混乱の始まり
「さて、今日がクリスマス本番の日だよね!!」
朝一番に紗里子が言う。
前日のイブの日は妹百の来訪があったので繰り上げになったが、例年我が家では25日にプレゼント交換をする事に決めていた。
サンタクロースだって、24日の夜にプレゼントを配りに行くもんな。
サンタクロースの正体は勿論『親』だという事に子どもの頃から気付いてはいたが、紗里子が魔法少女になってからというもの本当にいるんじゃないかと思うようになっていた。
「紗里子と、それに百の分のプレゼントも買ってきたんだ。開けてみてくれ」
俺が促すと、紗里子は大切な物を扱うように箱に結ばれていたリボンをゆっくりと解いた。
「わあ、綺麗なブレスレット!!」
紗里子は感激し、しばらくの間そのブレスレットに見惚れていた。やがて「付けてみていい?」とお許しを乞い、自身の細い腕にそれを飾った。
「素敵……」
紗里子はウットリした。
「でも、私にはまだ大人っぽ過ぎないかな?」
「何年でも使えるようなデザインのを選んだんだよ。アクセントのルビーが綺麗だろ」
我が『娘』は夢見心地の様子でブレスレットを付けた腕を上に上げたり下に下げたりしていた。「パパ、ありがとう! とっても嬉しい!!」と何度も言っていた。
「そう言えば、百はどうした? アイツの分も買ってきたんだがな」
「全然起きてこないね。さっき起こしに言ったんだけど、死んだように眠ってたよ」
「『死んだように』とか言うな」
前日に妹百がやってきて、色々あったから遅くまで眠れなかったのかもしれない。しばらく眠らせてやろうという事にした。
俺と紗里子はお互いに贈り合ったプレゼントを身に付け合い、しばしの楽しい時間を過ごした。
ーーと、玄関口のチャイムがピンポンと鳴る。紗里子がインターフォンに出た。俺は……嫌な予感がした。
「メリークリスマス!! 紗里子ちゃん!!」
「え……あれ……。もしかして美砂ちゃん!?」
『美砂』というのは、紗里子と同学年の少女の姿に変身したルシフェルのクソッタレだ。紗里子は『美砂』の正体を知らないから、嬉々として玄関のドアを開ける。
何しに来やがった。
白井美砂ーールシフェルは、紗里子の為にクリスマスプレゼントととやらを持ってきたらしかった。
俺は紗里子に気付かれないよう、精一杯睨みを利かせ美砂を威嚇した。相変わらず不気味に美しい顔をしていやがる。どうせろくでもない物を贈るんだろう。
「うふふ、あのね。とっても素敵なブレスレットを見つけたから、紗里子ちゃんに贈ろうと思ってお邪魔したの」
「え……? ブレスレット……?」
紗里子は困惑した。
美砂から渡されたその箱は、つい先程俺が紗里子に贈った物と同じブランドの物だったからだ。
そんな事を思い付く美砂ーールシフェルは悪趣味だ。
果たしてそのブレスレットは、俺が紗里子にプレゼントした物とそっくり同じデザインの物だった。
「あの、こんな高価な物貰えないよ……」
紗里子は何とかして美砂からのプレゼントを返そうとした。すると美砂は、すすり泣き始めた。何のつもりだ。
「ごめん、迷惑だったかな……? そうだよね、お友達になって間もないのにアクセサリーのプレゼントなんて、重いよね……」
「え、あの、重いとかじゃなくて……」
まさか同じ物を持っている、とは言えない紗里子はオロオロしていた。
「あのねえ、ルシ……美砂さん」
俺が出しゃばる事にした。
「アンタが自分で言ってる通りよ。同級生から高価な物を貰ってはいそうですかありがとう、と受け取れる中学生がいると思う? 持って帰って自分で付けなさいよ」
「パ……マミ、そこまで言わなくても……」
紗里子は俺と美砂に挟まれてほとほと困ったような顔をしていた。
「でも、紗里子ちゃんなら喜んでくれるかなあと思って。ねえ、ダメかなあ……? ダメかなあ……?」
ルシフェルは嘘泣きを続けている。
紗里子は決心したようだった。
「あの、えーと……。美砂ちゃん、ありがとう……遠慮なく頂くね……。でも、同じような値段のお返しプレゼントは出来ないと思うけど……」
「本当!? 紗里子ちゃん!!」
紗里子の返答に、つい先程まで泣いていたのが嘘のように明るい笑顔を見せたルシフェル。
ムカつく野郎だ。
「じゃあ、受け取って貰えた事だし、帰るねー!?」
「え、え……」
疾風のようにやって来て疾風のように帰る。これがコイツの人間の心を盗む技だ。
廊下を歩いていた時、グキッと足を外側に挫いて『ドジっ娘転校生』の演出をするのも忘れない。
その度に心配そうにキャーキャーする紗里子。
だがーー。
美砂ーールシフェルは、紗里子には聞こえないように、俺にだけ聞こえるように、無表情な顔で耳打ちした。
「今日から混乱が始まる」と。
白井美砂が帰り、しばらくして百がやっと目を覚ましてリビングまで降りてきた。
「百、もう2時だよ。お寝坊にしたって酷すぎる……」
と、紗里子が百に声を掛けた途端、百も口を開く。
「△×☆、%&◆6◎◇?」
百の口から出た『言葉』は、意味を成していなかった。




