表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/97

本物の穀潰し

 


  「中村、やめろ!!」


  遠山が、おばあさんにのしかかる中村を止めに入る。

  しかし、身体のかなり大きい遠山を一振りで吹っ飛ばす程、中村の力は強かった。

  中村はどう見てもそれ程大きな体躯ではないというのに。

  これは間違いない。『虫』だった。


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ!」


  いつもの『虫』を吐き立たせる呪文を唱えると、中村の口からはかつて見た事もない程の巨大な『虫』が這い出てきた。そして『虫』はまたいつものように煙となって消えていく。

  消える前に、じっくり観察したかったな。そう思わせる程、その虫はいつもと違っていた。


  中村なかむら葉月はづき

  それが『虫』を吐き出した若者の名前だった。


  「じっくり話を聞かせてもらおうか」


  古い一軒家の縁側。

  遠山は中村葉月と向かい合った。

  聞けば中村は、遠山がバイトでやっている絵画教室の生徒だという事だった。

  21歳。画家志望だったが、まだ美大や芸大に入学できていなかった。

  俺は、そのイライラを見知らぬおばあさんを襲う事で解消していたのかな、と思った。


  しかし、しばしの沈黙の後、中村は話し始める。


  「……さっきのばあさんは、俺の実の祖母です」


  「……なんだって?」


  「実のおばあさんに乱暴したのか?」


  俺と遠山は畳み掛けた。

  少女である俺が男言葉を使っている事に違和感を感じているようだったが、中村はポツポツと話し始めた。


  「……大学に、いつまで経っても受からない事に何度も何度も詰め寄られましてね。『お前なんかいつまで経っても入れる訳がない』『お前は穀潰しだ』なんて暴言を吐かれていまして。両親は知らぬ存ぜぬだし、いっそこのババアの年金でも盗んで家出してやろうと思いまして」


  「馬鹿野郎」


  遠山は激昂した。


  「そんな事したらお前の人生、ますます滅茶苦茶になるじゃねえか。それでもいいってのかよ!」


  「でも、このババアの嫌味に心底弱ってたんです。自分は生きる価値が無いんじゃないか、いっそ犯罪者にでもなって監獄で暮らした方がマシな人生送れるんじゃないかって」


  俺は中村の言葉にじっと耳を傾けていた。成る程、おばあさんへの長年にわたる憎しみが『虫』を巨大化させていたのだな。


  運の良い事に、俺は画家として何とか食っていけているが最初が上手くいかなかったら中村みたいになっていたかもしれない。

  勿論、俺には紗里子がいたから人生を棒に振るような事はしなかったし、出来なかったろうが。

  俺は『画家』という職業の危うさを思った。

  帰ったらまた紗里子の絵を描かなくてはいけない、と決意を新たにした。


  ーーと。


  「フン、その穀潰しは私が早く死ねばいいと思ってるんだよ」


  少し横になって元気を回復させたらしい中村のおばあさんが、布団から這い出て毒舌を吐く。


  「言っておくけど、葉月、アンタが大学に入ろうと何しようと私はアンタを無視するからね」


  「てめえ、ババア!!」


  中村が再度おばあさんに摑みかかろうとした。それを止める俺と遠山。


  それにしても、このおばあさんも何か変だ。実の孫にあんな目に合わされたってのに、それでも毒を吐くんだからな。

  そんなに『穀潰し』の孫が憎いってのか?


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ! この老女の真の姿を写し出せ!!」


  俺はおばあさんにも呪文をかける事にした。このおばあさんの真の声を。孫に対する思いを。俺は知りたかった。


  すると、和服姿のおばあさんはゆっくりと立ち上がり、タンスの中から預金通帳を持ち出した。


  ーー中身はーー300万円。


  「葉月、お前が芸大に受かったら渡そうと思ってたんだ」


  おばあさんはつっけんどんに言い放った。目を丸くする中村葉月。


  「でも、来年になってもまだ受からなかったら、このお金は私が使っちまうからね。いつまでもアンタの道楽に付き合っちゃられないよ」


  中村はずっと下を向いて泣きそうになるのを堪えていたようだった。


  ババアのツンデレ。

  可愛くもないし中村以外は誰も得しないが家族愛だけは伝わった。


  「……良いおばあさんじゃねえか。反抗するのはもうやめろよ」


  遠山は中村の肩に腕を回した。

  俺はとっくに魔法少女の姿を解いている。つまり、そのおばあさんの預金通帳の件は中村の中でずっと覚えているという事だった。



  「なあ、老人にだって金を正しく使う人はいただろ?」


  帰り道、俺は電車の中で遠山に言ってやった。

  遠山は答えた。


  「まあ、あんなばあさんもいるんだって事は脳の片隅にでも置いておく」


  それよりも、遠山は自分が務める絵画教室の生徒があんな環境に置かれていた事に相当なショックを受けていたようであった。

  中村には今後ますます目をかけてやる事にするよ、と遠山は決意を固めていた。


  「あいつ、来年は受かるかなあ」


  「ああ。受かると良いな」



  ーーところが中村葉月は次の年の試験にも見事に不合格となり、あの300万円はあっさりおばあさんの旅行代に消えたらしい。

  理由は中村が絵も描かずにゲーセン三昧だったからだ。中村は本当に穀潰しだったのだった。


  悪い事をすればそれなりのものが返ってくるんだよ、と俺は紗里子に教えた。

  まあ紗里子に限ってそんな心配は無かったのだが。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ