楽しい温泉
「義母から、お世話になってる皆で温泉にでも行って来なさいって言われたの。行きましょうず」
陸野百が「行きましょうず」と言った。どうも『育て方』を間違えたらしい。
それにしても、随分優しい『義母』じゃないか。百はそれでも家では『孤独』を感じているのか。親御さんも気を使っていらっしゃるようだし、帰らせた方がいいんじゃないか。と心配する俺。
「子どもだけで泊まらせてくれる所なんてあるの?」
紗里子が不安げに問う。百は胸を張る。
「心配しないで。我が家、の……行きつけの旅館なの。ママが話を通してくれてるし、私と女将さんとも顔馴染みだから」
それに、と百はかぶせてきた。
「今時中学受験で1人でシティホテルに泊まる小学生だっているんじゃないの?」
滅茶苦茶な例えだが確かにそういう小学生も存在するかもしれない。
温泉か。久しく紗里子を連れて行ってやっていない。悪くない話だった。
場所は熱海。
一つ一つの部屋に露天風呂が付いている良い宿だったが、せっかくだから大風呂に行こうという事になった。
「百ちゃん、お久しぶりね。まあ、皆さんとっても若くて可愛らしいわ、良いお友達ができて良かったわね」
女将さんが部屋まで挨拶に来てくれた。
「あ、は、はい。こっちの金髪の子がマミ、こっちが紗里子って言うんです」
百が俺達を紹介したので、こちらもピョコンとお辞儀を返して自己紹介をする。
それにしても、百の不慣れに見える女将さんへの挨拶は気になった。
「大風呂、今は他のお客様は入っていらっしゃらないわよ。今の内に行ってきたら?」
女将さんの勧めもあり、俺達はすぐさま浴衣に着替えて大風呂へGO。
確かに、誰もいなくて貸し切り状態だった。温泉らしく湯気がモワモワと立ち込めていた。
俺は素っ裸の百を見た事が無かった。一度、絵のモデルにした時に下着姿を見た事があったが、紗里子以外のJCの裸なんて見るのが躊躇われた。俺は百の方になるべく視線を向けないようにした。
「わあ、紗里子、マミの描く絵の通りの身体ね!! 何だか実物を見るなんて感激しちゃう!!」
さっきの女将さんへの『挨拶』と豹変して、百ははしゃいでいた。
「でも、絵よりもオッパイが大きくなったかしら? 成長したのね。触らせてよ!! マミ、紗里子を押さえていて!!」
「するもんですか、そんな事!」
俺は叫び、そのついでに百の方に視線を移してしまった。
白い肌に、よく分からんがCカップくらいはあるのだろうか。ほぼ大人の女として完成に近そうな胸を揺らしていた。
着痩せするんだな、とちょっと感心した。あの青ビキニ出口アツコさんの時もそうだったが、少女の姿になった俺は女体というモノにほぼ関心がなくなっていたのである。
女体と言っても中学生だが。
それより俺は自分の腕で自分の胸を隠すのに気を使っていた。
紗里子にも言われた通り、俺の胸は『めっちゃささやか』なのであった。そしてそれから『成長』する気配も無かった。
女体に関心を持てなくなった代わりと言ってはなんだが、俺は自分の胸が『めっちゃささやか』であった事をちょっとばかり気にしていたのである。
「マミ、どうして胸を隠すの? 貴女の胸が小さいなんて服を着ていても察しが付くんだから。堂々としなさいよ!」
百が自らの胸を押さえている俺の腕を解こうと迫ってきた。
「さあさあさあ!!」
「百、やめなさいよ!!」
それを止めようとする紗里子の身体も一緒になって三つ巴となった。
その衝撃の末、つい腕が解けてしまい、百の目の前に露わになった俺の『めっちゃささやか』な胸。
「……あ……」
俺の胸を凝視し、次第に同情の色に染まっていく百の表情。
ふざけんな。
「で、でも思ったよりあるわね。もっとこう、まな板みたいな真っ平らな感じかと思ってたから……。充分よ、マミ……」
一生懸命フォローしようとする百。
ふざけんな。チクショウ。
「そ、それじゃあ紗里子の胸を触らせてよ!」
「触らせなんかしないけど、百。さっきの女将さんには随分他人行儀な様子だったじゃない?」
紗里子は素朴な疑問を百にぶつけた。
百の動きが固まる。そして、少し黙ってから、訥々と話し始めた。
「……女将さんはね、私が義父と義母の本当の子だって知らないの。だからかしらね。何だか騙しているような、申し訳ない気持ちになっちゃって……。子どもの頃からよ」
俯いたまま百は告白をした。その目は何者をも映していない。
「傍目には、仲の良い家族に見えたでしょうね。ううん、今だって、本当に、仲の良い家族なんだけど……」
そこまで言って、百はハッと我にかえったようだった。
百の口元と目がニヤリ、とした形を作った。
「さあさあ、それよりも紗里子のオッパイ触らせて!! 絵を見ていてずっと気になっていたのよ!!」
「気にしないでよ、そんな事!! アレは芸術!! モデルは関係ないの!!」
湯船の中でキャーキャーとはしゃぎ回る百と紗里子(特に百が)。
ーーそこへーー。
「ンマー、公共の場所で何をうるさくしているんざーますか、貴女達は!! 旅館の人に言いつけるざーますよ、保護者はどこざます!?」
新規のお客さんが入って来たようだった。すんません、保護者は俺です。
俺達はおばさんに注意されて、湯船から出てしずしずと髪と身体を洗い、しずしずと大風呂を後にした。
熱海らしく刺身盛りの夕食を大食堂で食べ、後はテレビを観て寝るだけとなった。
「おやすみー……」
「おやすみー……すうすう」
紗里子と百は早速眠りに就いたようだった。
さすが若さ。俺くらいの年になると(少女の姿だから身体は若いが)眠りに就くのも多少の困難を伴うんだ。
それに喉も渇いた。部屋の冷蔵庫にあったサービスのミネラルウォーターもさっき飲み干してしまった。
俺は、家で『留守番』をしている猫のルナに電話をかけがてら、自販機に飲み物を買いに2人を起こさないようそっと部屋を出た。
「家の方は大丈夫ですニャー。水もご飯もまだ残ってますニャー。でもできたら今度はペット同伴の宿に連れて行って欲しいものですニャー」
とはルナの弁。
ワンコ同伴の宿がある事はよく聞くが、猫の方はどうなんだろうか。
短い前脚を使って器用に電話に出ているであろうルナに俺はちょっと罪悪感を覚えたのだった。
えーと、自販機は何階だっけ。2階か。
俺がエレベーターを待っていると、扉が開いた中から洋服を着た女の人が降りてきた。
年の頃は40代か……俺より少し上くらいだろうか。
きれいな人だったが、あれ? 誰かに似ていると思い当たった。
そうだ。
キリッとした目元が、百に……百に少しだけ似ていた。
その女の人は俺達の部屋の前まで来て、何をするでもなくジッと扉の前で立っていた。
俺は、思い切って話し掛ける事にした。
「あの、私達の部屋に何かご用ですか?」
女の人はビクッと身体を強張らせ、俺をまじまじと見て何かに気付いたようだった。
「金髪のおかっぱ……。貴女が、昂明マミさんですね」
間違いなかった。
この人は百の実の母親か、いつも話している『義母』だな、と勘付いた。




