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いづらい



  「パパ、髪が伸びた分、女の子らしくて可愛くなったね」


  紗里子が言う。『女の子らしく』『可愛い』か……。30代も半ばのおっさんとしてはそんな風に褒められても微妙なだけだが。


  「でも、ちょっと毛先がボサボサになっちゃってるみたい」


  「そうか? いっそ坊主にしようか」


  「坊主頭の魔法少女なんて見た事ないよ!」


  確かにそんなの見た事ない。

  そこで紗里子は提案した。


  「私もそろそろ髪の毛を切りに行きたいし、一緒にサロンに行こう」


  「さ、さろん?」


  サロンと言ったら画壇のサロンしか思い浮かばない。

  紗里子の主張から察するに美容室の事らしかった。


  美容室か……。

  俺は画家という、言わば美意識の高さを表現する仕事に就いておきながら、自分の髪の毛や服装の事にはまるで無頓着であった。

  髪切り屋と言ったら近所のおじいさんが経営している理容室を専ら愛用していた。


  「パパ美容室なんて行った事無いから緊張するな。女の人しかいないんだろ?」


  「そんな事ないよ! 随分前から、大人の男の人でも美容室通いしてる人多いんだよ。スタイリストさんも男の人の方が多いし」


  俺は手鏡で自分の顔を映してみた。成る程ボサボサだ。

  映っているのは我ながら結構イケてる女の子だとはいえ……、金髪である事もあいまって何だか不良少女みたいだった。


  「しょうがない……。行こうか」


  渋々紗里子の提案に同意する。


  「やったあ! じゃあ土曜日の午後に予約しておくね!!」


  紗里子は嬉しそうに、最近買ってあげたスマホで何やらポチポチと打ちだした。

  テレビのコマーシャルでも見た事があるが、最近の美容室はネットで予約するものらしい。


  買ってあげたばかりのスマホを短期間で使いこなす紗里子を見て、さすがだなあと感心した俺であった。



  土曜日。

  私も連れていけと煩い百に「予約してない人は行けないから」と丁重に断り、ルナと1人と1匹で留守番を頼む事にした。


  いつものおじいさんの店とは違うお洒落なインテリアに気圧される俺。

  『トップスタイリスト』とかいう凄い肩書きの人に切って貰う事になったから緊張もマックスだった。


  「昂明紗里子さんの従姉妹さんですね。春葉衣はるはにいと申します。本日はよろしくお願いしますね」


  ニッコリと鏡越しに微笑む『トップスタイリスト』さん。美人だった。しかも、店長さんらしい。


  成る程、男のスタイリストさんもいるが、紗里子の細かな計らいで一番良い人に切って貰えるようにしたようであった。


  「本日はどういたしましょう?」


  「あ、えーと……。毛先だけ整えるようにしてください」


  「かしこまりました。綺麗な金髪ですね」


  『はにいさん』はそれ以上俺の髪の色については触れず、黙々と鋏を動かした。

  美容室で会話するなんて気まずいな、と思っていたから、彼女の配慮に助けられた。


  見ると、紗里子が隣りの席に座ってピースをしてきた。

  お返しにピースをする。


  理容室でもそうだが、デカい鏡の前でてるてる坊主みたいにケープを掛けられた状態というのは間抜けなもんだ。


  しかし、この静かな時間。

  俺は切って貰っている内にだんだん眠たくなってきた。全てを『はにいさん』の手に委ねて、少しウトウトしていた。



  本寝に入る前に、壁を挟んだ向かい側の席の方から絶叫が聞こえた。女の人の声だった。


  『はにいさん』は「すみません、失礼します」と断りを入れてから壁の向こうへと去り、まもなく彼女のものであろう「キャー!!」という叫び声が聞こえてきた。


  俺と紗里子は、急いで様子を見に行った。


  そこには、客であるらしいてるてる坊主姿の女性が、ケープを血まみれにして呻いていた。耳を切られたらしい。

  そして、これまた血まみれになった鋏から、ポタポタと血液を落としている女性スタイリスト。

  その表情は明らかに正気を失っていた。


  『虫』だ。間違いない。


  畜生、ウトウトしていたもので気付かなかった。

  っていうかリリィ・ロッド、仕事しろや。


  魔法少女に変身した俺と紗里子は、まず血まみれになった女性客の回復を図る。


  「エコエコマザラッコ、エコエコザルミンラック、エコエコケモノノス……!」


  回復呪文を唱え、ケープを汚した血までをも綺麗に消し去る紗里子。

  お次は『虫』に支配されているだろうスタイリストさんだ。


  「休みが無い……休みが無い……休みが欲しいよーー!!」


  そんな事を叫びながら鋏を振り回し、『はにいさん』に襲いかかっていた。紗里子より俺の方が早く、かつ強力な呪文が口をついて出る。


  「ザーサース、ザーサース、ナーシルナーダ、ザーサース..........」


  ウッ、と声をあげて『虫』を吐き出すスタイリストさん。


  そう言えば、遠山から聞いた事がある。

  美容院勤めの人には殆ど休みが無く、たまの休日もファッションショー等のイベントに自費で出席する為身体を休める暇が無いんだと。


  「警察を呼んで、帰ろう」


  俺は紗里子の肩を抱いた。学生カットという事で2人分の料金、1万円をカウンターに置いた。これで釣がくるはずだ。

  2人とも、髪の毛はほぼ切って貰った状態なのが唯一の救いだった。


  「はにいさんは、従業員さんにお休みあげてなかったのかな」


  魔法少女の姿を解いた紗里子がポツリと呟く。


  「美容部員というのはそういうお仕事らしいからな。はにいさんだけが悪い訳じゃないさ」


  しかし紗里子が世話になっていた場所だ。

  あの美容室が潰れる事などないように、と俺は祈った。

 

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