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サリコの心臓

 


  「パパさえいれば死んでもいいから」


  こんなセリフをまだ13歳の紗里子に言わせた事が俺の心を痛め付けていた。

  ルシフェルの事も、まだ何にも分からずにいた。


  少しでも話を進展させようと、ある晩俺は俺専用のリリィ・ロッドをとっちめてやる事にした。

  リリィ・ロッドはルシフェルへの忠誠心からか、なかなか核心まで口を割らない。


  「ルシフェルは以前、『紗里子を傷付けるつもりはない』と言ったな」


  午前3時の暗闇の中、俺は光を放つ棒っ切れにまず大事な確認を取った。


  「勿論ダ。小娘1人殺シタ所デ、ルシフェル様ニハ何ノ、メリットモ、ナイ。オ前ハ自分ノ娘ヲ過大評価シテイルノデハナイカ」


  過大評価? 自分の『娘』の身を心配する事の何が過大評価なのか。俺はムカつきながらも更にリリィ・ロッドに詰め寄った。


  「それじゃあ、紗里子の命は保証されているって事でいいんだな?」


  しかしリリィ・ロッドは歯切れ悪く答える。


  「保証トイウ保証ハ、デキナイ。ルシフェル様ニトッテ、サリコハ、ドウシテモ生カス程ノ価値ガアル存在ナ訳デハナイカラナ」


  「てめえ」


  俺は激怒した。


  「俺はルシフェルの『現し身』なんだろ? その現し身たる俺の大事な『娘』を軽んじる事は許さんぞ」


  リリィ・ロッドは沈黙した。

  そしてやおら口をーー口というものがヤツにあればだがーー開くように衝撃的な事を言い出した。


  「ダガ、タダヒトツ、オ前ニ興味深イ情報ヲ与エテヤロウ」


  「興味深い情報?」


  俺は身構えた。何か悪い予感がしたからであった。


  「オ前ハ、サリコノ両親ニツイテノ行方ヲ探シテイルナ?」


  「……ああ」


  まずそれが第一の願いであると言っても過言ではない。

  紗里子が自分の『娘』ではなくなる事に一抹の淋しさを感じないでもないが、紗里子が両親に会えればもしかしたら紗里子も危険の多い『魔法少女』なんかではなく『普通の少女』に戻れるかもしれない。


  俺は再度リリィ・ロッドに詰め寄った。


  「紗里子と紗里子の両親について知ってるんだな? 答えろ、リリィ・ロッド!」


  「……サリコノ両親ハ、サリコノ心臓ノ中ニイル」


  ……何だって?……。

  ……『心臓』?


  「サリコ、ノ父親ハ人間。母親ハ魔女ダ。ドウヤッテ知リ合ッタノカハ定カデハナイガ、コレハ魔女ノ世界デハ『タブー』『禁忌』トサレテイル」


  「…………」


  俺は開いた口が塞がらず、ただ黙ってリリィ・ロッドの言葉を追うのに精一杯だった。


  「『魔女』ノ父親ハ『悪魔』ダ。人間ナンゾト結バレタ、サリコノ母親ハ罰ヲ受ケル事二ナッタ」


  「…………」


  「即チ、相手ノ男ト共二ソノ存在マルゴトト魔力ヲ娘デアル、サリコノ心臓に封ジ込メルトイウ罰ヲ受ケタ」


  俺は頭が痛くなった。


  「ツマリダ。サリコガサリコノ両親ヲ再ビ、コノ世二戻スニハ、サリコノ心臓ヲ引キ裂クシカ……」


  そこまでリリィ・ロッドが説明した刹那。俺の両の腕はリリィ・ロッドをへし折ってやろうとこの忌々しい棒っきれに力を込めていた。


  勿論、ルシフェルのチカラで作られたリリィ・ロッドは人間の、しかもか細い少女の腕では到底へし折る事は出来なかった。


  「ハハ、フハハハハ!!」


  リリィ・ロッドの……棒っきれの、乾いた笑い声が夜の闇に響いた。こころなしかヤツの放つ光は弱く点滅しているように見えた。


  「ーー何が可笑しい! お前、この前は紗里子の両親の安全も確保するって言っただろ!?」


  「ソレハサリコノ心臓ノ中ニ居タママナラトイウ話ダ。ソノママナラ死ヌ事ハナイ。サリコノ両親ニ会ウ事二ツイテハ諦メロ。『魔女ノ世界』ノ掟ハ絶対ダカラナ」


  そう言ってリリィ・ロッドは異世界に帰って行った。


  「おい! 話はまだ終わってねえぞ!!」


  ーー両親の存在丸ごとを? 紗里子の心臓の中に閉じ込めた?

  両親に会うには……。紗里子の心臓を……。


  誰だか知らないが、俺はそんな残酷な罰を与えた何者かを大いに憎んだ。

  リリィ・ロッドをとっちめるつもりでいて絶望させられたのは俺の方だった。



  次の日は土曜日だった為、紗里子も学校が休みである事だし紗里子をモデルに絵の仕事に集中した。


  「紗里子、もう少し上を向くんだ」


  「はあい。でも、立ったままの全身絵を描くなんてパパの作品にしては珍しいね」


  「……疲れたか?」


  昨夜のリリィ・ロッドとの一件もあり、俺は紗里子を気遣った。


  「ううん。全然! むしろ新鮮だよ、こんなポーズ。いつもはベッドの上に横たわってるだけだものね!」


  紗里子は明るく笑う。

  自分の心臓に何が隠されているかも知らずに。


  俺はキャンバスに顔を隠し、溢れ出る涙を拭う事に必死だった。

 

  ーー絶対に、紗里子の命も、紗里子の両親の命も守ってみせる。

  そうじゃなきゃーー可哀想過ぎるじゃないか。紗里子も。紗里子の父親である高田も。まだ見ぬ紗里子の母親だという魔女も。

  だが俺にはどうすれば彼ら彼女らを守る事が出来るのか見当もつかなかったのであった。


  「……パパ、泣いてるの? どうしたの……」


  紗里子が心配げに問うてきた。


  「ああ、ちょっとコンタクトレンズがな……。全くソフトレンズと違ってハードのやつはゴミが入ると激痛が走るんだからな」


  「……そう?」


  紗里子は納得していないようであった。


  ルシフェルのチカラに頼るしかないのか。ルシフェルは魔女界の親玉だ。

  ヤツならば、きっと紗里子や紗里子の両親を救えるーー。そう信じていた。

  しかし、今の所はルシフェルの指示した通りに人間界に潜む『虫』をコツコツと駆除していくしかないのか、と俺は自分自身の無力さを呪った。


 

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