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ココア・コーヒー会議

 


  某国で、また銃乱射事件が起こった。

  所謂『テロ』ではなく、同国人の愉快犯のようであった。

  俺はその犯人にも『虫』の存在を思った。


  日本には俺と紗里子と、もしかしたら他にも魔法少女が存在していたのかもしれないが、外国ではどうだろう? 紗里子が昔話した所によると、世界中に魔法少女は散らばっているが、絶対数は少ないのではないかという話だった。


  某国の事件は防げなかった。近くにその国の魔法少女がいなかったのだろうか。

  もしそうだったならば、『最強』の魔法少女である俺が外国まで出張して未然に防がなければならないはずだ。

  何しろ「これから人間界が混乱に陥る」とのリリィ・ロッドの弁だったから。


  だが、外国で起きた事件は俺や紗里子には事前に知らされなかった。

  以前、トットという迷子の白人少女を母国であるロシアまで連れて行ってあげたくらいのチカラはあるのに。



  秋と呼ぶには寒く、冬と呼ぶには中途半端な季節。

  俺と紗里子は温かい缶ココアを飲みながら広い公園のベンチに座って『会議』をしていた。

 

  紗里子にも、これから人間界で何かが起こりそうだという事を話しておかなければならなかった。

  公園の木々は赤や黄色に色付いていて、紗里子はそんな美しい風景を俺と一緒に見られる事を無邪気に喜んでいた。


  だが、これから話す事はとても『美しい』とは言えないものだった。

  俺は紗里子に本題をぶつける。


  「以前、魔女の国のお姫様が言った事を覚えているか?」


  「……レイの言った『ルシフェルがとち狂った』って話?」


  掌を缶ココアで温めながら紗里子は問う。

  さすが紗里子。勘が鋭い。


  「……そう。ルシフェルは、俺達『魔法少女』を使って何かを企んでいる」


  「『企んでいる』? だってルシフェルは私達の、えーと、『上司』みたいなものでしょ?」


  紗里子は缶ココアを熱そうにちびりちびりと口に運んでいた。


  「そうなんだけどな。正直、ルシフェルが何を考えているのかパパにも分からない。でもパパ専用のリリィ・ロッドが現れた事には気付いてるだろ? アイツが言ったんだ」


  「言ったって……。何を?」


  紗里子は不思議そうに首を傾げた。


  「『これから人間界に大きな混乱が起きる』って」


  紗里子には、その『混乱』とやらがどの程度の規模なのか想像が付かないようだった。


  「でも俺達がルシフェルに任されているのは『虫』の駆除だけだ。ただ例えば、戦争が起きるとして、各国の首脳が『虫』を飲まされていたら、それを駆除しに行かなければならない」


  「…………」


  まだ中学生の紗里子には酷な話だった。


  「勿論、俺1人で行って『虫』を払う事は出来ないでもない。でもこの前のサマンサと解決した実の親による幼女暴行事件。あの時もサマンサのチカラを貸して貰った」


  「うん」


  「……だから、もし有事が起きた時に、紗里子、お前のチカラを借りなきゃいけない時がくるかもしれない」


  「うん」


  紗里子は熱心に、そして何事かを察するかのように大人しく聞いていた。


  「紗里子、パパはお前を危険に晒したくない。晒したくないけど、自分がもう8年も続けている『魔法少女』だっていう事を忘れてほしくないんだ」


  「つまり、死の覚悟をしなければならないって訳ね」


  「死の覚悟って、お前……!」


  俺は仰天した。そして中学生の紗里子にそんなセリフを言わせてしまった事を後悔した。

  例えそれが人間界を救う為の重大な話であってもだ。


  「……紗里子、ココアもう1缶飲むか」


  「うん。飲みたいな!」


  俺は自販機に行き同じココアを買ってやった。自分用にはブラックコーヒーを。

  紗里子が家で入れてくれる砂糖控えめのココアと違って、どうも缶ココアは甘ったるくて口に合わない。


  「あのね、パパ」


  新しい缶ココアのタブを開きながら、紗里子は言う。


  「私、大丈夫だよ。パパさえいてくれれば、大丈夫だよ。例え……」


  例え?


  「死ぬ事になったとしても、パパさえ側にいてくれれば、私は平気だな! だってパパの事が好きなんだもん!」


  紗里子は屈託無く笑った。

  俺の薄い胸の辺りが、ズシリと痛む。


  「紗里子、そんな事を言うな。パパは『最強の魔法少女』だぜ。それにもしお前が……死んだとしても……パパには死人を生き返らせる呪文が使えるんだからな! 安心しろ!!」


  以前、死体の状態から生き返らせた、あの懐かしい青ビキニの出口アツコさんの事を思い出す。懐かしいと言っても、まだ数ヶ月も経っていなかったが。


  しかし俺が魔法少女となってからのそれまでの期間、色々な事件に巻き込まれたので時間の感覚がおかしくなっていた。


  ーー死体を、呪文では生き返らせないケースもあったなーー。

  俺はブルっと身震いした。

  そんな俺の様子を見て紗里子は心配げに言った。


  「パパ、寒いんじゃない!? 風邪ひいちゃうよ、もう帰ろう!」


  紗里子が俺の手を握った。

 

  「パパ、手が冷たい!」


  「紗里子の手はあったかいな」


  俺は泣きそうになるのを我慢した。


  「エヘヘ、ココアであっためてたもん!」


  そう言って、紗里子は握った手をぎゅっと強めた。


  「パパ、私はパパさえいてくれれば大丈夫だよ。例えパパが女の子のままでも」


  紗里子は繰り返した。


  「私はどうでもいいけど、パパがご執心の私の『本当の両親』もきっと元気にしてるよ」


  「……ああ。『ご執心』とはよく言ったな」


  俺達は銀杏並木の中をずっと手を握って歩いた。

  紗里子の胸元には、出口アツコさんから貰ったハート型のブローチが輝いていた。

  そのブローチはおっさんである俺の趣味ではなかったから引き出しに入れたままにしてあったが、そもそもアレには出口さんからの『おまじない』がかけられていたのであった。


  たまには紗里子とお揃いで付けてみようかな、と思った。縁起物だしな。



  家に帰ると、百がクリームシチューを作って待っていた。


  「もーう、2人ともどこほっつき歩いてたの!?」


  と責められた。

  百の作ったシチューは、まあこの家に来た当初に比べればマシにはなっていたが、……ジャガイモが固かった。


  「百、ジャガイモよく煮えてないじゃん!!」


  紗里子のツッコミが飛ぶ。

  この2人も数ヶ月の間で随分打ち解けたものであった。


  「今日は3人でお風呂に入ろう」と珍しく紗里子が働きかけ、ワイワイキャーキャーとバスタイムを楽しんだ。


  そしてその後、久しぶりに紗里子と絵の仕事をしたのであった。


 

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