五芒星
毎朝の日課として新聞を読んでいた。 2〜3紙には目を通していた。
その全ての第一面に、この所話題になっている連続殺人事件の犯人を追う記事が載っていた。
「私のリリィ・ロッドは何の反応もしないのよ。被害者からのSOSがあってもおかしくないのに」
と、紗里子は不思議がった。
確かに、俺のリリィ・ロッドもうんともすんとも言ってこなかった。
本気の自殺志願者の依頼殺人なのかもしれないな、と俺は思った。
リリィ・ロッドは大抵、本当は死にたくない人達の助けに呼応して転移してくるから。
安楽自殺のつもりでいるなら例え殺人でも静かに眠れたのだろう……。
とか言ってる場合ではない。
自殺だろうが何だろうが、人が死ぬのは決して喜ばしくない事だ。
それなのにリリィ・ロッドが転移してこないのは、魔法少女の親分たるルシフェルの怠慢と言える。と、
「おや……?」
新聞の記事を眺めている内に、俺はある事に気付いた。
被害者の遺体が発見されている地図を見た所、それらの場所を点と線で繋ぐと……。
それは、五芒星になった。
試しに、マジックで遺体発見現場の点をキュッキュッと繋いでいくと。間違いない、やっぱり五芒星だ。
五芒星というのは俺と紗里子が魔法少女に変身した際にも胸元に飾られてある、悪魔を召喚する象徴の形でもある。
これは犯人、狙ってやってるんじゃないのか。
犯人はオカルトマニアで、『遺体=生贄』を五芒星の形になるよう埋める事で悪魔を召喚したいのだろうか。
もう一度マジックで引いた線をよく見てみると、完璧な五芒星とするには一部欠けた場所があった。
S市のK町だ。そこまで遠い所じゃないし、そもそも魔法少女の俺にはテレポート機能も付いてるんだからホイホイだ。
俺は新たな事件が起きる前に、その場所に待機する事にした。
紗里子は連れて行かなかった、危険に巻き込みたくなかったから。
俺がS市K町の、事件が起こりそうな場所ーー某大企業の倉庫で身を潜めていると、20代くらいの1人の男と、まだ10代に見える少女がやって来た。
時間は夜の2時だった。
2人は、何やらゴニョゴニョと会話をしているようだった。
「リリィ・ロッド、2人の会話をよく聴かせろ」
すると彼等の声が、直接俺の耳に話し掛けるかのように鮮明に聴こえてきた。
「本当に、苦しむ事なく死ねる薬があるんですか?」
これは少女の声だった。
男の声が返事をする。
「大丈夫。強い薬だから」
それだけ言って後は2人とも無言だった。
やっぱり自殺志願者を狙って殺人を繰り返していたのだ。他の被害者もそう言って懐柔してきたのだろう。
「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ……」
「何だ? お前は!?」
2人の前に立った俺はリリィ・ロッドを振り、一応いつものように『虫』を吐き出させる為の呪文を唱えてみた。
しかし、何事も起こらない。
そうか、この2人は『虫』を飲み込んではいないのだな。
純粋な自殺志願者と純粋な悪魔信奉者。
自殺志願者の方はよくある事として、悪魔信奉者を相手にするのは初めての事だった。
「まだ子どもじゃないか。お前は後でついでに始末してやるよ。さあエリちゃん、この薬を……」
そう言って少女に『強力な薬』とやらを手渡し、飲み込ませようとする悪魔信奉者の男。
「エル シアイ レイベット アセレベルスス イ ブルサ!!」
俺の口からまたもや新作の呪文が口を付いて出た。
すると少女の目は、みるみる活気に溢れ、自殺なんて冗談じゃない、という色に変わっていった。これも活性魔法の一つだったらしい。
「私、やっぱり自殺やめます」
彼女はキッパリと言い放った。
男は驚いたようにして、それから少女の胸ぐらを掴んだ。
「おい、ふざけるなよ! もう少しで『星』が完成するんだ、てめえには死んでもらう。ついでにそっちのゴスロリお嬢ちゃんにもな!」
男は、恐ろしい素早さで少女の首を片腕で締め上げ、彼女の口にその薬とやらを放り込んだ。
「おい、てめえ何のつもりだ!!」
いつもの女言葉から解放された俺が、その男ーーAと呼ぼうーーに叫んだ。
本当に強力な毒薬だったらしく、少女は絶命した。
「野郎、いい度胸してんじゃねえか」
俺はAと少女の遺体の元に駆け寄り、まずは少女を生き返らせる為の呪文を唱えた。
「応えて言おう。カモメルアル ウドリナノルム マルチカン チシン」
所がーー何事も起こらない。
少女の息は止まったままだった。
「おいおい口が悪いなあお嬢ちゃん。まあいいや、これから面白い物を見せてやるよ。1人で見るのはちょっと勿体無いからな」
Aはそれこそ悪魔じみた笑みを浮かべた。
亡くなった少女の遺体が光り出すーー。
もし、ドローンを使ってでも上空から眺めたら、今までの遺体発見現場とこの場所が『炎の線』で五芒星の形に浮かび上がっただろう。
この場所は五芒星を作る為の最後の現場。
Aが叫び出す。
「ルシフェルよ、我が元に召喚されたまえ!!」
ルシフェル……だと? そんな馬鹿な。ルシフェルは魔法少女たる俺に加護を与えてくれる存在のはずだ。
こんな普通の人間の元に、そう簡単に現れるはずがない。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。そしてAに問う。
「てめえ、何考えてやがる」
「女の子がそんな口をきいちゃいけないぜ。まあいいや、冥土の土産だ……。俺は近頃マスコミが騒いでる連続殺人の実行者だ。何で殺したって……ルシフェルに最強の力を与えて貰う為さ」
「最強なのは俺の方だ、阿呆野郎め」
しかし、少女の周りは炎に包まれ、地中からは巨大な悪魔と見られる頭部がせり上がってきていた。




