を言いながら。


  百の、いや、関わってきた人間達の記憶を消す……。

  人間界の言語が乱れている今、変身を解けるのは随分先になるだろうか。それとも、案外早く終わるだろうか。


  俺は紗里子と一緒にりんごを食べながら、ルシフェルーー白井美砂に思いを馳せた。

  アイツも、もしかしたら『魔法少女』として世界を回っているのかもしれない、と思った。


  そうでなければ、インフルエンザくらいであのうるさいリリィ・ロッドが黙り込むはずがないからな。

  俺達の他に、魔法少女がいる。世界中にも。俺は確信めいたものを感じた。


  その夜、うつるからいけないと言うのに紗里子は俺のベッドに寄り添うようにして寝た。


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